第558話
「いかがなされましたか?ドモン様。顔色が悪いですわ」「はい・・・」
「いやぁ・・・ステータスを見る限り、どうやら俺はとんでもないものを飲み込んじゃっていたみたいでなハハハ」
「ワ、ワタクシではございませんことよ?!ワタクシはサンのように漏らしてはおりません!恐らくは・・・ですけれども」
「うぅ・・・ごめんなさい御主人様・・・勝手に、体が勝手にそうなってしまっただけなんですっ!でもあれは御主人様が刺激を与えるから!ううん、やっぱりサンが悪いんです。その前にしっかりお手洗いに行っておけば・・・」
「一体何の話をしてんだよ、お前らは・・・」
先程のドモンの発言のせいもあって、盛大に何か勘違いをする女性陣。
「敏感になってる時に触るあんたが悪いのよ」とドモンの頭を引っ叩いたナナ。
そして何のことか分からず、無駄に興味があるアイ。
「で、これなに作ってんの?グラタン?シチュー?にしてもパスタがあるし、卵も余計よね」
「あー、まあ口で説明するのは難しいから、食べてからのお楽しみってことで。作業してる騎士達も、食堂の方に集めておいてくれ。サンとアイちゃんは料理の方を手伝って」
「わかったわ」「はい!」「いいわよ」
スタスタと食堂を出て、廊下で「みんなー!ご飯よー!食堂に来てぇ!」と叫ぶナナ。
思っていた呼び方と違う呼び方をしたナナに苦笑したドモンとシンシア。
そのシンシアは何かを手伝うこと無く、さも当然のように一番見晴らしの良さげな席に着席。
だがそれに対して文句を言う者はいない。溢れ出る気品がそうさせない。
やってきたオーナーの子供達や騎士達に「ここにお座りなさい。あなたはこちら」と仕切り始めるも、皆不満もなく、感謝の言葉を述べ着席。
これでもシンシアとしては、最大限のおもてなしとお手伝い。
そもそもが庶民と一緒に食事のテーブルを囲むこと自体が異例なのだ。
「はいシンシアありがとね。じゃあまずはシンシアから食べてもら・・・」
「ちょっと待ったぁ!私がおしっこしてる間に、なに抜け駆けしようとしてんのよ!騎士の人達も呼びに行ってたってのに!」
壊れんばかりに食堂のドアを開いたナナ。
ナナを知る騎士達にとっては、はっきり言って領主のカールや奥様方よりも恐ろしい。
「お下品ですわよナナ。あなたが時間がかかったから、仕方なくドモン様がワタクシを優先しただけですわ。パスタが伸びてしまいますもの」
「そりゃうん・・・おしっこがすっごく出ちゃったんだからしょうがないでしょ!滝のように出たのよ滝のように!」「ぷぴぃゴホゴホ・・オェ」
「お前今とんでもないこと言いかけて誤魔化しただろ。今は俺らだけじゃないんだからな?ナナの分もきちんと用意してあるから、さっさと座れ」
「べ、別に~。ヒューヒューヒュ~」
シンシアの隣に座り、両手を頭の後ろに回して鳴らない口笛を吹く残念巨乳美女。顔は真っ赤。
厨房の方から「ちょっとサン大丈夫?!水飲んで水!」というアイの声が聞こえる。
「ほらよ」料理を盛った皿がナナとシンシアの前に。
「なにこれグラタン?あ、わかった、クリームパスタだ!もう私詳しいんだからエヘヘ」
「王都にも似たものが今流行っていますからね。当然ドモン様がお作りになられたものが一番ですわ」
「クリームパスタだけど、あれらとはちょっと違う。これは『スパゲッティカルボナーラ』だ。でもこれでまだ出来上がりじゃないんだぞ?」
そう言うとドモンはニヤリと笑い、ふたりのパスタにガリガリと、真っ黒になるほど胡椒を振りかけていった。
「ちょちょちょっと!!ちょっと待って!もういいってば!!バカドモン!胡椒で真っ黒になっちゃったじゃないのよ!!」
「こ、これでは辛くて、とても食べられたものではないのでは?」
「いいんだよこれで。カルボナーラ・・・カーボンって炭のことなんだけどよ、あの焼き鳥焼いた時に使ったやつが炭な?あの炭をぶっかけたみたいなパスタって意味があるんだ。俺のいた国では、本当の意味のカルボナーラはなかなかなかったけどな。まあ食ってみろ」
への字口で顔を見合わせたナナとシンシアと、それをなんとも気の毒そうな表情で見守る周りの者達。
くるくるとスパゲッティをフォークに巻き付け、エイヤとばかりに口に放り込む。
「ほらやっぱり辛・・・ん??」「えっ?!」
「もっとお水持ってこようかい?あんた達・・・」とオーナーの奥さんは心配顔。
思っていた通りの胡椒の辛さが口いっぱいに広がり、これは酷いことになると思ったが、いつまで経っても酷い目には合わない。
そこにタマゴが入ったクリームの柔らかな甘味と旨味が、口の中の辛味を一掃していく。
辛い!いや大丈夫だ。ヤバい!!いや美味しい。
生まれて初めての感覚に破壊されていく脳。その快感たるや筆舌に尽くし難い。
両者そう思いながら、フォークはまた次のひとくちを口に運ぼうと、クルクル回り続ける。
「はへぇ!ワタクシどうにかなってしまいますわ・・・」
「ドボ~ン、なんなのこれぇ・・・もうおかしくなっちゃうってば私も」
「ワハハそうだろそうだろ。向こうでもこれ色んな女に食わせておかしくさせて、そのままズッポ・・・いやなんでもない」
「・・・食べ終わるのを待ってなさい」
ドモンの無惨な姿を横目に、サンとアイによって作られたカルボナーラが次々と運ばれ、それぞれが順番に舌鼓を打つ。
ミルクで味付けする料理に馴染みが薄いというのもあるが、胡椒をこれだけ使用する料理に皆出会ったことがない。
「おぉ、これがドモン様の異世界の料理!」と若い騎士。
「新入りの。ドモン様がお作りになられる料理を、直接頂ける機会など滅多にないのだぞ。感謝して味わうがいい」
「それよりも私は・・・カルロス様にご報告するのが恐ろしいですな」偉そうな騎士の横に座る、ちょっとだけ偉そうな騎士。
「うむ。それはお前が責任を持って報告するがいい」
「そ、そんな・・・」
恐らく怒られることはないにしろ、不機嫌になるのは必至。
すぐに帰ってくるだろうとドモンを送り出してはや半年。激務と気苦労とドモン不足でカールのイライラはピーク。
もう本人が来ない限り、ドモンについて何を報告しても、今は大抵怒られるのだ。
オーナー一家や子供らも夢中になって頬張り、お皿まで舐めんばかりの勢い。
最後に自分達の分を持って現れたサンやアイも食べ始め、感嘆の声を上げた。
「フゥ美味しい。やっぱりこの人は凄いわ・・・どんなにスケベだろうと、どんなに浮気者だろうと、自分を認めさせる力がある。まあ認めたところで、女は許しはしないだろうけどねフフフ」ナナのお尻の下で潰れているドモンを見たアイ。
「御主人様はそれだけではなく、本当にお優しいのです。ん~!美味しい・・・ほとんど知っている調味料なのに、どうしてこんな味になるのでしょうか?私達にも作れるほど簡単だというのに」サンが小さな口を大きく開けて可愛くパクリ。
「乾燥パスタさえあれば簡単に作れるからな。ホビット達が乾燥パスタを作る技術を持っているから、そこから仕入れられるように手配しとくよ。それをここの名物にすればいい。いいだろ?アイちゃん」
「まあ大丈夫でしょ。私からも頼んでおいてあげるわ。あ、言い忘れていたけど、私のお父さんがホビット族の長なのよ」少し得意げなアイ。
「なんだって?!はぁそうなのかい。それじゃあたしらも高く買わせてもらうよ!なんたってあんたらは命の恩人だからねぇ」
「乾燥パスタに合ういくつかの料理も教えてやるから、それで宿の修理代はチャラにしてくれよ。奥さんと子供らはパスタで、旦那はスケベな店でジャンジャン稼いでくれ。ついでに他のスケベな店も教えてやるよ。さっきので思い出したんだ」
「それなら仕方ないねぇアハハ」「きょ、許可はあんたが取ってくれよ?ドモンの旦那・・・いや、ボスか」
「勝手にボスにするなっての。師匠だの先生だのボスだのめんどくせぇなぁ」
ボロボロになってしまった宿。
だがオーナー夫婦には明るい未来、成功する未来しか見えない。
いや、なんとしても成功させねばならないのだ。またあの神の怒りに触れないためにも。
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