第19話
貴族たちがぞろぞろと帰ってゆく。
ジャックの大豆の買取に関してや加工や販売に関して、それに料理の件などは追々決めることとなった。
何名かの貴族が馬車に乗り、他は馬にまたがる。
馬車に乗る貴族達にドモンが声をかけた。
「馬車の乗り心地もその内変わるはずだ。お尻の痛みを堪えることも無くなるぞ」
ドモンは右手を上げて挨拶し貴族達を見送る。
だが貴族達が大慌てで飛び降りてきた。
「なんだと?!」
「どういうことだ!」
「馬車に関しても何か革新的な技術があるというのか?!」
貴族達が矢継ぎ早に質問をぶつける。
カールも馬から飛び降りた。
ドモンが思うよりも重要な案件だったのだ。
「どんなからくりがあるのだ?」
「まあ振動が身体にあまり伝わらないようにサスペンションというか、馬車の座席を吊り下げるような感じだな」
「それで揺れが収まるのか?」
「完全にというわけにはいかないだろうけど、お尻の痛みはかなり和らぐだろうよ」
「ふむ」
カールの質問に、どうせ説明しても伝わらないだろうなと思いながらドモンが答える。
「明日あたり馬車屋のファルと鍛冶屋や大工のところへ一緒に行く予定だ」
「それで・・・お前はその馬車や技術を売るつもりはあるのか?」
「売るつもりはないな」という答えに貴族達の顔が曇る。
「こんなものはフリーだ。自由。技術はただで伝えるつもりだ」とあっさりドモンが答えた。
それを聞いていた貴族のひとりが声を上げた。
「なんだ貴様は?!金や名誉はいらぬというのか?」
「必要ないね。そんなことよりも自分の尻の方が大切だ」とドモンが笑う。
「なぜだ?」貴族達全員がそう思ったが、カールが代表して聞いた。
貴族にとって金や名誉は武器となる。
それらを与えることによって人を動かし、様々なものを手に入れてきた。
目の前にいるこの男の知識も出来るならば手に入れようと考えていたのだ。
「なぜって言われてもなぁ。満腹よりも腹が減ってた方が飯は美味いだろ?」
「それと今の話になんの関係がある!」と貴族の誰かが声を上げる。
「うーんうまく伝わらなかったか」とドモンが首をひねる。
「じゃあこの世には星の数だけ幸せの数があるとしよう」
「ウフフ!なんだか急に素敵な話ね」とナナが笑う。
貴族達は黙って聞いていた。
「今、空にはいくつ星が見える?」
「太陽しか見えないよ」とジャックが眩しそうに空を見上げる。
「そうだな。だけど今も空にはたくさんの星がある。眩しくて見えないだけで」とドモンも空を見上げた。
「これは俺の個人的な考えだから他人が真似をする必要はないんだけど・・・俺はその星をたくさん見たいと思ってる」
「・・・・」
「金も名誉もある眩しい生活は、昼間の空を見上げるようなものなんじゃないか?本当はすぐそこにたくさんの星があるのにそれが見えず、より眩しい星を探さなければならない」
「それが貴族だというのか?」とカール。
「まあな。あんたらにとって今回食べた物や馬車の乗り心地の話は、眩しい星を見つけたようなものだろうよ。だからこんなにも食いついたんだろ?」
失礼な物言いではあるが、確かにそうかもしれないと思う貴族達。
「とにかく俺は、ほんの些細なことにでも幸せを感じられる生活が好きだってだけだ。眩しすぎる昼よりも、暗くて多少不便でも、星がたくさん見える夜が好きなんだ」
「欲がないのね」
「むしろ誰よりも欲張りだろ」
ナナの言葉にドモンはそうすっとぼける。
「まあたまには庶民の気持ちにでもなって、目を凝らして空を見上げればいいよ。あんたらの眩しい空にも星は確実にあるんだからさ。きっと見つかるよ」
ドモンは話を強引に終わらせて「新しい馬車が出来たら見せに行く」と貴族達を送り出す。
ガラガラと貴族達を乗せた馬車が走り出し、パカパカと馬も歩き出す。
カールと何人かの護衛が最後に残った。
そして「子供よ、なぜ母を医者に見せなかったのだ?」とカールはジャックに声をかけた。
「金貨を・・・金貨を持って出直してこいって。僕持ってなかったから豆を売って・・・」
「そうであったか。ではドモンよ、これを諸々の礼としておくぞ」とカールが告げる。
「おう!まあ世話になったのはお互い様だけどな」
ハイヨーという掛け声と共にカールの馬が走り出し、護衛達を乗せた馬たちも走り出す。
ジャックの家に静けさが戻る。
「最後のはどういうこと?」とナナがドモンに聞いた。
「あぁ、次にジャックの母親に何かあった時はお金なんか気にせず、すぐに医者に診てもらえってことだよ」
「えぇ?!」とナナとジャック親子が声を出して驚く。
「医者も反省するだろうな。こっぴどく怒られて」とドモンが笑いながらタバコに火をつけた。
ジャック達に「また来る」と別れを告げ、家路につくドモン達。
帰る前にジャックが何かお礼をしたいというので、まだ鞘に入ったままの緑色の大豆を畑から採ってきてもらった。
大きな袋に一袋ほど貰いドモンはホクホク顔。
「まだ熟してない豆なんてどうするの?」とジャックは不思議がっていた。
ナナの家に到着し、店のスイングドアを開けると店内は騒然となった。
「ドモンさん!一体どうしたっていうんだい?!」と一番に声を出し、駆け寄ってきたのはナナの母親のエリーだった。
「領主様の馬に乗ってきたんだって?」
「子爵様とどこで知り合ったんだよ」
「ナナ!無事だったんだな!」
こちらでも喧々囂々。
「そもそもカルロス様はなんでひとりだったんだ?護衛もつけずに」ヨハンが厨房から慌てて出てきてドモンに聞く。
「カルロスって誰だっけ?」
「子爵様よ!お父さん聞いて!ドモンったら酷いのよ。子爵様に勝手にあだ名を付けて呼び捨てにして、いつもの口調で話すのよ!信じられない!」とナナが両手を広げて天井を見上げながら首を振る。
「あぁなんだカールのことか。そういやカルロスなんちゃらって言ってたな。まあ星でも探して散歩でもしてたんだろきっと」とドモン。その瞬間。
ガシャーン!パリン!ガタン!バチャッ!
ナナの店の食器がまた減った。
前回はナナのせいであったが、今回はドモンのせいだろう。
「結局お前さん達は子爵様と何をしていたんだい?誰かが病気だったってのは聞いたけど」とエリーが割れた食器を片付けながら質問する。
「まあその話はこれでも食いながらにしようぜ。大鍋にお湯を沸かしてくれ。それとエールも大量に売れるから準備しておけ。大急ぎだ」
大袋を抱えてドモンが厨房へと向かっていった。
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