第21話
「さあハイハイ!湿っぽい話はもうなしだよ!ドモンさんも嫌がるからね」と手を叩いたエリー。
「よし!今から閉店までエール半額だ!」とヨハンの大サービス。
「じゃあ俺は豚の生姜焼きでも作るか。豚肉は確かブロックであったよな?」とヨハンに声をかけたドモン。
「冷蔵庫に入ってるから好きに使っていいぞ」と忙しそうにエールを皆に入れながら答えた。
「うー・・生姜焼きって何?」と、まだ少し泣きべそをかきながらドモンにナナがくっついてきた。
「まあ生姜と醤油を中心とした味付けで豚肉を焼くだけさ」
「醤油って万能なのね。生姜にそんな使い道があるなんて」
「生姜もこっちの世界にあるのか?」ドモンは豚肉を薄くカット。
「あるよ。これでしょ?」と、ナナは野菜置き場から生姜を出した。
「おぉ最高だ。おろし金はあるのかな?」
「チーズを削るやつならあるわ」とナナが持ってきた。
エールを料理酒代わりに使って、醤油とおろした生姜で豚肉を味付けしていくドモン。
「どんな味になるのかしら?」
「そりゃ米と一緒に食ったら天国行けるよ」
「ド、ドモン?」と涙は引いたが、今度はヨダレが垂れそうなナナ。
「さっさと上から飯ごうと米持ってこい」とドモンが笑った。
階段を駆け下りてきたナナから米を受け取り、ドモンが飯ごうを魔導コンロにセット。
炊けるまで見張るのはナナの役目である。
熱した大きめの鍋に味付けした豚肉を入れてゆく。
ジュウという音と共に食欲をそそる匂いが厨房に、そして店内全体に広がった。
「おいおいおい!今度はなんだってんだ!」と厨房へと飛び込んできたヨハン。
「つまみだよつまみ。まあナナはがっつりディナーにする気でいるけどな」とドモンは親指を立ててちょいちょいと後ろを指差した。
「俺もディナーに・・・」
「ヨハンとエリーの分もあるよ」とドモンが答えると「ドモンさんありがとね~」という声がカウンターから聞こえてきた。
「米が炊けるまで待たなきゃならないし、この調子だと暴動が起きそうだから、まずは客に第一陣行っとくかぁ」とドモンが生姜焼きを大皿に盛る。
そんなドモンが厨房から現れるなり歓声が上がった。
「んっはぁ~!うまそうな匂い!」
「うん間違いない、これは間違いない」
「なんなのこれ?本当は料理系の隠しスキルで満載なんでしょ??」
「ハイよお待ちどう様。豚の生姜焼きでございます。みんな仲良く分けて食えよ?約束守れない奴はもう食わさんぞ」というドモンの言葉は、もう誰にも届いていない様子。
「・・・・」
「このツヤ、この照り、この香り・・・」
「・・・これは流石に金払うぜ」
「タダで食っちゃ駄目なもんくらいは俺だってわかるよ」
「まあいいからいいから」というドモンの前に銅貨が山積みになり、中には銀貨も数枚混ざっていた。
客同士で最初から何かのルールを決めていたようで、小皿に丁寧に分けられていく。
ドモンはお金を押し付けられ、そのまま輪から追い出されてしまい苦笑した。
誰かの「行くぞ」という掛け声と共に、生姜焼きを頬張る音が聞こえたあと、しばしの静寂。
「・・・・」
ドモンはその様子をちらりと見て、安心して厨房へと戻っていった。
恍惚。絶頂。至福の時。溢れ出るドーパミン。
「人間の三大欲求のひとつ!食欲!その食欲が今、完全に満たされたのであった!」
「なにそれ?」とナナ。
「なんかのギャンブル漫画の真似」
「本当になにそれ」とクスクス笑ってから「お米そろそろ炊けたみたい」とナナはドモンに伝えた。
炊けた米を蒸らしながら、ナナ達の分の第二陣の生姜焼きを一気に焼いていく。
「俺は米いらんからヨハンとエリーの分の米を用意してやって」とドモンがナナに指示をした時、ようやく客席から歓声が上がる。
「あぁ・・・肉と生姜がこんなにも合うなんて!」
「美味すぎるよこれは!」
「異世界人って一体・・・」
「ん・・・やっと声出たハァハァ・・・おいしっ!」
それぞれが生姜焼きを食べて味わったあと、その感想が滝のように溢れてくる。
それを聞いたナナは、米を盛った茶碗を両手に持ちながら、厨房から出てきて客達に叫んだ。
「ドモンはね、凄いんだから!スキルなんてなくたって、職業が遊び人だったって凄いんだから!」
「ハイよ。みんなもお待たせ」とナナの分の茶碗と生姜焼きの入った皿を持って、ナナの後ろからドモンがやってきた。
「ほんっとうに美味しそうねこれ」とエリーが目を輝かせた。
「客から金を貰うんじゃなく、客が金を払いたくなる料理ってのはこういう事なんだろうな。なあドモンよ」とヨハン。
ヨハンの前にはさっきドモンが貰ったお金が山積みにされていた。
「冷める前に早く食べようよぅ」とナナが言ってる横から、ドモンが箸をのばしてつまみ食い。「うん上出来だ」と頷く。
「ずるいドモン!私も食べる!」とナナが生姜焼きを箸で掴み、米の上でバウンド。
ヨハンとエリーもナナと同じようにバウンドさせてから、米と生姜焼きを同時に口へと放り込んだ。
「!!!!!」
客達が絶句した意味が本当にわかった。もはや声が出ないほど美味いのだ。
しかも米との相乗効果で、その旨味は何倍にも膨れ上がる。
ハフハフ美味い、ハフハフ美味しっ。ただただこれの繰り返し。
その様子を見た客達が「ず、ずるいぞ!有り金全部出すから俺にも米と肉くれよ」と騒ぎ出すも、残念ながら売れるほどは残ってはいなかったので諦めてもらった。
「くぅ~!ヨハンが羨ましいよ!こんな飯味わえてさ」
「んぐんぐ・・・ああ良い婿貰ったぜ!」
「んぐんぐ・・・お父さん気が早いよ」
「んぐんぐ・・・ナナ、もうドレスなんてなくったって式挙げちゃおうよ。格好より気持ちが大切なのよ」
「んぐ・・・駄目よドモンに綺麗な姿見せるんだから」
「んぐ・・・そうだ。それでしっかり惚れさせておかねぇとあれで案外モテるからな」
「んぐ・・・もしなんかあっても第一夫人はナナよねぇ」
すぐそこに本人がいるというのに勝手に話を進めていくナナ達。相変わらず食べてる途中なのに話をしてしまうのは、家族ぐるみの悪い癖だ。
「しかも第一夫人って貴族じゃあるまいし」とエールを飲みながら苦笑いのドモン。
「それにしても料理人でもないと前に言ってたわよね?異世界の人ってみんなこんな感じなの?」と箸を休めながらドモンに聞いたナナ。
「料理してる姿が随分手慣れてるのよねぇ」とエリーが言うと「長年やらねぇとあれは身につくもんじゃないぞ」とヨハンも話の後を追う。
ヨハンが料理のスキルが無いと知って驚いたのもこのためだった。
「まあ俺の場合は、向こうの世界でも珍しい方かな?小さい頃から料理してたからな」とドモン。
「お料理が好きだったのね」というナナの言葉に「うん・・・まぁな」とドモンが少し口ごもった。
「もう面倒だから先に言っちゃうけど、俺は生まれる前に父親に捨てられていなくなっちゃって、母親もギャンブル好きであまり家にいなくて、料理とかしなかったんだよ。祖父母の家にいたんだけど、詐欺で土地も家も取られちゃってさ。一家離散して自分で料理するしかなかったんだ。ハイ終わり!」とドモンが一気にまくし立てた。
カランカランと箸を落とし、両手で顔を抑え震えたナナ。
そして店内が静まり返った。
「ほらだから面倒くさかったんだ。俺自身はそれが当たり前だったから気にもしてないというか、気になったことすらないんだよ」と笑うドモン。
「もうこれで終わり。ナナが落ち込むようなことはこれ以上ないぞ」とナナの頭をポンポンと撫でながら、ドモンはまたひとつ嘘をついたのだった。
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