第27話

ナナの後ろにドモンが乗り、カールが乗る馬の後ろについていく。


「し、しっかり掴まっててよ。ん」

「あ、わ、分かってる・・・」


二人乗りは想像していたよりも遥かに破壊力があり、帰りは馬を引いて歩いて帰ろうと決意する二人。

すぐに大工の家に着いた事を神に感謝した。


「昼間の街中で二人乗りは駄目ね。何度か手綱を放り投げそうになったわ」

「俺はもう・・・いいんじゃないかな?と思い始めてた」

「ド、ドモンが悪いんだから!」

「これは元々ナナのせいだろ!」

「何をやっておるのだ貴様らは・・・」


二人の見ていられないくだらない言い争いに、呆れながら苦言を呈するカール。

既に鍛冶屋と馬車屋のファルも到着していた。



「ようやく来たな。ん?どうした二人真っ赤な顔して」とファル。

「いやなんでもない。俺はもう治まってきた」

「私は今すぐ水浴びがしたい・・・」


ドモンとナナの言葉を聞いたカールが大きなため息。

そこへ鍛冶屋と大工の二人がやってきて、ファルからの紹介を受けた。


細身の男が鍛冶屋、少しがっしりした体型の小柄な男が大工。

年齢は二人共ファルと同じくらいで、昔からの友人でもある。


「りょ、領主様、昨日は色々とお世話になりました」

「本当に失礼なことを・・・気がついた時にはもうご帰宅なされていまして、ご挨拶も出来ずに・・・」


鍛冶屋と大工が改まってカールに挨拶。


「カルロス様、二人もあんなことは初めてでして・・・」と気まずそうにフォローしたファル。

「もう面倒なので、あの場にいた者はカールで良いのだがな」

「それならさっさと不敬罪無くせよ。もうわかっただろ、全くめんどくせぇな貴族ってのは」とカールにドモンが愚痴を吐くと、鍛冶屋と大工の顔が真っ青になった。


「此奴の不敬は初めからだから気にするな。いつか私の手で成敗してやるつもりだがな」とカール。

「初めからこんな感じだったのかドモンよ・・・」とファルも流石に呆れる。

「そんなわけ無いだろ。実に丁寧なもんだったよ」と語るドモンを、ジトッとした目で睨むカールとナナ。


「泣きそうな顔をして『助けてくれ!頼む!』とオロオロしておったのは覚えておるが、そんな丁寧な口調だっただろうか?」

「私が見た時には『本当に助かったよ悪かったな』ってタバコ差し出してたよね?」


カールとナナがドモンにそう迫ると「うるせぇジジイとおっぱいだな」と文句を言ってタバコに火をつけた。


「もし不敬罪がなくなったとしても、貴様にだけは適用させてみせるから覚悟しておけ」とカールがつかつかと大工の家に入っていき、「あーうるせぇうるせぇ」とドモンも横に並んで入っていく。

大工が慌てて「こちらへどうぞ」と案内していた。



「随分と仲がいいんだな」と鍛冶屋。

「同い年ってのもあるけど、相手は領主で貴族様なんだけどなぁ」とファルがあごひげを擦る。

「幼馴染みたいよねドモンとカールさん」とナナが言うと「いやぁナナも大概だったぞ?ドモンとカルロス様の頭引っ叩いて・・・生まれてはじめて家族以外に叩かれたんじゃないか?」とファルが苦笑い。

「あれはあの二人が悪い!」と、ナナもつかつかと家の中へと入っていった。



「で、一体どういった作業をするんで?」と問う大工。

「馬車の揺れを軽減させたいんだけど、まずはその仕組みについて理解してもらいたい」とドモンが説明を始めた。


以前ナナやファルに説明したように、慣性の法則について詳しく説明していく。

「理屈ではわかるが・・・実際見てみないとわからぬな」とカールは難しい顔。

「まあ実際あれやってみた方がいいよな?」とファルにドモンが合図をすると、馬車からファルがいくつか物が入っている木箱とロープを二本持ってきた。


「これが今の馬車だ」と言ってドモンが箱を振ると、ガシャガシャと中の物が転がった。


「次はロープの上に箱を載せてロープを細かく振ってみる。ファルとナナ、いや実際にカールがやってみた方が理解できるかな?」とファルとカールにロープの端を持たせ、その上に箱を置く。


「左右でも上下でもいいから細かく振ってみてくれ。鍛冶屋と大工も中の物をよく確認するんだ」とドモンが促した。


「おぉぉ!!」

「箱の中身が動いていない!」

「なるほど!細かい振動が伝わっていないのか!」


鍛冶屋と大工とカールの三人が予想通り驚き、ナナが「すごいでしょ~」と自慢げに笑う。


「つまり今回やりたいのは、馬車の土台部分と座席部分を切り離し、それを今のようなロープ、まあチェーン辺りが丈夫でいいのかな?それで座席をその上に乗せるわけだ」

ドモンが大体の構想を伝えていくと、鍛冶屋と大工はあっという間に自分たちの役割を理解した。


「金は私が出すから、まずは試作の馬車を一台作ってくれ。それが上手くいった時にファルの馬車の改造、更に貴族達に披露する豪華な馬車を一台用意してほしい。もちろんそれらの金も私が出そう」


カールが目の色を変えて一気にまくしたてた。


「もちろんやってやりますよ」と鍛冶屋。

「こんなの見せられたらやるしかねぇな」と大工もつい、いつもの口調になってしまっていた。

「人を雇っても良い。必ず成功させるのだ!」と指揮を執ったカール。


「あ~っと、ちょっと待った!」

鼻息を荒くしているカールが「なんだ?」とドモンを睨みつけた。


「鍛冶屋に聞きたいんだけど、鉄を螺旋状にグルグル巻きにすることとか出来る?」とドモン。

「太さによるな」と素直に答える鍛冶屋。

「太さは正直実験してみないとわからん。手首くらいの太さかそれ以上か・・・硬すぎず柔らかすぎず、焼きを入れながら弾力性がある状態にしたいんだ」と身振り手振りで説明するが、この場にいる誰もが理解出来ずにいた。


「つまりこの鉄のグルグルを車輪と土台の間の軸に挟むんだよ。これがサスペンション」とドモンが言うと、ファルとカールが前にドモンが言っていた物のことだと気がついた。

ただ、この会話に一番青くなったのは大工だった。


「ちょっと待ってくれ!座席だけじゃなく車輪も切り離そうってのか?」

「そうなるな」とドモン。

「俺にはまだどういう仕組かさっぱりわからねぇし、それをどう作ればいいのかもさっぱりわからねぇ。模型か何かないのか?」


大工の言い分ももっともである。カールですら理解できずにいた。

ナナに至ってはもう考えることも放棄してドモンに任せきりだ。


「私本当に水浴びしてこようかな・・・」と真剣なおじさん達四人の輪の外から小さな声を出すナナ。

「まだ時間かかるから水浴びでも水遊びでも何でもしてこい」とあしらったドモンだが、そこでふと頭に何かが引っかかった。


「なあ、こっちの世界には水鉄砲ってあるのか?水を飛ばして遊ぶオモチャみたいな」

「子供が遊ぶやつ?水吸い込んで棒を押してピューって」

「それだ!それを持ってこい!!」


ナナから聞くなり興奮したドモンがまくし立てた。

「それなら息子が多分持ってるぞ」と大工が奥の部屋に行きすぐに持ってきた。

大きな注射器のような水鉄砲を見て「これだこれだ!」と嬉しそうなドモン。


「これって2つの部品に切り離されてるけど、現状は1つの棒状になってるだろ?」

「そりゃまあ言いたいことはわかる」と大工。

「この棒をこうやって引いて・・・この中の隙間に、俺がさっき言ってた鉄で出来たグルグル入れるとどうなると思う?」

「詰まって棒が戻せなくなるだけじゃないか?」と鍛冶屋。


「正解だけどちょっとだけ不正解。実際はちょっとだけ戻るけど、すぐに跳ね返る」とドモンが得意げに話す。

「その鉄が潰れてしまえば跳ねかえらぬではないか?」とカール。

「だから跳ね返るくらいの硬さが必要で、ちょっとだけ押し込める柔軟さが必要なんだよ」と言うと、鍛冶屋だけがほぼ理解した。


「なるほど、鉄の弾力性を活かして跳ね返るものを作ればいいんだな?だが力のかけ具合によって変わってくるぞ?」

「それは座席と人と荷物の重さ次第だろうな。実験するしかない」と鍛冶屋に答えたドモン。そのドモンの答えによって今度はカールが理解。


「理解できたぞ!つまりこの持ち手の部分に車輪がついたような形になって、座席を宙に浮かせるような形になるのだな?」

「正解だ。そうすると路面の段差の衝撃を、隙間のグルグル巻きの鉄、つまりバネと言われるものが吸収してくれるんだ。サスペンションの意味わかったか?」


カールとドモンのやり取りを聞き、大工もようやく理解した。


「それこそこの水遊びのオモチャを、そのまま大きくしてしまえば良さそうだ」と大工。

「その太さによって鉄の巻き方も変わってくるな。これはお互いに相談しながらだな」と鍛冶屋。


「そのサスペンションとやらで衝撃を吸収しつつ、座席を吊り下げることによって更に衝撃を抑えるのだな?」とカール。

「そういうことだ。それがない今の馬車がどれだけ揺れているかよくわかっただろ?俺のお尻が死にかけた理由がそれだ」とドモンがお尻を抑える。

「とんでもない発見と発明だな」というカールの言葉に皆が頷いた。


「もちろん俺の発見じゃないからな?これで商売するのはいいけど、独占はしないでくれ。他人の技術を自分が見つけたと自慢するようなものだから」とドモンが釘を刺す。

「わかっておる」とカールが全員に改めて視線で確認した。



全員が目を輝かせ、その新しい馬車に試乗することを楽しみにしていた。

特にカールは興奮しきっていて「今夜も眠れそうにないな」とニヤリと笑う。


その後ろでひとり、椅子に腰掛けてテーブルに突っ伏し、だらしない顔でヨダレを垂らして眠るナナの姿があった。



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