第31話

「ああそうだ。その前にグラの鶏マヨパンを作ってくれた本人に食べてもらわないとな」

そう言ってドモンがパンをグラに差し出した。

「しっかり味の感想を頼むよ」と付け加えて。


このパンの殆どをドモンが作ったにもかかわらず、『グラの鶏マヨパン』と言ったドモンはずるいとグラは思った。


初めはすっかりいい気になって受け入れてしまったが、これで不味いとは到底言えない。

その上自分の名がついたパンを庶民に売って金儲けなど出来るはずもない。


が、あの男はきっちり代金を請求してくるだろう。

とんでもない悪魔に関わってしまった。そう考えながら自分の名がついたそのパンをひとかじりした。


「・・・美味い」


最早それ以上の言葉が思いつかないほど美味だったのだ。

この食べ物に、恐らく今だけであろうが自分の名がついた事を誇りにさえ思えた。


「兄さん・・・食べてみてくれ。俺のパンを」

「ああグランのパンをいただくよ」


周囲の人々の事も忘れ、少しだけ砕けた言葉遣いでカールが話しかけ、そしてかじる。


「美味いじゃないか。よく頑張ったな」


カールがそう言った瞬間なぜだか少し泣けてきてしまったグラ。最後に「よく頑張った」などと声をかけられたのはいつのことだっただろうか?

その涙を隠すように椅子の上に立ち上がり、声を高々に宣言する。


「今日は無礼講だ!皆大いに歌い、飲み、そして私のパンを食べるが良い!私の奢りだ!!」


店内が大歓声に包まれる。

そこへドモンがやって来て「お客さん、椅子の上に立ってもらっちゃ困るんですがね」と笑いながら、他の貴族と護衛達にもパンとエールを置いていく。


「おいドモンよ、私とグランの分のエールはどうした?忘れたのかマヌケめ」とカールが不満をぶつけると、「うるせぇクソジジイ!てめえで入れてこい!」とドモンが返す。


それを合図に店内は大盛りあがりとなった。



気がついた時には、グラともうひとりの叔父らしき貴族に腕相撲で連敗したドモンが、エリーの胸の隙間で幸せそうに涙にくれているのをナナが引っ剥がしていた。


テーブルでは、以前ドモンにこっそり『眠り岩石』とあだ名を付けられたゴツい男が、ドモン軍団1号としてまずカールを倒し、護衛のひとりと熱戦を繰り広げている。



「しかし貴様は本当に弱いのだな。酷いステータスだとは噂に聞いておったが」とグラ。

「ほ、本気出しちゃいねぇんだよ」とエリーの胸から引っ剥がされたドモンが、ナナの膝枕に寝転がりながら文句を言う。

ちなみにエリーは正座をしての膝枕が出来ない。された相手がデカい何かに口を塞がれ普通に窒息死するからだ。


「力のない私がまともに腕相撲で勝利したのなんて初めてのことなんだが?」と得意気なグラ。

「お?ナナ聞いた?出たよ『んだが』が!本当にいたぜ『んだが少年』!『んだが』って言うやつ本当にいるんだなぁ」とドモンがゲラゲラと笑う。

前にその話を聞いたことがある数人の客もクスクスと笑っていた。


「し、失礼よ・・・少年じゃないでしょ」とナナ。

「失礼なのはそこではない!」とグラが立ち上がる。

「お?またやんのか?!」とドモンが起き上がろうとしたところでナナの胸で跳ね返り、床に後頭部をぶつけそのまま転がった。


「何をやっておるのだ貴様は・・・それで死んだら胸にぶつかって死んだ男として伝説になるぞ」とカールが呆れる。

ナナが顔を赤くして去っていき、数名の男達がドモンを羨望の眼差しで見つめていた。



日も暮れかけた頃、グラはようやく本題へと入った。

「結局あのマヨネーズとか言うものと馬車と何が関係あったのだ」

「大変だっただろマヨネーズ作り。あれ俺たち毎日何度もやってるんだぜ?」とドモン。


「だから馬車作りは協力できないとなったというのか?」とカール。

「それもあるけどそうじゃねぇ。あの大変な作業を機械で出来るような仕組みを考えていたんだよ」とドモンが真剣な顔をした。

「何かあるんだな?貴様の考えが」と今度はカールの叔父が聞く。


そこでまたドモンが真剣に語りだす。

「俺はみんなにとって物知りみたいな扱いを受けているけど、実際はそうじゃねーんだ。単に別の世界にあった物を『知っている』というだけなんだ」

「・・・・」

「だからそれを作れと言われても作り方がわからねぇ。勉強をしてきた奴ならもしかしたらわかることも、俺にはさっぱりわからねぇんだ。頭が悪いから」

「それで少し荒んでおったのか」とカールが小声で囁いた。


「今はモーターという物を作りたい。電気というエネルギーを使って物を回転させるものだ。だがこの世界にはその電気がない。それにこの世界の魔石というものの知識も俺にはない。俺には何もわからない」


自己嫌悪に陥るドモン。

そしてそう言われた側もさっぱりわからない。電気が何か、モーターが何かも。


「そのモーターってのが出来たらマヨネーズたくさん作って名物になるな」とヨハンが明るくドモンを元気づける。


「マヨネーズどころの話じゃねーよ。モーターは物を回転させるものなんだけど、それは様々な場所で使える。風を送る扇風機という機械で夏は部屋が涼しくなるし、換気口に付ければ煙も全部吸い込んでくれる。家の中のゴミを吸い取る掃除機というものもそれで出来る。洗濯やそれを絞ることだってモーター使った機械で出来るんだ」


その言葉に貴族達がどよめいた。

貴族達だけではない。客やヨハンやエリー、当然ナナも驚く。


「な?!ば、馬車どころの話ではないではないか!!」とグラが叫ぶ。

「だから最初からこっちはこっちで忙しいと言っただろ。なんならその馬車に馬すら必要がなくなるんだよ」とドモン。

「さ、最初からその訳を言え!まったく貴様ときたら・・・」とカールがため息を吐く。


「そりゃ頭の中に設計図でもあって、見通しが立ってたならそう答えるよ。でもそう言ったらきっとあんたらは期待してしまうだろ?」


ドモンの言葉に皆納得した。

ドモンもまた期待に応えたいと必死になっていたのだろう。

「ひとりでいる時『どうして俺にはなにもないんだろう』って辛そうな顔してた」とナナが伝える。



それを聞きカールは猛省する。グラも同様に。

周囲の期待に追い詰められていた男を更に追い詰めるべく、護衛まで引き連れて説得、いや脅しに来たのだ。

そんな男の救いになっていた客達の笑顔を奪いまでして。


「ドモンよ、正式に詫びる。すまなかった」

「店の者、そしてここにいる皆にも改めて詫びる。すまぬ」


グラとカールが謝り、他の貴族と護衛達も頭を下げた。


「そしてドモンよ、何かあるならば出来る限り協力いたすが、それにより何かを無理強いする事はない。安心して欲しい」


カールはそう宣言した。


「いやまあそこまでしろとは言っちゃいないよ。期待されなさすぎるのも嫌だしな」とドモン。

「貴様は一体何だというのだ」と叔父貴族が呆れ顔をする。


「なんだって言われりゃそりゃあんたらと同じわがままなおっさんだろ」

「まあともかくふさぎ込むな。何かあれば気軽に話せ」


ドモンのことをカールが気遣う。そして・・・


「皆の者に先に宣言しておく。我らはまた度々ここへやってくるやもしれぬ。ただその時は常にドモンのルールに従うと約束しよう」

「・・・・」

「そしていつかはドモンが申したとおり不敬罪なんてものはなくし、皆の者に心の底から尊敬される者でありたいと思っておる」


店内にまた歓声が上がる。

この街が出来て数百年、当然世界でもこのような宣言は初めてのことであった。



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