第29話
ドモンがマヨネーズを作ってから数日が過ぎた。
馬車の方は着々と改造が進んではいるが、まだ完成には至っていない。
大工の元へ何度かカールが顔を出し、その度に大工が驚いているとファルから話を聞きいていた。
ある程度目処がついたらドモンにも一度見に来てほしいとのことだった。
そんなことよりドモンは別の事で頭を悩ませていた。
思いの外マヨネーズ入りの鶏肉サンドが好評で店としては嬉しい悲鳴なのだが、ここにいる全員が筋肉痛で実際に悲鳴をあげていたのだ。
一度いつも仕入れをしているパン屋の娘が「最近たくさんご注文してくださってありがとうございます!宜しければお礼に何かお手伝いしましょうか?」という言葉を放ち、悪魔のような目をしたドモンがマヨネーズ作りをさせたことがある。
「まさか泣くとは思わなかったもんなぁ」とタバコの煙を吐きながら、リビングの長椅子に座って頭を掻く。
ちなみにこの世界には紙タバコはないが、葉巻とパイプ煙草があり、主に葉巻の方を皆吸っている。葉巻と言っても太いものではなく日本のタバコサイズである。
ドモンの大量の買い置きもそろそろ心許無い量となり、どうしたものかとその事についても頭を悩ませていたが、とりあえず今はミキサーの事をどうにかしなければならない。
元の世界に戻り手動式のミキサーでも買えばいいのかもしれないが、壊れる度にまた買うのも面倒だし、これを買いだめして金がなくなるってのも癪な話。
ならば作ろうと考えたドモンだったが、何をどうしたらいいのかさっぱりわからなかったのだ。
モーターどころか電気すらない。
エネルギー源として魔石というものがあるが、いまいち仕組みもわかっていない。
「なんで俺天才科学者とかじゃないんだろ?」
こういった異世界物とか開拓系の小説や漫画は、大抵天才少年少女がなんとかするものだ。
とんでもスキルでどうにかしてしまったり、都合よくもっと天才が現れて「こんなのはどうだ」と解決方法を教えてくれる。
ドモンは普通の高校をサボりサボりしながらもなんとか卒業し、コネで就職したもののその一年半後には事故で脚を悪くし、その後パチプロになったという経緯がある。
小さな頃、酔ったパチプロとなぜか仲良くなった際に教えてもらった知識や、生徒は自分ひとりの小さな英語塾で、英語ではなくトランプのイカサマ・・・いやマジックなどを教えてもらっていたというのが、役に立ったといえば役に立った。パチンコだけではない他のギャンブルにも応用し、それにより機転も利くようになったし、頭の回転も早くなったと思っている。度胸もついた。
だがただそれだけの話なのだ。
それこそ機転がやけに利くどこかのギャンブル漫画の主人公が、もし電気もない異世界に行ったとして『1からモーターを作って動かせ』と言われてもきっと出来ないだろう。
「どうして俺には何もねぇんだよ。チートスキルとか天才的な知識とかさぁ・・・」としょぼくれるドモン。
「ド、ドモンは凄いよ?私達から見たら大天才にしか思えないよ」と、ドモンの心配をして様子を見に来たナナが慰める。
「いや、そう見えるかもしれないけど実際は違う・・・スキルも何にもないただのおっさんなんだよ俺。異世界に呼ぶなら他に誰かいただろってな」
座りながらしょぼんと肩を落としているドモンの後ろから「大丈夫よ。出来なかったらそれはそれで仕方ないし、それにそれはドモンのせいじゃないわ」とナナが抱きしめた。
「・・・・」
「みんな心配してるよ?もうお昼だから下に行ってご飯食べよ?」
そして後ろから抱きしめたままドモンの横顔にキスを・・・しようとした瞬間、ドモンがいきなり振り向いた。
「ん?!むがー?!」
突然唇を奪われたナナが驚きの声を出した。
それから30分後「さぁて、とりあえず飯食うかぁ」とドモンが階段を降りていき、その数分後、ツヤツヤ顔のナナが鼻歌を歌いながら降りてきた。
一人で考えていても思いつかないものは思いつかない。
誰かしら天才が現れることを祈り、やけくそでマヨネーズを作っていた。油を少しずつ加えると少しだけ楽に出来るということを知ったが、それでもやはり疲れるものは疲れる。
マヨネーズを作った後、冷蔵庫から鶏肉を大量に出し一口大に切り、軽く塩と胡椒で下味をつけてから小麦粉をまぶす。
更に今度はボウルに醤油と酢、砂糖とごま油を入れて混ぜ、細かく刻んだネギも入れていく。
そのネギにタレが馴染むのを待っている間、小麦粉をまぶしていた鶏肉を油でカラッと揚げていくと香ばしい匂いが店内に広がった。
「か、からあげか?」とヨハン。
「いや違う。まあでも美味い物には違いないから楽しみに待ってろって。たくさん作ってるから売れるくらいあると思うぞ」とドモン。
その瞬間ドモンの料理を知る客達からワッという歓声が上がった。
揚がった鶏肉をザルに乗せ油を切っているところでナナがつまみ食いをしようとしたが、待ったをかける。
先程作ったタレの入ったボウルの中に揚げた鶏肉を一気に突っ込んで混ぜ返し、最後にマヨネーズを軽く絡め、出来上がったそれを大皿三皿に分けた。
「おまたせ!油淋鶏・・・っぽいやつのマヨ和え・・・ドモン特製の鶏マヨ和えだ!」とドモンがまず一皿カウンターにいるヨハンとエリーの元へと持っていくと、ナナがドタバタと走ってきた。
「んーー!!んん~ん!!・・・んが!ドモンご飯は?!」
「米は炊いてないぞ」
「えーー!!」
厨房で味見をしたナナが「これはお米に乗せるべきよ!」とうなだれていたので、仕方なく「パンに挟んで食っても美味いぞ。鶏肉サンドみたいにキャベツ入れてもいい。マヨ増量も有りだ」とドモンが言った瞬間「それだ!」とまた厨房へと飛んでいった。
そんなやり取りをしてると今度はヨハンとエリーが声を上げる。
「だあああ!!まぁたお前とんでもないもん作りやがって!!これもお前の世界じゃ一般的な料理なのか?」とヨハンが自分の禿頭をペチペチ叩いた。
「いやこれは俺のオリジナルだ」とドモン。
「マ、マヨネーズって凄いのねぇ・・お醤油とも合うなんて」とエリーは恍惚とした表情。
「たくさん作ったから良かったらみんな買ってくれ。うーん一皿銅貨40枚、パン付きで50枚ってとこでどうだ?!」とドモンが叫んだ瞬間「買った!」「二皿!二皿くれ!」と大騒ぎとなった。
「私の~!私の分~!」と焦るナナに「厨房にもう一皿あるから」とこっそり耳打ち。
ドモンは大皿三枚の他に、中皿に自分達の分をちゃっかりとキープしていた。
どこで噂を聞きつけたのか、店内はたくさんの客で賑わい騒然としている。
そこからはひとり一皿までとなってしまい、エリーが皆に「ごめんねぇ」とフリフリしながら謝っていたが、誰ひとり怒る様子はない。
エリーがフリフリをすれば当然だ。
たとえ王族だろうが貴族だろうが怒れまいとドモンは思う。
「一般人のフリフリの破壊力が4程度だとすると、ナナが2倍の勢いでフリフリして18万程度、エリーは通常のフリフリで余裕で53万はある」
「だから何なのそれ」
「いやなんとなく」
たまに出てくる訳のわからないドモンの独り言に不思議顔のナナだったが、なんとなく母に負けた気分になり100倍でフリフリすると提案するも、ドモンに「それは危険だ。精一杯やって20倍までにしとけ」と止められてしまった。
「そもそもエリーが本気を出すと1億2000万だぞ」とドモンが付け加える。
そんなところへ「また何を騒いでおる!」という声が響いた。
「子爵様!!」
「領主様がまた来た!」
「後ろは貴族様達?!」
カールが他の貴族と大量の護衛を連れてやってきたのだった。
なんだか少し怒っている様子に、とりあえずエリーを貴族達の前に立たせてフリフリをさせてみようとドモンは思っていた。
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