第20話
ヨハンが店一番の大きな鍋を出しお湯を沸かし、そこへドモンが塩を加えていく。
「何をしようっていうんだ?」
「ビールの・・・いやエールのつまみを作る」
「これは豆か?まだ熟してない柔らかい豆じゃないか」
「そうだ。これが酒のつまみの王様『枝豆』だ」
鍋の中にドサドサと鞘付きのまま豆を投入していった。
思いがけない調理方法にアワワワとヨハンが慄き、割れた食器を片付け終わってやってきたエリーとナナが「もう!何やってんのよ!」と体を揺する。
ポヨンポヨンポヨンポヨン。
昨日の夜、ぐったりするくらいまで見たポヨンポヨンだが、ついまた見てしまうのは男の本能か。
「まあ黙って見てろって。もう出来るから」
茹でた鞘付きの大豆、つまり枝豆をザルで掬ってお湯を切り、軽く塩を振って皿に盛り「ハイお待ち」とナナ達の前へとドモンが置いた。
「何だこれは?」
「食い方を教えるよ。みんなにも教えてやってくれ。まずこうやってつまんで・・・ぴょこっと出てくるからこの豆を食う。皮の方は捨てるから捨てる用のお椀も用意してやって」
説明しながら「美味い美味い」と次々食べていくドモン。
「こんなもんが美味いのか?」と疑心暗鬼になっているヨハンが、ドモンの真似をして食べる。
食べる。食べる。食べる。食べる。
「ヨ、ヨハン・・・どうなんだい?何か言っておくれよ・・・」と言いながら、エリーも枝豆に手を伸ばし食べる。そして食べる。食べる。食べる食べる食べる!
「お、お母さん??二人共どうしちゃったのよ?!」とあまりの光景にナナは困惑。
「ナ、ナスカ・・・エールをくれ」「私も・・・」
やっと喋ったかと思えばまさかの酒の要求。
「だ、駄目よ!お客さんいるのよ?どうしちゃったのよ??」
そしてナナも枝豆に手を伸ばした。
「え?ん!あん!ん!ん!あん!ハァン!」
なんとも卑猥な声を出しつつ枝豆を食べ続けるナナ。
「誰か止めてぇ!ん!一生食べちゃう!!」と、左右の手で小気味よく枝豆を食べるナナをドモンが羽交い締め。
「本当に止めるのはやめてよ~」とジタバタ。
「どっちなんだよ」と呆れるドモン。
パーンとドモンが手を叩き、皆を正気に戻ったところで「そら!みんな待ってるぞ。さあ稼ぎ時だ」と、枝豆を一人前だけ持って客を全員集めた。
ヨハン達に説明したのと同じように食べ方をレクチャーし、一人一つずつ枝豆を試食させていく。
はじめは出来損ないの豆だと思っていた客達も、厨房でのナナの様子を見てすでに興味津々となっている。あの卑猥な声がまさか役に立つとはドモンも想像していなかった。
あっという間に店内は、ドモン達が帰ってきた時よりも騒然となった。
「一皿くれ!あとエールも!」
「こっちは枝豆二皿とエール3つ!」
「こっちも枝豆追加してくれ!」
ほんの数十分で枝豆は売り切れてしまったが、その味の余韻だけでまだエールが売れ続けていた。
「ドモンよ、これも名物になるぞ」と嬉しそうな顔のヨハン。
「この豆ならジャックのところで買えるからな。たくさん買ってやってくれ」とドモンがニッコリと笑う。
そこでようやくジャックとその母親、そしてカールの話へ。
客達が興味津々に聞き入って、それぞれが感想を述べていく。
「良かったなぁその親子」
「流石は領主様だ」
「その領主様を動かしたドモンさんも大したもんだよ」
「貴族相手に命がけで『全ての知識はここにある』なんて、話聞いただけで鳥肌立っちゃうよ」
「でも貴族様達を相手に大立ち回り・・・ナナちゃんも大変だったわねぇ」
エールを客に一杯奢ってもらったナナは、少しだけ酔いながら、ドモンがした『昼間の星』の話をした。
「あらやだドモンさん、意外とロマンチックなのね」と、エリーの友人のひとりがドモンの横に座って寄りかかる。ナナが負けじと反対側からドモンに寄りかかる。
「深い・・・ような深くないような?結局貧乏だったら、銅貨ひとつ拾っても幸せ!みたいなもんだろう?」
客のひとりがそう言うと「まあそんなもんだ」と、ドモンは左右の二人を両手で押しのけながら笑った。
「しかし凄いよなぁ。調味料の作り方まで知ってるなんて。異世界人はみんな博識なのか?俺なんてゴマ油がごまから絞って出来ることすら知らなかったぞ。油をごまで味付けしてるだけかと思ってたくらいだ」と厨房から出て、カウンターを手伝いながら笑うヨハン。
「調味料?」
「醤油と味噌の作り方の話よ。貴族相手に生きて帰れたのは、そのおかげかも知れないのよ?」とナナがその時のことを思い出し、ドキドキしている胸を抑える。大きな双丘に邪魔され、全く心臓まで手は届いていなかったが。
「あーあれか」
「そうよあれよ。『ここにある』とニヤッと笑ったあれ」と、ナナがドモンのポーズを真似。
タバコの煙を吐き、灰皿でタバコを消したドモン。
「作り方なんて全然知らんよ俺」
枝豆のおかげで店は繁盛したが、それよりも今日一番儲けたのは食器屋かもしれない。
店内に大量のグラスが割れる音が鳴り響く。
「どうすんのよっ!あんたどーすんのよ!!」と真っ赤な顔で怒り出したナナ。ヨハンとエリーは真っ青に。
「仕方ないだろう。あの時はああしないと切り抜けられないと思ったんだから」
「よくもまあ、あの人達相手にドカッと座って、あんなこと平気で言えるわね!信じられない!」
なだめるドモンに更に怒るナナ。
「ドモンさん、異世界で詐欺師でもやってたの?」
「じゃなきゃあとはギャンブラーだな。一流のギャンブラーは説得力のある嘘を平気で吐けるもんだ」
「違うわよ!この人は遊び人よ!プッ・・・ウフフ、ねぇドモンあれ言っちゃっていい?」
客達の勝手な推測に割り込んで入ったナナが、怒っていたのも束の間、今度は思い出し笑い。
「俺が向こうで何をやってたかというと」とドモンが語りだし、皆ゴクリとつばを飲む。
チラッチラッと左右を見て、ドモンがゆっくりと告白。
「向こうでもこんな感じだった」
「やっぱり遊び人じゃねーか」
「そんな失礼よ!知り合った女性の家に寝泊まりしてるだけじゃない・・・あれ?」
客達のエールが進む。売れるおかわり。
「あとその前は
「そうれみろ!ほらきたやっぱり!そうじゃねーかと思ったんだ!」
「やだ!私の中の理想的なおじ様像が崩れていく」
「俺はそういう奴嫌いじゃねーぜ!ガッハッハ!」
エールが更に売れて店内は大盛りあがり。
「ねぇドモン・・・あれ言っていい?フフ」
「おぉもう何でも来い!」とドモン。
「今日ドモンのステータスを見に行ったのよ」とナナがクスクスしている。
「異世界人だからやっぱり凄いスキルとかあるのか?」
「俺は料理スキルしかなかったとかいう話の予感がするよ」
「職業がギャンブラーとか遊び人とかだったりして」
「それひとつ正解。職業は遊び人です」とナナが笑う。「えぇー!」という声が店内に響く。
「それ職業って言わねぇだろ」と笑う客達。
「あとはもう想像もつかないと思うから正解を発表するわ。HPの最大値が93でMPが0だったの」
「ゼ、ゼロォ?!」と客達が同時に叫ぶ。
「属性もなしでスキルもなし」
「嘘だろ!料理関係のスキルはあるだろうと・・・」ヨハンが絶句する。
「そして極めつけが、ギルドまで歩いただけでHPが2減ってたのよ。プックック!!」とナナが大笑い。ドモンも頭を掻いて笑っている。
みんなも笑ってドモンにエールを奢っていた。エールを送るって言葉はここから来たのだろうか?とドモンは飲みながら考えていた。
「私ドモンを慰めようと思っていたら『まあいいや』って言ってスタスタスタって」とナナが言うと「ドモンさんらしいねぇ」とエリー。
「そんなドモンを気に入ったんだからな」とヨハンがナナと同じようなことを言い、ナナが大きく頷いている。客達も一緒に。
「しかしまあ歩いただけでHPが減るって、笑い事じゃないよ?ナナ」とエリーが注意。
「だっておかしいじゃない」と笑うナナに「ドモンさんだけずっと毒の沼地にいるようなものなのよ?しかもそこから出ることも出来ない・・・」そう続けると「あ・・・」と真剣な顔に戻ったナナがドモンの顔を見た。
「カルロス様に運ばれてきた時、ドモンはもう立てなかったんだよ・・ナスカ」とヨハンが言った瞬間、ナナの目に涙が浮かんできた。
「ジャックの・・・ジャックの家でもしばらく立ち上がることが出来なかったわ・・・それにあの時私に薬を取りに行くように頼んだのって・・・」
「大丈夫だ」とナナの頭を撫でるドモン。
「私わからなかったしドモンの方が早いと思って・・・」
「気にしなくていい」
「何があったの?ねぇドモン教えて?お願い」
ナナの言葉を聞いて、ドモンが渋々左足のズボンの裾をクルクルと捲りあげた。
「あぁ・・・」
「うわ!」
「そんな」
ドモンの膝には大きな大きな手術の痕があった。
30年前の事故の代償。
「手術をすれば15年だけ歩けると言われて、あれからもう30年も経っちまったから期限切れだよ」とドモンが寂しそうに笑う。「やっぱり走れないもんだなぁ」と言いながら。
「・・・だ、誰か回復魔法を・・・!お、お母さんポーションをドモンに・・・」混乱するナナにエリーが首を横に振った。
「まあこれが原因で結局仕事辞めてギャンブラーになって、気がつけば遊び人と呼ばれるようになっちゃったわけだ」と笑ってエールを飲み干すドモン。
ヨハンがもう一杯エールを入れ、黙ってドモンの前に置いた。
どうして今まで気がついてあげられなかったのか。
どうしてあの時自分が薬を取りに行かなかったのか。
どうしてドモンが貴族達相手に嘘までつく羽目になったのか。
どうしてそんなドモンを笑い者にしてしまったのか・・・。
「ご、ごめ、ごめんなさい・・・ごめ・・・」
「お前は悪くねぇよ」
ドモンはナナの言葉を遮ってそっと抱きしめた。
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