第17話

「そろそろ出来た頃だな」とドモンが足を引きずり戻ってきた。


「カール・・様?は両方の味を試してみてくれ。余ったものはジャック達にあげてやってくれ」

「呼び名を気にするのは今更もうよい。そもそも私はカールなどと呼ばれたこともないがな」


ドモンは箸を忘れてしまったことに気が付き、ジャックにフォークを用意してもらい、ビリビリとカップラーメンの蓋を開けた。


「こ、これは・・・」と今まで冷静に振る舞っていたカールも驚く。

「な、なんでお湯を入れただけで料理が??ドモンさんこれは一体?!」とジャック。


「まあナナが言ってたように、俺は異世界から迷い込んできてしまったんだ。これは俺の世界から持ってきたものだ。食べてみてよ」



「うむ」とカールがフォークとスプーンを受け取り、まずはスプーンでスープをひとすくいして口に運んだ。

ジャックもスープをすくってフーフーと冷ましながら母親の口元にスプーンを運ぶ。


「なんと・・・どうなっておるのだ」

「お、美味しい。ジャックも飲んでみなさい?」

母親に言われてジャックもスープを飲み、目を丸くしていた。


続けてカールは麺を丁寧にスプーンとフォークを使ってクルクル巻いて食べる。


貴族がマナー良くカップラーメンを食べてる様子を見て思わずドモンが吹き出しそうになるものの、流石に悪いと思いなんとか堪えた。

そしてジャック達も交互に麺をフォークに巻いて、お互いに食べあった。


「素晴らしいなこれは」


カールが感嘆の声を上げ、ジャック達は夢中になって食べていた。

あれだけ食欲が出てきたならとりあえずもう大丈夫だとドモンも一安心。


「子爵様!こちらの方もごしょ、ごしょう・・?食べてみてください」とナナが味噌ラーメンを勧めたが、残念ながら丁寧な言葉遣いは失敗したらしく、横でドモンがクスクスと笑っていた。


「うむ」と味噌ラーメンもスープから味見をするカール。

そういや外国人ってラーメン食べる時スープから味見しがちだよなぁと思いながらドモンは見つめていた。外国人ではなく異世界人だけれども。


「これはまた同じ麺料理でもまるで違うのだな。もちろんこれも素晴らしい」

「こちらも異世界の珍しい調味料で味付けしてあるらしいです」とカールにナナが答えた。

そして味噌ラーメンの麺も何口か食べてフォークを置いた。


それを見たドモンが「残りはあげていいか?」と問うと「うむ」と返事をし、「あ、ありがとうございます領主様」とお礼を言ったジャックの母親に黙ってカールは頷いた。


「こ、こっちも美味しすぎる・・・食べたことないや、こんなの」とジャックはもうラーメンに夢中。


「あとでちゃんとした食事も持ってくるからそれも食べるように。それととりあえずこっちの風邪薬も食べ終わったら今すぐ飲んでくれ」と風邪薬を渡し、「熱が上がったらこっちを飲むんだ。1回につき2錠だ」と解熱剤を8錠渡した。


「カールはこの残った一つのカップラーメンを持っていってくれ。先程作ったように中にある粉をかけてお湯を入れて3分待つだけだ。もうこの世には恐らくこの一つしかない。俺が異世界に戻って持って帰らない限りの話だけれども」

ドモンがカールにカップラーメンを渡した。


「それは貴重な物をすまぬな」

「かまわないさ。もしかしたらこの世界でも作れるようになるかもしれないしな」


ドモンのその返答に、ナナはハッとした表情を見せた。


「この世界じゃないな。ここら辺じゃこの街だけで・・かもしれない」と言ってドモンがジャックの方を見る。

「どういうことだ?」と訝しげに問うカール。


「今2種類のラーメンを食っただろう?恐らくこの世界の常識をひっくり返すほどの宝の山がここにあるんだよ」

ドモンがそう言うもカールはまだ理解出来ずにいる。


「この麺料理がか?」

「違うと思いますきっと。ドモンは調味料のことを言ってるんだと思います」というカールの疑問に答えるナナの言葉にドモンがニヤリと笑う。


「この料理は醤油という調味料と、味噌という調味料が使われている」とドモンが説明を始めた。

「ほう」

「それによって料理の幅が尋常じゃないくらいに広がる」

「凄いんです!干し肉に醤油を少し垂らしただけでそれはもう・・・」ゴクリと唾を飲み込むナナ。



「その様子を見る限り実際そうなのだろうが、それがこの街となんの関係があるというのだ」と領主としての顔を見せる。

「その説明の前にもう一品作ってみるか。ナナ、干し肉はあるか?」


「干し肉ならありますよ!」と更に元気を取り戻したジャックの母親が起き上がる。

「僕持ってくるよ!あと必要なものはある?」とジャックが走って取りに行った。

「玉ねぎがあるといいな」

「ある!豆は?!豆は使う?!」

「豆は今は使わない」


豆は使わないと言われて「もう!」とジャックは頬を膨らましたが、笑顔だった。


「はい干し肉と玉ねぎ!」とジャックがすぐに持ってきた。

「ナナ、さっき買ったじゃがいもの皮を剥いてくれ」

「わかったわ」

「カール、もう少しだけ付き合ってほしい。これはこの街の・・・そしてジャック達とカールにも関係してくる大事なことだ」

「どうやらそうらしいな」


だがカールは立ち上がり「心配するな。すぐに戻る」という言葉を残し、パカパカと馬に乗って去っていってしまった。



「ドーモーン!!どういうことなのよ!!」とナナがじゃがいもの皮を剥きながら改めて聞き直した。

「そ、そうですよ!まさか領主様がなぜ私達の家に・・・」とジャックの母親もその意見に便乗する。


タマネギの皮を剥きながらそれに答えるドモン。


「だから俺の膝が限界になって、助けてくれって叫んだらカールが来たんだよ」

「だとしても普通乗らないでしょ!」

「だって貴族だなんて俺は知らねぇもん」

「言葉遣いとか雰囲気でわかるでしょっての!」

「わかんねーよ」


ドモンは全く悪びれる様子がない。


「それは仕方ないにしても、カ、カールって勝手に愛称付けて、しかもなんで呼び捨てにすんのよ!」

「同い年だし」

「歳は同じでも立場は同じじゃないでしょ!!」

「だから天は人の上に・・・」

「さっき聞いたわよもうバカ!!バカバカ!!」


ナナが怒りジャック達は呆れたが、ドモンは鼻歌を歌いながらそれを聞き流し、窯に薪を入れて火をつけた。

魔導コンロも一般的なものではないらしく、この家にはなかった。

鍋で干し肉と玉ねぎとじゃがいもを炒めていると、外が何やら騒がしいことに気がつく。


外の様子を見たジャックが「お、お母さん!ば、馬車が!」と叫ぶと、すぐに「えぇ?!」とナナとジャックの母親が同時に叫んだ。


「カールが貴族連中でも連れてきたのかな?」とドモン。


ナナは「ひぃぃ・・」とその場にへたり込んでしまったので、代わりにジャックの母親が立ち上がって応対をしようとするが、それをドモンが「まだ寝てろ」と制した。

コンコンとドアをノックする音が聞こえ、ドモンがドアを開ける。


「失礼する!我らは・・」

「カールの・・・じゃなくて、カルなんちゃらの連れだろ?まあ入れよ」とドモンが招き入れた。その瞬間ナナは覚悟を決め、お父さんお母さん今までありがとうと涙していた。


「貴様っ!!」

「よい。下がれ」とカールが制し、全員中に入るように促した。


「貴族様の試食会かよ」とドモンがカールに言うと「そうだ」と悪びれもなく返すカール。

良いご身分だなとドモンは思ったが、実際に良い身分なのであるから仕方ない。


「まだ出来てないからこれでも食ってな」と炙った干し肉を皿に乗せて出した。

「我らにただの干し肉を食わそうというのか!」と連れの誰かが声を荒げる。

「まあこれに軽く付けてから食ってみろよ。さっきナナが言ってたやつだ」と小皿に醤油を入れて出す様子を、ナナとジャック達は固唾を飲んで見守っている。


「これで干し肉がどう変わるというのだ!」

「この黒い液体は毒であろう!」

「貴様は異世界人らしいな?一体何を企んでおる!」

「不敬だぞ貴様!その首明日までつながっていると思うな!」


喧々囂々。最早収集がつかない。


「じゃあナナ、お前が食うか?」とドモンがナナに話を振ると、イヤイヤそんな・・と思わず首を振りかけたが思いとどまった。

「み、皆様が食べないなら私が食べるわ!ものすごく美味しいですから」

「ぼ、僕も食べます」とジャックも立ち上がる。


それをカールが手で制し、干し肉に手を伸ばす。

ちょんちょんと醤油に付けたあと、無造作に口へと干し肉を放り込んだ。


「カルロス様!!」と周りが騒ぐが徐々にそれは収まっていく。

カールがあまりにも満足そうな表情を見せていたからだ。


「ドモンよ・・・一体これはどうなっておるのだ。先程の麺料理も素晴らしかったが、これはもう宮廷料理・・・いやそこでも味わうことが出来ないほど美味ではないか」と、少し大げさに表現したのはカールの優しさであろう。


それを聞きカールと愉快な仲間たちも干し肉に手が伸びる。


「カルロスがそこまで言うならワシも食べてみようではないか」

「カルロス様それは本当のことなのですか?」

「わ、私もいただこう!」


そう言って次々と醤油付きの干し肉を口にする。


「ぐ・・・これは・・・?!」

「ま、まさか!!」

「あぁカルロス様、これを持ち帰ってもよろしいでしょうか?妻にも与えたいのです」

「ぐぬぬぬ・・・!!」


そんな様子を料理しながら眺めて笑うドモン。

「そんなもんで驚いていちゃ困る。こっちが本命だ」と料理の仕上げにかかる。


「この世界の常識をひっくり返す。俺はそう言ったよな?」


部屋中に異常なほど食欲を掻き立てるニオイが充満した。

皆がつばを飲み込む。そこに身分の違いなどはない。貴族も平民も食欲の前には皆平等だ。

ドモンが大皿に料理を盛り、テーブルにドンと置いた。



「待たせたな。肉じゃがだ」



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