第465話

ずび!じゅるずびびーっ!

静かな大広間の中に酷い音が響き渡り、思わず耳を塞ぐ侍女や奥様達。


「んがっ!?!がはっ!!ドゥボン?!?んーっ???」

「おい大丈夫かナナお前・・・」


ドモンが呆気に取られるほどの勢いで食べ始めたナナ。


ズビズル!ジュルルル!

浴衣に汁を跳ね散らかし、舌も火傷でボロボロ。だがナナは止まらない。

片方の胸の先っぽが少しこんにちはをしていたが、もうそれすら関係がない。



『他人がどうのではなく、自分との戦い。それがラーメンを食べるということ。それが人間』


美味しいという思考を通り越し、ラーメンを食べながら妙な真理に辿り着いたナナ。

ラーメンの汁の向こうに宇宙が見えた。


「米いるか?一応聞くけど。俺的には下品だと思ってるんだけど、交互に食べると美味しいってケーコがよくやってたよ」

「インスタントから始まり、唐揚げやチキンカツ、ピザ、カレー、ジンギスカン、すき焼き・・・ようやくここまで来たわ。米いる」

「何言ってんだ???それにお前、この前鶏塩ラーメン食った時も似たような反応を・・・」大盛りの茶碗をナナに渡したドモン。

「んぐ・・・ヨキニハカラエ・・・ゲェーップ!!」

「おい!汚ぇなまったく・・・それに食ってから言う台詞じゃねぇんだよそれ」「ピッ」


呆れ返るドモンと、ナナの横で口を両手で塞いでいるサン。

途中からは食べ方の説明も何も無い。

だがナナの言わんとしていたことは、皆に全て伝わった。


「まあそういうことだから、まずはみんなも食べてみてくれ」


ドモンの合図で皆、箸やフォークに一斉に手を伸ばす。

ドモンとサンへの祝いの言葉を考えていたトッポも、もうすっかり忘れてしまった。


隣同士、お互いに目を合わせコクリと頷き、ラーメンを食べ始める。

BGMもない静かな大広間で一斉に勢いよく食べ始めたので、室内は酷い音だったが、当然誰ひとり気にする者はいない。


「う、うわぁ!」


最初に声を上げたのはトッポ。

何かに襲われたかのような叫び声を上げたが、美味しいラーメンに襲われただけだ。

あまりの衝撃に、それ以上の言葉はなかった。


「以前いただきました鶏塩ラーメンの上品で深い味わいと違い、野性味溢れる匂いがしますが、なぜかそれが食欲をそそりますの。しかし食べてみると衝撃的な味わいの割にサラッとノドを通るあっさりさもあり、とても不思議な感覚です。もちろんとても美味しいですわ!」「はい!」


シンシアの的確な説明に頷いたサンであったが、周りの者達も皆同じ気持ち。

というよりも、同意するのが精一杯で、味の説明をしている余裕はない。

今は食事の感想などを言っている暇はないのだ。


「私こっちの方が好きかも!塩ラーメンももちろん美味しかったけど」あっという間に食べ終わったナナ。

「それは本当に好みなんだよ。あとその日の気分とかな。まあなんとなくナナは豚骨ラーメンという気がしてたけどね」

「なによあんた!私が豚だって言いたいの?!私はどっちかと言えば牛よ!!」「ブピッ!!あっ!!」


ドモンは単に濃厚そうなスープの方がナナの好みだろうと思い、そう言っただけだったが、ナナの斜め上の反論を聞いたサンが吹き出した。当然それはナナの冗談ではあるけれど。

シンシアがナナに向かってプンプンと怒りながら、サンが汚したテーブルを拭いていたが、そんなやり取りをしていることに気がついた者はほぼいなかった。


完全に目の前にあるラーメンに没頭していたからだ。



数分後、食べ終わった者達の口からぽつりぽつりと感想が漏れ始めたものの、その味の余韻にまだ言葉は少ない。

話せば口の中の味が消えてしまい、慌てて残ったスープを口に含んで、少し水を飲むの繰り返し。


「とまあ、カールのとこで味噌作りを見学してきたと思うけど、これが味噌を使った料理のひとつだ。はっきり言って具も何も無いから、50点以下の試作品だけどな」

「!!!」「!!!」「!!!」

「また始まった!本当なんだろうけど」ナナはヤレヤレ。


ドモンの言葉で、更にあの味噌の重要性を知るお偉いさん達。

そして自分自身知らない味の料理が、まだこの世にたくさんあることも知った。


ドモンの料理を色々食べてきた義父やトッポはもちろん気がついていたが、ここにいる全員が理解した。

自分のこの進化した味覚をもう元に戻せないことを。

ならばここから突き進むしかない。進化は止められない。


ドモンがまたもたらした甘い汁。


もう新型馬車でなければ移動は出来ない。

もう風呂に入らなければ耐えられない。

もう塩味だけの料理では満足できない。


自分の足で歩かずに済むだけで満足だったのに。

たまの水浴びだけで平気だったのに。

お腹さえ膨らめばそれで良かったのに。


そこから人は二度と抜け出すことは出来ない。欲望の底なし沼。麻薬。


ドモンが「俺は皆の幸せを望んでいる」と言っていたのは、悪魔の意思。

それによりなんとか争いが生まれないようにと願っていたのは、ドモンの意思。


人はそれで発展していくのか、争いを始めるのか?その悪魔にとっては、どちらでも良い。



「なるほど・・・奥さんとそんなことがあったのですね」

「は、はい!本当に情けないことでご、ございますが」


ラーメン屋の家庭事情や、品評会についての話を聞いたトッポ。

ラーメン屋はガチガチに緊張していて、ドモンが横で笑っていた。


「まあそういうわけで、トッポかジジイにでも出てくれないかなと思って。このままだと食べもしないで『失格!』とか向こうの親父さんに言われちゃうかもしれないしさ」

「確かにそうですねぇ」

「あくまでも、えこ贔屓して優勝させてくれってことじゃない。一口でも奥さんに食べてもらえさえすればいいんだ。それだけできっと今の気持ちは伝わると思うからさ。その時はきっと今日のよりも、もっと美味しいラーメンをこいつが作るはずだ。な?」

「任せてください!必ずやってみせますよ!!」


ドモンの言葉でトッポを含む皆も納得。ラーメン屋もやる気を見せた。

そして無駄にやる気を見せる他国の者達。


「それでは私も参加せねばなるまい」「ワタクシもお供いたしますわ」

「抜け駆けはなしですぞ」「その品評会が始まるまで、高級宿の方には泊まれるのだろうか?」「ワタクシはこちらでも構いませんわ」

「カルロス領に子供が楽しめる宿も完成する予定だと言っておったな?」「あなた、カルロス領からゴブリン達の温泉宿が近いそうなのですわ!そちらへも参りましょう」「あ!美肌の湯と呼ばれる若返りの温泉のことですの?ずるい!ずるいですわ奥様!」


気がつけば各々が勝手に予定を決めはじめ、それを大慌てで諫める大臣や執事ら。

立場を除けば、浴衣を着ていることもあり、ただのおじさんやおばさん達の慰安旅行か町内会の会合のよう。

「それがいずれ国民のためにもなるのだ」と言い訳されても、その国民に対し気の毒な気持ちしかドモンは浮かばない。


「はいはい待った待った。庶民達の品評会に、そんなに各国のお偉い様達が参加されてもこっちが困るっての。立場ってものを考えろ少しは」


名目上は一応全国規模での大会ではあるが、参加する殆どの店が王都かその周辺の街の店であり、そこまで権威のあるものでもない。

味自慢を募ってワイワイと騒ぐ、町おこし的なお祭りのようなものである。


元の世界で言うならば、B級グルメの日本一を決める大会のようなもの。ほぼ店や我が街の宣伝。

そこの審査員に王族をひとり呼ぶだけでも無茶な話なのだ。そこへ更に各国のVIPが参列なんて洒落にもならない。


ドモンに止められ渋々諦め、皆文句を言いつつも王宮の方へと戻っていったが、その顔は満足気。

充実した日々を過ごした一行は、今夜王宮に一泊して、明日帰国する。



その頃王宮では、勇者パーティーによる悪魔対策の話し合いが行われていた。



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