第28話

日もすっかり傾き、カールは屋敷へ、ドモンとナナも帰宅することとなった。

残った三人はああでもないこうでもないと、まだ話を続けている。

「何かあれば屋敷に連絡してくれ。出来る限りすぐに駆けつける」と全員に言い、カールが去っていった。


「護衛も付けずに平民の元へ駆けつけられる領主なんて、まあ本当にいい領主なんだな。慕われてるというかなんというか」とドモン。

「命を狙おうって領民がいないからね」と答えるナナ。


「なんかどっかの暴れん坊な将軍みたいだな」

「なにそれ?」

「さてなんだろな」

今度カールに『余の顔を忘れたか!』と言わせてみようと思うドモンであった。



熱のこもった議論をしてるファル達に別れを告げ、結局歩いて帰るのはやめて、馬に乗って帰ることにした二人。

ナナがドモンの脚を気遣ったのだ。


「もう夜になるから大丈夫だと思うけど、今度はドモンが前に乗ってよ」

「い、いいけどお前それ絶対・・・」

「ドモンのを押し付けられるよりマシだわよ!」

「ど、どうなっても知らんからな」


二人で馬にまたがる。するとナナが後ろでエビ反りになっていた。


「ちょ、ちょっとドモン!く、くるし・・・」

「お前そんなに押し付けるなって!落ちるだろ!」


ジタバタしてる二人をよそにヒヒンと馬は歩き出した。


「ちょ!ちょ!ちょ!ん!ん!ん!」

「ナナ!ナナ!ムニムニ!ムニムニ!危ねえ!」


10歩ほど進んだところで、ナナが馬から飛び降りた。


「や、やっぱり私が前ね。自分のがこんなに邪魔なものだとは思わなかった」

「サービス精神が旺盛すぎだ。頭のネジが飛びそうだったぞ」

「朝の私の気持ちわかったでしょ!」

「わかったけど・・お前は歩いて帰るという選択肢はねぇのかよ」

「もう夜だしそれはないわ」


あくまで一緒に馬に乗って帰ろうとするナナ。

前後を入れ替え、また馬にまたがる。


「し、しっかり掴まっててよ」

「お、おう・・・」


その後どうなったのかはわからないが、家に到着するなり、食事も取らず二人で水浴びと洗濯をすることとなった。



少しぐったりしたドモンが着替えて階段を下りると、ヨハンが忙しそうに右へ左へと動きながら「ドモンよ、晩飯を用意してあるから、それ食べたら手伝ってくれ!」と言いながら、ホールの方へと走っていった。


ドモンは焼いてあった鶏肉をパンに挟んで食べようと思っていたが、ふと調理場に穀物酢がある事を発見した。


「ピクルスがあったんだからそりゃあるよな」

妙に納得しながら、油と酢と卵の黄身をボウルに入れて塩をほんの少し加える。


そこへ色んな意味でサッパリした、ツヤツヤ顔のナナが厨房へとやってきて「お腹すいた~ドモン」と後ろから抱きついた。

「お前はまた水浴びしたいのか」とナナを引っ剥がし、体力勝負をお願い。超高速かき混ぜ作業だ。


「これを肌色のクリーム状になるまで、ものすごい勢いでかき混ぜ続けてほしい」

「わ、私が?」

「はっきり言ってしまえば、俺の歳だと厳しい。すまない」


珍しく弱気なドモンを見て「わかったわ、頑張ってみる」とナナが泡立て器を手に持った。当然ドモンは面倒なことが嫌だっただけだ。



厨房に響く猛烈なシャカシャカ音。

プルプルと胸も揺れ、否が応でも客達の視線は厨房へと集まる。


「うううううぅぅ!!こんなもんで・・・どう?!ハァハァハァ・・・」

「上出来だ、よくやった!」


出来上がったものを指で軽く掬って味見。

「よし、マヨネーズの完成だ」とドモンがニコリと笑う。ナナはまだ肩で息をしていた。


「あなた達、何を作っているのよ?お客さん達が期待してるわよぉ?」とエリーが厨房を覗き込む。

「マヨネーズってものを作っていたんだ。調味料みたいなもんだ。多分こっちにはまだないんだろ?」


早速塩コショウで焼いてあった鶏肉を少しだけほぐしてパンに挟み、マヨネーズを少し塗ってナナに渡す。

ドモンは自分の分を半分ちぎって、カウンターに居るエリーに試食させた。


厨房から久々の「ん~!んんんー!!んんー!!」という、口に物が入ったまま喋るナナの声が聞こえる。

多分『ん~!美味しー!!うまー!!』といったところだろうと最近ドモンも分かってきた。


「おぉ!」ドモンもひとかじりすると思わず声が漏れた。思っていた以上の出来栄えで、頑張ったナナに感謝。

エリーもカウンターにいた客達から文句を言われながらそれを試食。


「あらぁ美味しいわぁ!ドモンさんこのマヨ・・ネーズ?というのを、もう少しだけかけてもらえるかしら?」

「おう、いいよ」とエリーはマヨ増量。


「すごい!こんなの初めて!初めてだわぁ!」と体を揺すりながらモグモグと食べた。

それを見ていたカウンターにいた数名の若い男達が、なぜか顔を真っ赤にしていた。


「ドモン!それはあと何個くらい作れるんだ?」とヨハン。

「ナナ、パンはどのくらいある?」とドモンが厨房の方へと振り向いた。

「1、2、3・・・30個くらいあるよ~」とナナの答えが返ってきて、そのままドモンはヨハンに「30!」と叫んだ。


「ほいお前達、今エリーが食べてた特別な鶏肉のパン!銅貨40枚、ひとり一個のみで限定30個だ!」


ヨハンがそういった瞬間ワッと人が集まった。

「はいはいみんなぁ並んでよぉ~」というエリーの少しだけ気の抜けた声に場が和む。

ドモンは厨房へと飛び込んで鶏肉を焼き始めた。


「ナナ、さっきみたいな感じで、今あるパンを全部切っておいてくれ」

「任せて」

「問題はマヨネーズが足りるかどうかだな・・・」


ドモンがちらっとマヨネーズの量を見る。


「わ、私はもう無理よ!」とそっぽを向いたナナ。そこへヨハンが厨房へとやってきた。

「なにか手伝うことはあるかい?」


ドモンとナナがにまぁ~っといやらしい顔で笑った。



先程の数倍の量でマヨネーズ作りが始まる。

「うおおおおおお!!!きーびーしぃーーー!!!」と叫び続けるヨハン。


そこへエリーが様子を見に来て「私が代わるかい?」とヨハンとバトンタッチした。

「はあああああああぁぁぁん!!うぅぅぅぅん!!!」


「お、お母さん・・・」とナナが言ってしまうのも無理がないほど卑猥な声を上げながら、縦横無尽に例のふたつの大きな物が暴れている。

カウンターに並んでいる若い男だけではなく、年老いた男性や女性客ですら真っ赤な顔をしながら厨房を覗き込んでいた。


「ハァハァハァ・・・ドモンさぁん・・・あん・・・これでいいのぉ?」とエリー。

鶏肉を焼いたあと、横でキャベツを切っていたドモンが手を休め「お、おう・・・上出来だ」と動揺しつつも味をチェックした。


「ナナ、さっきの要領で肉をちぎって挟んでマヨネーズかけていって。このキャベツは肉の下にこのくらい入れてくれ」

「わかった!」

「俺も手伝うよ」


恍惚の表情でぐったりしたエリーだけカウンターに戻り、真っ赤な顔の客達に労われていた。

そんなエリーの元へ、出来た鶏肉サンドを順番に運んでいく。


「ハイお待ちどうさま!銅貨40枚だよぉ」とエリーがパンを渡すと「いいからとっときな」と客が銅貨50枚を置いていった。

「エリーさん大変だったわね」と次の客も少し多めに代金を支払ってゆく。

「エリーさん!俺頑張って稼いでまたこれ食べに来ますから!」と銀貨を支払う真っ赤な顔の若者。

「多いわよぉ」「そんなことないです!エリーさんのパンですから!」と客席に戻っていってしまった。


何度かそんなやり取りがあった後、客席から順番に感嘆の声が上がり始める。


「な、なんだよこれもう~!!今までのは何だったんだよ~!!」

「このクリームの酸味が・・・癖になるわぁ」

「シャキシャキのキャベツと、このクリーム・・・マヨネーズ?が合うんだな。そこに鶏肉の旨味が重なって・・・」

「あぁ~うまっ!!エリーさんエールエール!エールのおかわり!」


鶏肉サンドはあっという間に完売した。

どうやらこれも名物料理になりそうだとヨハンがニッコリ。


「パンの間に挟む物を、唐揚げやチキンカツで作ると更に美味いんだよなぁ」とカウンターでタバコを吸いながらエリーと会話してると、ヨハンやナナ、そして客達の手が止まり、視線がドモンに一気に集まった。


「いや今日はもう作らんぞ!ナナとエリーがまた卑猥な声をあげなきゃならんことになる」

「ちょっとドモン!」

「やだぁドモンさんたらぁ!」


ナナとエリーが赤い顔をし、客はそれよりももっと赤い顔をした。


「こりゃミキサーが必要だな」


予想外のものを作らなければならなくなったドモン。

将来的にこれがこの世界に革命をもたらすことになる。

だがそれはまだ少し先の話であった。



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