081 世界に広まる光の柱



 その日――世界が騒いだ。


 どこまでも天に伸びゆく光の柱は、世界中のどこからでも見えていた。当然それは人々の注目を掻っ攫い、そして瞬く間に話題の中心と化してゆく。

 世界の裏側も例外ではない。

 流石に直接見えないと思いきや、なんとその光の柱は、まるで映像の如く、空の上に映し出されたのだった。

 果たしてそれがどのような原理なのか――それを知る者は一人としていない。


 ――奇跡だ! これは精霊様が起こしている奇跡に違いないぞ!


 世界のどこかで、誰かがそう叫んだ。

 いくらなんでもそれは――という声もあったが、真正面からの否定には至らない。何故ならば、そう捉えてもおかしくないほどの現象であり、むしろそれならば納得もできるとすら言われるほどだった。

 しかしながら、冷静に判断する者たちもいた。


「ほう……まさか『アレ』を実際に見れる日が来ようとはな」


 魔界の王であるブランドンも、その一人であった。


「どうやら大聖堂で、新たに聖女の資格を得た者が誕生したらしい」

「以前に歴史の本で読んだことはありますが、実際に見ると凄いですわね……」


 ブランドンの妻であるオーレリアは、その現象にひたすら驚いていた。


「聖なる魔力に認められし聖女が、光の柱とともに誕生する……正直、かなり盛られて伝えられた話かと、わたくしは思っておりましたわ」

「まぁ、無理もあるまい。私も実質、見るのは初めてのようなものだからな」


 正確には十四年前に、薄っすらとながら一度見ている。しかしその当時のブランドンはまだ六歳。しかもその時に出た光の柱は、魔界からは本当に見えるか見えないか程度の細々としたものでしかなかった。

 目を凝らす必要もないほど、神々しい光を解き放つそれは見たことがない。

 城に長く携わる老執事でさえも、まさかこの歳で拝めるとは、と年甲斐もなく驚きを隠せない様子を見せていたほどであった。

 つまりそれほどまでに、発生した現象は凄まじいことを意味している。

 世界各地で騒いでいる声が、今にも聞こえそうなほどに。


「それにしても……フフッ」


 笑みを零すブランドンに、オーレリアはきょとんとしながら首を傾げた。


「どうされましたの?」

「いやなに。少しばかり面白くなってきたような気がしたものでね」

「……面白くなってきた、ですか?」

「あぁ」


 殆ど復唱することしかできないくらいに、オーレリアからすれば夫の様子が理解できなかった。しかし当のブランドンも、そんな妻を気にしてはいなかった。

 ただ、ワクワクしていた。

 これから大きな何かが起こるような気がしてならない。そしてそれは、自分も大きく関わることになるのだろうと、そんな予感が頭を中を過ぎる。

 考えすぎではないかと、口に出せば言われるだろう。

 しかしブランドンは確信めいたように、再び笑みを深める。


(ちょうど今、あの大聖堂には『彼女』がいるはずだ。となれば……)


 真っ白な髪の毛をなびかせ、明るく元気に笑う人間の少女の姿が、ブランドンの脳裏に浮かんでくる。

 しばらく大聖堂で世話になる旨は、既に手紙で知らせを受けていた。

 故にブランドンは思う。


(彼女が大人しくしているはずもあるまい。きっと何か行動を起こし、それが大きな何かに繋がる。彼女は……そういう運命の持ち主なのだ)


 魔界でのたった数日間において、様々な出来事を巻き起こした事例もあるため、その可能性は高いと踏んでいた。

 それが見事に的中していることは、流石に知る由もなかったが。


(そして恐らく、今頃『アイツ』も――)


 裏庭の『菜園』にて、騒いでいる魔物たちの声を鎮めているであろう弟の顔を思い浮かべながら、ブランドンは苦笑するのだった。



 ◇ ◇ ◇



「ピキィ、ピキィーッ!」

「ぴゅいぴゅい!」


 スライムたちがポヨポヨと飛び跳ねながら騒ぐ。警戒しているというよりは、純粋に見たことがないものが現れ、興味を抱いている様子であった。


「はいはい。慌てなくて大丈夫だからねー。あれは別に危なくなんかないよー」


 そこに金髪の魔族の少年――ヒカリが宥めに入る。慣れた手つきでスライムたちを抱きかかえ、落ち着かせては下ろしテイクその作業を繰り返しつつ、光の柱のほうに視線を向ける。


「やれやれ全く……今日も無事に一日が終わるかと思いきや、急にあんなすっごいのが出てきちゃうんだもんなぁ……」


 最初は混乱しかけるくらいに驚いた。何かの天変地異なのかとすら思った。そしてよくよく見ると、その方角に大きな心当たりがあることに気づく。


「あっちは確か大聖堂がある方向、だとすれば……ははっ、まさかねぇ……」


 ヒカリも脳裏に、とある少女の姿が浮かんだのだった。

 幼い頃に命を救われ、自分の人生における絶対的な存在として、心から慕ってきた姉貴分の姿を。


「――ヤミ」


 無意識に紡ぎ出される少女の名前に、ヒカリは妙な懐かしさを感じていた。


「そこでキミはまた、何かとんでもないことをやらかしているのかな?」


 風に吹かれ、少し伸びた金髪をなびかせるその表情に、驚きや恐怖はなかった。

 まるで『そこ』にいることが分かるかのように、少年の表情は穏やかで、親しみを込めた笑みが浮かび上がっていた。





【第二章 ~完~】



いつもお読みいただきありがとうございます。

次回からは、第三章【ヤミとヒカリと小さな黒い竜】をお送りしていきます!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る