第30話

「皆さんお揃いで一体どうしたんで?」とドモン。

店の中は静まり返っている。


「どうしたではない!貴様、馬車はどうなっておるのだ!」と貴族のひとりが叫んだ。


その言葉にムッとするドモン。

恐らく鍛冶屋も大工も頑張っているはずだ。

自分が行ったところでどうこうなるわけでもない上に「ある程度目処がついたら見に来てほしい」と言われていたのだ。

それをドモンは信頼したいとも思っていた。


「見てのとおりこっちはこっちで忙しくてね」と店内を見渡す。

「客のことなどどうでも良いわ!」とまた別の貴族が吠えた、その瞬間だった。


「どうでも良くねぇわ!!」


いきなり着火したドモンが叫び、貴族や護衛達、そして客達やヨハンとエリーまでがビクッとなった。

こんなにも怒気を込めてドモンが叫んだのを初めて見たからだ。

ナナとカールだけがこうなるのではないかと、最初のドモンの雰囲気から感じ取っていた。


「庶民が楽しく食事してるのを邪魔して、言うも事欠いてどうでもいいだと?ふざけるのもいい加減にしろ!!」

「ドモンよ・・・」とカールが諌めようとする。が、ドモンの怒りは収まらない。


「そりゃあんたらは偉いよ。みんなをまとめながら俺らには出来ない大変な仕事もきっとしているんだろう。だけどな、それを支えてるのは今ここにいる庶民達だ」

「・・・・」

「馬車の出来栄えを心配するより、まず自分たちの足元の心配をしやがれ!」


護衛の騎士が剣を握るが、つかつかと歩いてきたナナがドモンの前に立ちはだかる。

何人かの客もドモンの前に立ち、そして何人かの客がドモンを羽交い締めするように抑える。


「いいか!ここにいる時は俺がルールだ!!何人たりともそれを破ることは許さねぇぞ!!」

客達に抑えられながらドモンが吠える。


「そのルールとはなんだ?」とカールが問う。

「ここにいる時はみんな仲良く飯を食えだ!身分なんて関係ねぇ!!」


「誰がそのルールを決めたのだ」と別の貴族が問う。少しだけ冷たいトーンだった。


「俺だ!」とドモンが叫んだ。だがすぐに「私が決めました」とナナも続く。

「俺が決めたんだ」とヨハンも続き「私が決めたのよぉ」とエリーも続く。



ドモンが言っているのは『不敬罪を無くせ』と言っていることと同じか、それ以上のことだ。貴族という身分を認めないと宣言をしたのだから。その上で自分に従えという意味と同じことを言ってしまった。

しかも話が通じるカールに言うのとはまた違う。この場にいる貴族全員に対して。


もうこの時点ですでに不敬罪なのだ。この世界ではそれが犯罪となる。

ただそれでもドモンは許せなかった。庶民のささやかな楽しみを貴族が奪っても問題はないというその態度に。


ドモンは自分に対してイライラしていた。

その感情を癒やしてくれていた客達の、困惑し悲しそうな顔が見ていられず、つい爆発してしまったのである。

ドモンは決して落ち着いた紳士などではない。気性の荒い下町っ子だった。



「実は俺が決めたんだ」

「私が決めました」

「ワシが言ったんだよ」


客達もそう声を上げ始める。ドモンを守りたいという一心で。

するとその時、客達の方へと向いたカールが突如頭を下げた。



「ルールを破って申し訳ない。許していただきたい」



他の貴族も護衛達も、そして客達も何が起きたのかを把握できずにいた。

貴族である領主が庶民に向かって頭を下げ謝罪したのだ。


呆気に取られる他の貴族達、そして護衛達に向かってもカールは頭を下げる。

「私の顔に免じて矛を収めてくれないか」と。カールもまたドモンを守りたい、その一心だった。

領主であるカールが頭を下げた時点で、ドモンの罪は不問となった。



そんなカールを見たドモンが「離せ!離せ!」と暴れてカールの前に立ち、「まあ反省できたようだな。じゃあ貴様らに俺から一発お見舞いしてやる。覚悟しろ」と捨て台詞を吐いて厨房へと向かった。


「さあ座れ座れ!貴族達も護衛達も皆座れ!俺が言ったルール聞いてたよな?ルールってのは約束だ。約束は守らないとならんぞ」と歩きながら手をパンパンと叩く。捲し立てるようなドモンの言葉に、全員が呆気にとられていた。



「ナナ、パンの用意!カール達の分だ!」とドモン。

「1、2、3・・・た、足りないわ・・・」と焦るナナ。

それを聞いた護衛が「では私達は遠慮する」と立ち上がろうとしたが、ドモンがそれを止める。


「じゃあナナ・・・いやカール、すぐそこのパン屋でパンを買ってきてくれ」と、とんでもないことを言い出した。


「な、な、何言ってるのよっ!!私が行くわよ!!」と言うナナに「ナナはタレ作りだ」とドモン。

「そ、それなら私が行きます!!」と護衛のひとりが慌てて立ち上がった。

続いて「貴様・・!!」と立ち上がろうとした貴族をカールが抑える。


「良かろう。私が行こう」そう言ってカールが立ち上がった。

領主におつかいをさせるまさかの事態。さすがのヨハンもめまいがして倒れそうになる。

これから「領主様におつかいをさせた店」として語り継がれるかもしれないのだ。無理もないことであった。


「じゃあそこの貴族のグラタン・・グランツー・・」

「グラティアだ!」

「じゃあグラ、あんたはマヨネーズ作りだ」

「なぜ私がそんなことをせねばならぬのだ!!」

「それで俺が馬車の方ばかりにかまけていられなかったという理由がわかるからだ」


突如真剣な顔をしてドモンがそう語り、グラティアが雰囲気に飲み込まれる。

厨房に戻ってマヨネーズ作りの材料を用意するドモン。

その間にカールはコソコソと、パンを買いにおつかいへと向かった。


ドモンの勝手には腹立たしくもあったが、それよりもどうやら面白そうなものが見られそうだと心を踊らせ、つい笑みを漏らしてしまいそうだった。



カールがパン屋に到着すると、パン屋の娘が腰を抜かしてしまう。

突然領主がひとりで飛び込んできたのだからそれも無理もない。


「娘よ大丈夫か」

「子爵様ぁ?!」

「え?なんだって?!」と両親も駆けつけ同じく腰を抜かす。


「腰を抜かしている場合ではないのだ。ドモン・・・ヨハンの店のパンを仕入れているのはここであろう。そのパンのおつかいを頼まれたのだ」とカール。

「な、な、なんだって領主様におつかいなんか・・・」と店主も頭を抱える。


「事情はヨハンの店のドモンにでもあとで聞いてくれ。今は急いでおるのだ。用意できるだけ用意してくれ。金は私が払おう」とカールが金貨を出す。

「こんなに出されてもお釣りがねぇですよ!」と店主が焦るも「釣りはいらぬ!とにかくそれでありったけのパンを用意するのだ」と捲し立てた。


大慌てで店主とその嫁が店中のパンを集め箱に詰めると、パンは二箱ほどになった。

それでも銀貨18枚分程度なので、本来ならばお釣りは銀貨82枚である。


「ヨハンさんの店に運べばよろしいんですか?」と店主が問う。

「私が持ってゆくから良いぞ」とカールが答えたが「そんなことは絶対にさせられません!」と店主も引かない。


自分で買い付け運んできたというところをドモンに見せたいカールも引けない。

結局カールと店主がひとり一箱ずつ運ぶこととなった。



「私はなぜ今領主様とパンを持って並んで歩いているのだろう?」

もしかしてこれは夢なのではないかと急に思い始める店主。

「私の方が聞きたいぐらいだ」とカールが苦笑する。

だがいつしかこれもまた楽しく感じている。今夜もなかなか寝付けそうにないだろうと考えていた。



「うおおおおおお!!!」

カールが店に近づくと、店内からグラティアの叫び声が聞こえる。


思わず駆け足になり「今戻ったぞ!」と叫びグラティアを探す。

ちなみにグラティアはカールの弟だ。プライドが人一倍高いのが難点だとカールはいつも思っていた。


「おぉおかえり。パンの確保は出来たか?」とドモン。

「当然であろう。もう一箱あるぞ」とパン屋の店主を呼ぶ。

「あらパン屋さんの。カールに全部持たせて良かったのに」とカールの予想通りの答えを返すドモン。

パン屋の主人が「あ、あんたは何を言ってるんだ?!頭がおかしくなったのか??何を考えてるんだまったく!」とドモンに食ってかかった事で、カールの気分は随分と晴れた。

ニヤニヤとしているカールの顔を見たドモンが、肘でカールの腕を小突き「チッ!カールのせいで怒られたじゃねーか」と文句を言いつつパンを受け取った。



その頃グラティアは真ん中のテーブルで客達に囲まれていた。

だが不穏な空気はもうなく「グラ様頑張れ!」「負けるなグラさん!」「止まっちゃ駄目だ!一気に行け!」「グラティア様!あと少しです!」などと応援されている。


護衛達も「代わりましょうか?!」と初めは言っていたが、負けず嫌いのグラティアが意地になって断ってくるので、もう応援にまわっていたのだ。


客の輪の中を覗き込んだドモンが無責任に声をかける。


「行け行けグラ!かなり出来てきてるぞ!今1割くらいだ。だからあとその9倍だ」


ドモンの冗談か本気かわからない声に気絶しそうになるグラティア。

だがこのプライドにかけて必ずやり遂げる。そう信じ、力を振り絞る。


「グラティア、代わってやる」とカールが申し出る。

しかしカールも予想していた通り「兄さんは見ていてくれ!これは奴との真剣勝負なんだ!」と返ってきた。

カールがグラティアに兄さんと呼ばれたのは数十年ぶりだったので、それだけは予想外だった。


「グラン負けるな!」カールも応援に回る。カールも幼い時の呼び名で思わず叫んだ。

「もっと早く回せ回せ!貴族の力はそんなもんか?ナナでも出来るぞそのくらい」とドモンが追い込む。


「くそおおおおおお!!!」と最後にラッシュをかけてグラティア、いやグラはテーブルに突っ伏した。


ニッコリ笑ったドモンが出来上がったマヨネーズを指でひとすくいし味見をする。

「まあ70点。ぎりぎり合格だ」とボウルを厨房に持って帰った。

グラはもう言葉も出ない。


ドモンはこの間に新たな鶏肉を大量に揚げていた。

ナナに作らせたタレの中に突っ込んで、グラのマヨネーズも混ぜる。


新たに出来た大皿三枚の鶏マヨ和え。

それを持ち登場したドモンが叫ぶ。


「さあさ今日は貴族様デーだ!カールとグラに『お疲れ様でした、いただきます』等と声をかけたら、エールと『グラの鶏マヨパン』を奢ってくれるよ!それと他の貴族もこの機会に労ってやんな」


店内に大歓声があがり、また始まったかとカールは思う。何が始まったのかとグラは焦る。

ただ先日みたいな無礼講状態ではないだけまだまだマシであった。



「この店の中じゃ俺がルールだ。不敬罪なんて関係ない!貴族も平民も大いに語り合って交流してくれ!!」


そう思っていた直後にこれである。すぐさまカールがフォローした。

「私が認めよう!そしてその前に皆の者、頑張ってくれたグラティアに盛大な拍手を!!」


突っ伏していたグラが起き上がり右手を掲げると歓声と拍手がより一層大きくなる。

それは当然心地の良いものであった。



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