第16話

「回り道となるが人が少ない方から行く」

「任せる。なるべく早く!」

「しっかり掴まっておけ」


大きな通りから左の路地へと曲がり、町外れの方へと向かう。

草原となっている丘を登ると先程の豆の畑が見えた。


「あそこだ」


ドモンがそう言うなり「ハイヨー!」という掛け声を紳士があげ、馬が丘を駆け下り加速してゆく。

麻袋を抱えたドモンが更に力を入れて紳士にしがみつきながら、二人はあっという間にジャックが待つ家までたどり着き、ドモンがまた馬から転げ落ちた。


「待たせた大丈夫か!」とドアを開けてドモンが飛び込んだが、左足が思うように動かずまた転ぶ。


「ドモン!さっきから返事がないのよ!」とナナが泣きそうな顔をしていた。

「呼吸は?!」

「小さく呼吸してるわ」

「ジャックは声をかけて!ナナはなんとか上体を起こしてやってくれ!」とドモン。

「うん!」「わかったわ!」


ジャックとナナが泣きそうな、しかし少しだけ希望の光を見たような顔をしながら返事をした。

2リットルのスポーツドリンクのキャップを開けながら、解熱剤を用意するドモン。


「お母さん!お薬持ってきてくれたよ!もう大丈夫だよ!!」と大きな声でジャックが叫ぶ。

「お母さんしっかりしてください!」と体を支えるナナ。

「目を開けろ!これを飲め!」とドモンが解熱剤とスポーツドリンクを口に含ませようとするも、ジャックの母親の目も唇も動かない。


「おい子供が心配してるぞ!子供のためにもうひと踏ん張りするんだ!!母親の根性見せてみろ!!」


ドモンが叫ぶとほんの少しだけ口が開く。が、解熱剤が大きすぎて入らない。


「くそ!頑張って口を開けてくれ!」と焦るドモンに「貸しなさい」といつの間にか家の中に入ってきていた紳士が話しかけた。


紳士が錠剤2錠を受け取ってナイフの鞘に突っ込み、ナイフを鞘に勢いよく戻すと、ガシャッという音がして錠剤が砕けた音がした。

ナイフをもう一度鞘から抜き、鞘の方をドモンに渡す。


「もう一度口を開けてくれ!」

「頑張って!!」

「お母さんお薬だよ!お願いだから飲んで!お願い!お願いだよ!」


ジャックが涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら叫ぶと、またゆっくりと口が開いた。


ナイフの鞘を口に当てて、粉になった解熱剤を流し込む。

今度は口に含むことが出来た。

ペットボトルのスポーツドリンクも流し込み、なんとかゴクリと飲み込むジャックの母親。


「よぉし頑張れ。大丈夫だ思い出せ。ジャックを産んだ時はこんなもんじゃないだろ?なぁ?」とドモンが声をかけながらスポーツドリンクを飲ませ続ける。


「ドモン、お薬飲めたしもう寝かせてあげたら・・・」とナナ。

「脱水してるんだ。最低でもこの半分はすぐに飲まなければならない」

「脱水するとどうなるの?」というナナの質問に、ジャックも心配そうな顔をしている。

「高熱で一番危険なのは脱水症状なんだ」とドモンは真剣な顔をして答えた。


「でもこれを飲めたら助かる可能性が一気に高まる」とスポーツドリンクの方を見た。点滴が使えるなら話は早いのだが、当然ここにはない。


ジャックはそれを聞くなりおもむろに立ち上がり、木で出来た一つのコップを持ってきた。

それはジャックの母親がお気に入りの、そして一番の宝物のコップ。不格好で少しだけヒビがある木のコップ。


ジャックが8歳になった時に作ったコップで、母に初めて贈ったプレゼント。

ジャックの父親が亡くなった時、いつも泣いていた母を励まそうと作った物だ。



「ドモンさん、これに入れて」とコップを差し出すジャック。

トクトクとスポーツドリンクを注ぐと、ヒビの入った場所からポタポタと水滴が漏れた。


「ねぇお母さん・・・僕のコップだよ?」

ナナの反対側から母親を支えて優しく囁くと、指がピクッと反応するジャックの母親。


「早く・・・早く飲まないと垂れてきちゃうよ・・・」と涙を堪えながら囁くと、もう一度手が動いた。


そして目をつぶったまま、ジャックの母親が両手をスーッと上に上げコップを掴むと、そのままニコッと笑顔を見せ、コップに口をつけてスポーツドリンクを飲んだ。


「美味しい?もっと飲んでよ。僕お母さんに飲んでほしいんだ」とジャックが声をかけ、ドモンがまたスポーツドリンクを注ぐ。

それを繰り返し4杯目を飲み終わった頃、ジャックの母親の目が少しだけ開いた。


「ジャック・・・ありがとね」

「お母さん!!」


まだ真っ赤な顔をしながらもなんとか言葉を発し、ジャックが母親に抱きついた。


「・・・お医者さん・・・連れてきたの?」

「お医者さんじゃないけどこの人達がお薬くれたの!」

「お母さんわかるか?もう少し頑張ってこの飲み物を飲んでくれ、ジャックのために。身体にいいんだ」と横からドモンが声をかけた。


「・・・ジャックのためなら・・・何でもできるわ」とスポーツドリンクを受け取り飲み干す。


それを何度かゆっくりと繰り返し1時間ほど経過した頃、ジャックの母親はハァハァと息を荒くしながらも、少しずつ意識がはっきりしてきた。

どうやら解熱剤が効いてきた様子。


「ジャックの・・・声が聞こえたよ」

「うん」

「大切なジャックがくれたコップ・・・早く飲まないと垂れてきちゃうって」

「うん、言った」

「聞こえていたよ」

「うん・・!!!!」


ジャックが泣きじゃくりながら母親に抱きついた。なんとか山は越えたようだ。

この時ドモン達はジャックからこのコップの秘密を聞いた。



「死線を彷徨っていても子供の声は届くのだな。母は強し・・・といったところか」と紳士が椅子に腰掛ける。

「全くだ。子供のためなら命もかけられる。女は・・・母親は強いよ」とドモンがへたり込み、左膝を擦る。


ドモンと紳士がそんな会話をしていると、ナナの様子が一変した。


「し、し・・・子爵様ぁ?!」


馬の足音が聞こえていたので、ドモンが誰かに送ってもらったんだと思ってはいた。

しかし顔を見ている余裕もなく、今になって気がついたのだ。


「し、子爵って、り、領主様??」とジャックも目を丸くする。

「な、なんだって!」と母親も起き上がろうとすると「まだ無理はするな」と止められた。


「な、なんでドモンが子爵様と一緒にいるのよ!」とナナが焦る。

「いやちょっと足が動かなくなって助けてもらっちゃったんだよ」とドモン。


「もらっちゃったんだよじゃないわよ!」

「本当に助かったよ悪かったな」とドモンがタバコを差し出すが「病人の前では止めておけ」と窘める子爵様。

それもそうかとドモンはタバコを引っ込める。


「ちょちょちょ!あんた!なんて口の聞き方してんのよ!!」と久しぶりにドモンのことを「あんた」と呼ぶナナ。

「え?だって同い年くらいだろ?」とドモンが振り向く。

「・・・私は今年で50になる」と答える子爵様。

「ほら大当たりだ。俺はドモンだよろしくな」

「私はカルロス・フォン・ローゼンだ」

「わかったカール」


「ド!モ!ン!!!!!」ドモンの口を両手で塞ぐナナ。


「し、子爵様!この人は異世界から来たんです!身分のことをわかっていないんです!お許しください!!」とナナがドモンを頭を掴んで無理やり下げさせて謝る。

が、ナナの手をぽいっと払いながら「子爵くらい知ってるよ。貴族だろ?」とナナのフォローを台無しするドモン。


「『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』って言ってな、人は産まれ落ちた時に差なんてないんだよ。貧乏も金持ちも、貴族も平民も関係ない。命は皆平等なんだ」

「ほう」


「ま、生まれたあとの育ち方次第でメチャクチャ差が出来ちゃうのも人間の面白いところでな。俺はその最底辺だ」とドモンがダッハッハ!と笑い、ナナは頭を抱えている。不敬罪でいつ首が飛んでもおかしくはないからだ。


「ナナ大丈夫だよ、いい領主を持ったな。誰かのために動ける奴に悪い奴はいねぇよ。俺もいい歳だからその人の本質くらいわかる」

「ふん」と鼻で笑うカール。

「俺と同い年なんだからカールだって俺の本質はわかっているはずだ。・・・まあわかっててほしいなって」とドモンが笑いながらカップラーメンを出した。



「ナナ、三人分のお湯を沸かしてくれ。ジャック、鍋はあるか?」

「こ、これで誤魔化せるとは、とてもじゃないけど思えないわ」とナナは青い顔。

「鍋ならそこの棚に。ジャック出してあげて」と、徐々に回復しつつあるジャックの母親が指をさした。

「誤魔化そうなんて思っちゃいないさ。俺はただお礼がしたいだけだ。それも10倍にして返す」とドモンは自信満々。


「これはなんだ?」とカールがドモンの予想通りの反応を見せる。

「ドモンが持ってきた異世界の麺料理なんです。お湯を入れるだけで出来上がる不思議な食べ物です」とナナが説明しながら魔法で沸かしたお湯を入れていく。

カールには味噌ラーメンと醤油ラーメンを一つずつ、ジャック親子には醤油ラーメンを用意。


そうして「ちょっと外で一服してくるわ」とドモンは外にタバコを吸いに行ってしまった。

ドモンが外へ出るとナナとジャック親子はものすごい勢いで謝罪を続けたが、カールの興味はすでに目の前の不思議な物へと移っており「よいよい」と適当にあしらっていた。



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