067 夕食の席は、一周回って静かと化す



 夕食の席は豪華に彩られていた。

 ベルンハルトの言葉どおり、コックたちが盛大に腕を振るったのだろう。丁寧に処理され、香ばしく焼き上げられた霜降り肉のステーキを中心に、数々の温かな料理が並べられている。

 テーブルの中央には、焼きたてのパンがバスケットに積まれている。その隣には、これまた色鮮やかなフルーツの盛り合わせが飾られていた。

 豪華なおもてなしとは、まさにこのことであろう。

 無事に帰ってきた双子たちは勿論、ヤミのためにわざわざ用意されたことは、間違いないものであった。


「いっただっきまーす♪」


 ぱんっ、と景気のいい音を鳴らしながら、ヤミが勢いよく手を合わせる。

 そして――


「あむっ!」


 言い終わるや否や、ヤミはパンに手を伸ばしつつ肉を頬張り始める。ナイフで切ることもせず、フォークのみで直接ステーキを大口でかぶり付き、まるで骨付き肉の如く豪快に噛み千切ってみせた。

 凄まじい速度で咀嚼し、飲み込んでは口に入れるを止めどなく繰り返す。


 ――バクバク、モグモグ、ムシャムシャムシャムシャ!


 バスケットに積まれている焼きたてのパンが、あっという間に消えてゆく。

 豪華に彩られた数々の料理が、数分と経たぬうちに空の皿と化す。

 ヤミの手は止まらない。ただひたすら笑顔で食べ続ける。そこにマナーという言葉は存在しない。食べ方を気にする素振りもなく、ただひたすら目の前の料理を、自身の体の中に収めることだけを考えている。

 そんな彼女の姿に、周りは完全に唖然としていた。

 当然ながら、本人は全く気づいていない。周りの空気が明らかにとんでもないそれとなっていることも含めて。


「んくっ、んくっ!」


 最後に残ったスープを、ヤミは飲み干していく。スプーンを使わず、器を両手で直接持ち、口をつけている状態だ。

 不思議と音は殆ど立てられていない。ある意味それも器用の一種だろうか。


「――ふぅ」


 スープを綺麗に飲み干し、ヤミはようやく一息つく。ここでようやく、彼女の隣に座るレイが、恐る恐る問いかけたのだった。


「……ねぇ、お姉ちゃん」

「んー?」

「その……足りる?」

「ん? んー、まぁいいよ。もうないみたいだし」


 答えになっているようでなっていない。そしてそれがヤミの本位でないことは、レイ以外の皆もすぐに分かった。

 食べている最中に見せていた心からの笑顔は、完全に消えている。

 笑みこそ浮かべてはいるが、どこか喪失感を抱いており、とても満足しているようには見えなかった。


「あの、もし足りなければ、遠慮せずにお代わりを頼んでもいいのよ?」


 アカリも気を遣うように声をかけてくる。その瞬間、ヤミと双子たちの目が軽く見開かれた。


「むしろこんなにたくさん食べてくれて、とても嬉しいわ。その……地球にいた頃はとても貧乏だったから、あなたにちゃんとしたご飯を食べさせてあげることも、ロクにできなかったし」

「ふーん……」


 今にも涙ぐみそうなアカリに対して、ヤミは生返事をする。その視線は目の前にいる母ではなく、空っぽになった皿の数々であった。


「ホントに遠慮しなくていいんだね?」

「えぇ。私としても、あなたにお腹いっぱい食べさせてあげたいから」

「そっか」


 ヤミはニッと小さく笑う。そして双子たちは表情を強張らせた。

 アカリの言葉に対し、途轍もなく嫌な予感がしていた。特にラスターは、無言のまま訴えるような視線を両親――特に母親のほうに向けている。

 お願いだから、さっき自分が言ったことを思い出して――そんな願いとともに。


「それじゃあ遠慮なくお言葉に甘えて――すみませーん♪」


 しかし残念ながら、その願いが叶うことはなかった。ラスターが軽く項垂れる中、ヤミは控えていた執事に呼び掛け、心から楽しそうな笑みを浮かべる。


「さっきの料理、全部追加であと三人分! ステーキはもう二倍くらい分厚くして、サラダも山盛りでお願いしまーす♪」


 明るい声が響き渡る。そして周りの空気がピシッと固まった。

 ベルンハルトはようやく事の次第に気づき、アカリは状況がいまいち掴めず、大いに戸惑いながら視線を動かしていた。

 一方の双子たちは、若干の戸惑いを浮かべていた。

 その視線は、ヤミと空っぽになった皿を交互に行き来している。まるで何かを注意深く確認しているかのように。

 そんな周りの様子など気づくこともなく、ヤミは続ける。


「あと、パンも全然足りないから、バスケット三つ分持ってきて。詰めるだけ詰め込んだてんこ盛り状態で!」

「……しょ、承知いたしました」


 引きつった表情をどうにか強引に元に戻した執事が、姿勢を正して頭を下げ、そして速足でその場を後にする。

 そこに――


「あ、多分あと三十分くらいでお腹空いてくると思うんで、なるべく急ぎで♪」


 追い打ちをかけるかの如くヤミが声をかけた。執事は一瞬立ち止まり、そして更に歩みを急がせていた。

 そしてヤミは視線を戻すと、唖然としている皆の表情に気づいた。

 一瞬どうしたのだろうかと思ったが、彼女なりに頭を働かせ、すぐさま一つの答えに辿り着く。


「だいじょーぶ♪ 出された料理はちゃんと平らげるから。ご飯を残すなんておバカさんなマネは絶対にしない。それがこのヤミさんのポリシーだからね♪」


 拳を胸に当てながら、誇らしげに目を閉じるヤミの笑顔は、実に晴れ晴れしていると言えていた。


「くきゅー」


 ちなみにシルバもしっかりとこの場にいる。レイの傍に佇み、小さくカットされた肉やフルーツが特別に用意されていた。


「ふふっ♪ 美味しい、シルバ?」

「くきゅーっ!」

「そっか、良かったねー」


 シルバの頭を撫でるヤミ。そこだけ切り取れば幸せな食卓の光景そのものだが、如何せん周りは、全くもってそうではなかった。


「それは別に心配してないんだけどなぁ……」

「うん。ボクも『そこだけ』は、全く心配してないけどね」


 そんな姉の姿に双子たちは呆然としていた。もっともそれは、姉の追加注文が凄まじかったから――という意味とは、少しだけずれているものであった。


「姉さん……ホントに三人分で良かったの?」


 ラスターが意を決して尋ねる。


「五人分とかじゃなくて大丈夫? 予想より少ないように思えるんだけど?」

「そうだよお姉ちゃん! 下手したら十人分どころか、二十人分超えるくらい平気で食べたりするし!」


 双子の兄に続いてレイがそう言った瞬間、両親の表情が更に驚きを増し、子供たちのほうに視線を向けた。しかし二人は気づくことなく姉に注目する。


「やっぱり遠慮してるんじゃないの?」

「いや、してないしてない」


 割と本気で心配してくる双子たちに、ヤミはケタケタと笑いながら返す。


「今日はドラゴンに乗って移動するだけだったからね。そんなに体動かしてないし、これくらいでじゅーぶんだよ♪」

「そうなんだ」

「じゃあ、わたしたちが余計な心配をする必要もなさそうだね」

「そーゆーこと♪」


 ラスターとレイの安心した表情に、ヤミもニッコリ笑って応える。双子たちなりに納得したらしく、暖かな雰囲気は戻りつつあった。

 話を聞けば聞くほど気が気でなくなる両親のことを、まるで気にも留めずに。


 結局その後、コックやメイドたちが総動員で急ごしらえされた料理を、ヤミはこれまた綺麗にペロリと完食する。

 その見事な食べっぷりに思わず感心してしまうほどであり、思わずその場に残っていたコックやメイドたちでさえも、惚れ惚れとしてしまうほどだった。

 しかし――


「あ! ちなみに、明日の朝ごはんも楽しみにしてるんで、ヨロシクぅ♪」


 ヤミの晴れやかな声に、コックやメイドたちは揃って硬直してしまい、ベルンハルトとアカリが、更に頭を抱えることとなった。ついでに言えば双子たちの表情も、どこか気まずそうなそれであった。

 ヤミとシルバだけが、そんな周りの反応に対し、全く気づいていなかった。


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