091 そして、再会は突然に訪れる
大聖堂は朝から快晴だった。青空に浮かぶ白い雲は、今日ものんびりと気ままに流れている。
しかし高台に位置しているだけに、風はなかなかに強い。
それでも眩しく照らす太陽の光も相まって、心地良さは抜群であった。
「――なぁなぁ! 近々すっごいパーティーが開かれるんだってよ!」
「ヤミさんが聖女の試練を突破したってヤツだろ?」
「え、知ってたのか?」
「もうあちこちで広まってるっての」
とある若手騎士たちの会話が、風に乗って聞こえてきた。
「現にさっきも、シスターがはしゃいでるのを聞いたばかりだし」
「んだよ。とっておきの情報だったのに!」
「随分とショボいもんだな」
「ぐ……そんな言い方はねぇだろ」
「事実だろうが……まぁ、そんなことよりも、今回はちょっと違うらしいな」
「何がだ?」
「そこは知らないのかよ……」
視線を向けて見ると、騎士の格好をした二人組が歩いて来ていた。このままいけば普通にすれ違うことに間違いはない。
そして声をかけないという選択肢は、彼女にはなかった。
「おはよーっ」
ヤミが呼びかけたことで、二人の若手騎士たちもようやく彼女の存在に気づく。噂をすればなんとやらが実現したせいか、軽く驚きを示していた。
「あ、どうも……」
「おはよう……ございます」
「はーい、どもどもー。今日もいい天気だねー♪」
「くきゅきゅー♪」
容器に手を挙げながら挨拶するヤミの胸元には、抱きかかえられている小さな白い竜が、これまたご機嫌よろしく鳴き声を上げてきた。
思わず表情を引きつらせる若手騎士たちであったが、ヤミのほうはまるでそれを気にすることもなく、あっけらかんとした笑みを向けてきている。
「もしかして、これから訓練か何か?」
「えぇ、まぁそんなところで……ヤミさんは何を?」
「シルバとお散歩中。大聖堂に来てから、のんびり過ごしたことなかったもんでね。少し自由にさせてもらってんのさ」
「くきゅー」
ヤミの言葉に合わせて、シルバがそうだよーと鳴き声を出す。そのくりくりとした瞳で無邪気に見上げてくる姿は、人を恐れている様子は全く感じられない。むしろ人懐っこさを感じさせ、それが余計に若手騎士たちを感心させる。
龍の子供は人に懐かない――それがこの世界の常識だ。
もっとも聖なる光の柱の件で、既にヤミからは盛大な驚きを与えてくれており、今更シルバのことでいちいち驚いたりはしない。
「はは……ヤミさんも相変わらずのようで……」
若手騎士の一人が苦笑しながら、ヤミの格好を改めて見る。
ややくたびれた長袖のシャツに脚を完全に覆うパンツ姿のそれは、完全なる休日の冒険者スタイルそのもの。何も知らない者からしてみれば、彼女が聖女の試練を突破した張本人であるとは思わないだろう。
現に事情を知っている彼らでさえ、信じられなくなってきているほどだった。
「ところでヤミさんは、もしかしてこの後、訓練場に?」
「いや、今日は行かないよ。一日この子とのんびりするって決めてるから」
「なるほど。じゃあ、俺たちはこれで」
「うん。ばいばーい」
「くきゅっ♪」
そそくさと去ってゆく若手騎士たちを、ヤミとシルバが手を振りながら見送る。最初は明るく笑っていたヤミだったが――
「――なーんか、ちょっとよそよそしい感じするかなぁ」
「くきゅー?」
二人が離れていくと、その表情に少しだけ陰りが宿る。ショックというほどではないのだが、ほんの少しだけ寂しさを抱いていた。
「お披露目パーティーを開くって、トムじいが大々的に発表してから、なんか周りも変わっちゃったよねぇ……」
ヤミが聖女の試練を突破した――それを世間に知らしめるためのパーティーであること自体は、本人も受け入れていた。トラヴァロムからも改めて、深々と頭を下げてお願いしてきたのだ。
育ての祖父の友人であることから無下にはできず、ヤミは頷いた。
聖女になるつもりは一切なく、あくまでトラヴァロムに対する義理だけだったが、それでも構わないと返事をもらったのだった。
しかしそれはあくまで、ヤミとトラヴァロムの間だけで交わされたこと。
周りが必要以上に騒ぎ出すのは避けられなかった。
「ま、あたしたちが気にしなければ、どうということはないよね?」
「くきゅっ♪」
他国から王族や貴族を招いたパーティーに、主役として参加する――ヤミが把握しているのはそれだけだった。
その裏側では、トラヴァロムを中心に色々と動いていた。
決してこれまでどおりの展開にはならない――そんな注意喚起も出ており、ヤミの知らないところで皆は気合いを入れていた。
ラスターとレイが早々に覚悟を決め、姉のサポートをすると息巻く。
騎士見習いであるジェフリー、そしてキャロルもまた声を上げ、それはやがて若手騎士たち全員の声援となりつつあるほどであった。特にジェフリーは貴族の息子ということもあり、他の貴族たちを納得させる効果もあるのだった。
「おかーさんはちょっと苦い顔してたけど」
「くきゅー?」
首を傾げるシルバの頭を撫でるヤミは、苦笑を浮かべてこそいたが、そこに申し訳なさの類はない。
食事会のときに堂々と発言した――それを撤回するつもりは毛頭なかった。
全て本音を言ったまで。周りが何と言おうと、自分の信念を最後の最後まで貫き通すというのが、ヤミが抱き続けてきている信条であった。
それをこんなところで破るなんてことは、絶対にしたくない。
そしてそれは、彼女の態度としてしっかりと表れており、もう何を言っても変わることはないと周りは判断していた。
最初は渋っていたアカリも、ようやく覚悟を決めた様子ではあったが、当のヤミはどこ吹く風そのもの。実の母親が悩ましそうにしている様子など、全くと言っていいほど視界に入っていなかった。
意識してそうしたのではなく、ごく自然にそうなったという形で――
「にしても……これからどうしようねぇ?」
あっさりと気持ちを切り替えつつ、ヤミは周囲を見渡す。
「ただこうして闇雲にお散歩するっていうのも……あ、そうだ!」
「くきゅ?」
どうしたの、と見上げてくるシルバにヤミは笑顔で視線を向ける。
「アマノイワトを見に行ってみようか? あの後どうなったのか見てないし」
「くきゅ……くきゅきゅーっ♪」
「よーしよし、それじゃあ決まりだね」
賛成の意を示すシルバの頭を、ヤミは優しく撫でながら笑う。そしてそのまま方向転換し、大聖堂の裏側に向けて歩き出した。
特に誰かとすれ違うこともなく、そのまま裏庭に出る。
草むらの揺れる風の音だけが聞こえる空間は、不思議な心地良さを感じてならず、自然と深呼吸をしてしまう。
「うーん、なんとも静かでいいねぇ♪」
「くきゅー」
シルバもヤミに合わせて口を開け、大きく息を吸い込んでいる。その行動は完全にシンクロしており、まさに『息がピッタリ』という言葉が似合っているほどだ。
ここでシルバがヤミの腕の中から飛び出し、小さな翼を羽ばたかせる。
「くきゅっ、くきゅー♪」
空を飛んで先行するシルバに続いて、ヤミも歩き出す。アマノイワトへ続く道は、特に変わった様子はなかった。
歩いていると、次第に例の大岩が見えてくる。
前はアマンダに連れられる形で、何も分からず緊張を走らせていたため、周りを観察する余裕もなかった。つまりヤミからすれば、裏庭の光景をちゃんと見るのは、実質これが初めてと言えなくもない。
少なくとも気持ちの上では、新鮮なそれをふんだんに味わっていた。
「ここから見る限りじゃ、前に来た時とあまり変わりないか……ん?」
するとその時、目の前の光景が『揺れた』ような気がした。そしてそれは一瞬にして現実と化す。
「――これって!」
揺れたと思いきや、その場が急に光り出した。そしてそこの地面には、巨大な紋章の様なものが浮かび上がってくる。
それが魔法陣であることはすぐに分かった。
そしてそれは、ヤミもかなり見覚えがあるものであった。
「くきゅきゅっ?」
「転移魔法! それもかなり強力な……くっ!」
眩い光に、ヤミは思わず目を閉じる。そして数秒後、その光は一気に収まり、何事もなかったかのように消えてしまう。
ヤミが恐る恐る目を開けると、そこには――
「えっ?」
「くきゅー?」
少年が一人、芝生に座り込んでいた。そしてその正体は、ヤミもシルバもよく知る人物に他ならない。かくいうその現れた少年も、彼女たちと同様に目を見開き、戸惑いから自然と笑みを浮かばせる。
「あ、えっと……久しぶり、だね。ヤミ……」
どこからどう見てもその少年は、魔界にいるはずの弟分ことヒカリであった。しかもその腕の中に、一匹の小さな『黒い竜』を抱きかかえた状態で――
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