第18話

カール達の前に置かれた肉じゃが。

だがそれに一番に反応したのは、しゃがみこんでいたナナであった。


「お、美味しそうな匂い・・・ド、ドモン・・・食べていいの?」と我を忘れてしまったナナ。

「あとでな」と頭を撫でるが、頭を振り「イヤ」とワガママを言いだした。


「お、お母さんに食べさせてあげたい!」とジャックがドモンの元に駆け寄る。

「あぁ、ジャック達の分は別に取ってあるよ」とドモンが言うと、ホッとした表情になった。


だが「勝手なことを言うな!それはこちらが決める!」と一人の貴族が言いだす。

目の前にある得体の知れない『何か』・・・、強烈に食欲を誘い、そして確実に美味であろうその『何か』を平民に分け与えることなど出来ぬと、食べる前から判断したのであった。


「ダメだ。これはこいつらの分だ。干し肉や玉ねぎを用意したのもこいつらだしな。寧ろあんた達よりも先に食べる権利がある。首をハネられようがなんだろうがこれは一歩も譲らねぇぞ」


そうドモンは突っぱねた。


貴族達の護衛が剣に手をかけるが「確かにその通りだ」とカールが止める。

そしてドモンはその言葉通り、カール達貴族が手を付ける前にジャックの母親へ肉じゃがを一番に食べさせた。


「あぁ・・あぁ!なんて美味しいのかしら!!」そう言って思わずジャックを抱きしめ「ジャック・・お、お父さんにも食べさせてあげたかったね・・・」と涙を浮かべているジャックの母。

ジャックと、そしてナナももらい泣きをしつつ肉じゃがに手を付けると・・・


「んんん~~~?!んーーーーっ!!!んっ!んっ!んーっ!」ナナは美味しい物を食べた時、飲み込む前に話そうとする癖が直っていない。

「んぐっ!!んあっ!!」と、ジャックが放り込めるだけ口の中に肉じゃがを放り込む。


ドモンも一緒に味見をし「んー酒とみりん、あと糸コンニャクと人参あたりあればもっと美味しかったなぁ。干し肉だし・・・出汁の素があっただけまだマシか。まあ50点」としかめっ面。それを聞いたナナが驚愕し、一気にまくし立て始めた。


「こ、これで50点ってあんた何言ってんの?!頭でも打ったんじゃないの??生まれてこの方これ以上美味しい物に出会ったことなんてないわよ!!あんたの世界どうなってんのよ!!」


あれだけ美味しいと言っていた焼肉やラーメンやからあげのことをすっかり忘れるナナ。

ただその言葉を聞きカールの手がすぐに肉じゃがに向かった。

周りの貴族達も同時に手を出す。


カールが食べるのを待つ余裕はもうなくなっていた。


「これは凄い!なんだこれは!!!」とまずカールが叫んだ。

それはもうドモンを庇うための誇張でもなんでもない。

心の底から溢れ出てきた感想。そして感情。


「うおおお!!なんと!!」

「口が・・・口が幸せで溢れている!」

「初めての味なのになぜだか懐かしさを感じる・・・」


貴族達が感嘆の声を上げる。

今にもヨダレを垂らしそうな護衛にもドモンは肉じゃがを分けた。

護衛達がチラッとカールの方を見ると、カールは黙ったまま頷いた。


「んん!!」

「う、うまい・・・!」

「何という複雑な味わいなのだ」


普段寡黙な男達も声を上げた。


「この世界の常識を変えるというのはこの料理のことか?」と貴族のひとりがドモンに問う。

「いや、先程干し肉にも付けたこの調味料のことであろう」とカールが答えた。

「これがあればこの肉じゃがとかいう料理を大量に作ることが出来るようになるということだな?」とまた別の貴族らしきひとりが言う。


「こんなものは、この調味料で作ることが出来る料理のほんの一部だ。肉、魚、野菜と多岐にわたって様々な料理がある」

「これ以上のものが出来るというのか?」と睨むカール。

「もちろんそうだ。ただ結局肉じゃがが一番好きだという男も多いけども。恋人が作った肉じゃがをな。女は肉じゃがを作って男にアピールして結婚したりすることもあるんだよ、俺のいた世界では」と言ってドモンがまた笑った。


「その料理の数々がこの街の名産品となるということなのか?」カールが続けざまに質問をする。

「料理だけじゃない。この調味料そのものがこの街の名産品となるんだ」

「この調味料を貴様が異世界から運ぶのか?」

「そんな面倒なことはごめんだ。しかもそれだと俺が死んだら終わっちまうじゃねーか」

「うむ。私はてっきりそれを鍵として我らと交渉するのかと考えていた」


カールとドモンのやり取りが続く。


「そんなことじゃない。交渉なんて面倒なことしねぇよ、殺したきゃ殺せ。地位にも金にも興味ないんだから」

「なんだと?!」思わず貴族のひとりが声を上げる。

「ともかくだ。この醤油という調味料と、もう一つの味噌という調味料。これらは同じ物から造られてるんだ」


「味噌とは先程の・・・?」

「そうだあれだ!」

「あのスープか!」

コソコソと貴族達が味噌について話し出す。


貴族達はドモンがカールに渡した味噌ラーメンをすでに試食していた。

ここにやってきたのもその試食があったためだった。


「で、結局それらは何から出来ておるのだ」

「大豆だ。ここら一体で育てているジャックの豆だ」


そう言ってジャックから買った豆の袋を開け、テーブルの上にドモンが一気にばら撒く。


「えぇ?!」とジャックの母親が一番に驚いた。

ナナとジャックはなんとなく話を聞いて理解していたので、少し得意げな顔をしている。


「この辺り一帯の豆でこの調味料が造れるだと?!」と叫ぶカール。

「この街以外でこの豆を作っている者はいないのか?!」

「現在はこの畑くらいであろう、この周辺では」

「い、今すぐこれらの畑を買い上げて・・・」


貴族達が騒ぎ出す。が、ドモンがそれを止めた。


「おい待てよ。この畑はジャック達のものだ。勝手なことは俺が許さん」

「黙れ!貴様になんの権利がある平民風情が!」と貴族のひとりが怒号を浴びせた。


「じゃあ面倒だが交渉のテーブルに着かせてもらおうか」と両手でダンとテーブルを叩いて椅子に座るドモン。

真正面にいたカールが「フッフッフ・・・」と笑いながらドモンの方を向いた。


「グラティアお前の負けだ。これは交渉などではない。この男による強制だ。我々に付け入る隙きなどないのだからな」

「なぜだ?平民如きになぜ我らが従わねばならぬ!」とグラティアと呼ばれる貴族がカールに問う。

「その肝心の調味料の製造方法はどこにあるというのだ。その調味料を使った料理の調理法はどこにあると思っておるのだ」とカールが言うと、ドモンがニヤリと笑った。



「ここにある」



ドモンは右手の人差指で自分の頭を指差す。


「ドモンさん!!」「ドモン!!」ジャックとナナがドモンに左右から抱きついた。

「くっ・・」とグラティアと他の貴族が顔をそらす。


「安心していい。あんた達に損をさせるようなことは絶対にしない。俺はただジャックが大切にしてきたものを守りたいだけだ。父親の畑と・・・あとジャックの母親をな」

ドモンがジャックの頭をポンポンと優しく撫でながらそう告げた。



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