第15話

「ぼく・・・」とナナが男の子に話しかけようとしたのをドモンが止める。


「おぉこれは良い豆だな。大豆じゃねーか」と何も見ていなかったように男の子に話しかけた。

涙を拭い、笑顔を必死に作りながら「・・うん!うちの畑の自慢の豆だよ!買っておくれよ」とドモンに答える男の子。


いくら子供と言っても男である。

恐らくなにか訳ありなのだろうけど、この子供はそれを豆を売ることによってなんとかしようとしている。

きっとそれがこの男の子にとってのプライドだ。

だからドモンは余計な同情をせず男の子に接した。


「じゃあ一袋貰おうか」

「も、もっといらないか?」


焦ったように男の子が聞いた。


「豆は美味しいけどそこまで使い道がないのよねぇ」とナナ。


ナナが言うには、煮豆にして食べる以外の使い道は知らないらしい。

「もしくはお肉か何かと一緒に煮るぐらいだよ」と。

それを聞き、しょんぼりする男の子。


「坊主、名前はなんていうんだ?」

「ジャックだよ」

「じゃあジャック、しょんぼりする必要はねぇぞ。この豆はこれから死ぬほど売れることになる」

「えぇ?!どうして??」とナナが横から口を挟んだ。


「この街でこの豆を作ってるのは?」

「うちの畑だけだよ」


ドモンとジャックの会話を聞き、ナナが不思議そうな顔をした。


「この街どころか周りの街でも今はあまり見かけないよ。麦の方がよく使うし」とナナが言うと、ジャックがまたしょんぼり。

「あ、ごめんね・・・」

「いやいいよ」と唇を噛みしめるジャック。


「ナナ、醤油ラーメンの醤油あっただろ?からあげを作る時にも使ったり、干し肉につけても美味しいやつ。あれって何から出来ていると思う?」

「あの黒いやつ?わからないわ」


ドモンがジャックが売っている豆の方を振り向く。


「ま、まさか・・・」

「そのまさかだ。そして朝食べた豚汁は何味だった?」

「味噌ラーメンと同じ味噌でしょ?」


ナナのその言葉に、ニヤリと笑うドモン。


「え、ちょっと待って。味噌もこの豆から作るっていうの?」

「そうだ。俺が具材に欲しいと言っていた豆腐もこの豆から作る事ができる」

「う、嘘でしょ・・・全部この豆から?!」

「醤油と味噌造りがうまく行けば店の名物たくさん増えるかもな。これこそ本当にこの世界の常識が変わるぞ。馬車の乗り心地どころの話じゃねぇ」

「す、凄いじゃない!!」


ドモンと会話していたナナがジャックを抱きしめた。

ジャックの顔がナナの双丘の隙間に埋まる。


「坊や!」

「ジャックだよ!」と真っ赤な顔をしながらナナを押しのける。

「将来きっと大金持ちよ!ううん、きっとじゃないわ!絶対に大金持ちになる!ね?ドモン!」

「ああ間違いない。これは確定だ」


それを聞きジャックがうつむく。

一緒に喜ぶかと思っていたナナが「ジャックどうしたの?」と不思議そうに聞いた。


「将来じゃ駄目なんだ・・・いつかじゃ駄目なんだ・・・」

「今お金が必要なの?」とナナが聞き返す。


「今すぐに必要なんだ!」

ジャックの目にまた涙が浮かんできた。


「どうした?」とドモンも聞く。

訳ありの種類によっては余計なお世話になるかもしれないと遠慮していたドモンであったが、ジャックのただならぬ雰囲気に訳を聞いてみることにした。


「い、医者に・・・お母さんが倒れて・・・だから今すぐお金がいるんだ」

「お母さんはどこ?」と泣いているジャックの両肩にしゃがみながら手をかけ、優しく聞くナナ。

「すぐそこの家の中だよ。早く医者に見せたいから豆を買ってくれよ!お願いだから!」とジャックが泣き叫んだ。


「ジャック、お母さんのところへ連れて行ってくれ」

「おじさんお医者さんなの?」

「俺はドモンだ。医者じゃねぇけどとりあえずどんな様子か見たい。話はそれからだ」

「わかった!こっちだよ」と売り物の豆をカゴにしまい、それを背負って走り出す。



通りを抜け、何度か曲がったあと畑に抜けた。

ジャックの家はその畑の少し手前にある木造の小さな家だった。すぐそこと言う割にはかなり遠かった。


「お母さんただいま!お母さんの病気を見てくれるって人が来たよ!」


返事がない。嫌な予感がするふたり。


「ねえお母さん!お母さん!!」


慌てたようなジャックの声を聞き、入口で待っていたドモンとナナも駆けつける。

木のベッドの上でジャックの母親が真っ赤な顔をしてうなされていた。

もう返事をすることもままならない様子。

ドモンがジャックの母親のおでこに手を当てるなりナナに向かって叫んだ。


「ナナ!桶かなんかに魔法で氷と水を出せ。大至急だ!」

「わ、わかったわ!」

「ジャックはおでこを冷やすための布を持ってきてくれ」

「わかった!!」


ジャックの母親はとんでもない高熱を出していた。

ジャックが言うにはその状態のままもう三日も経っていて、その間食事どころか水分もまともに取れていないらしい。

ドモンが買ってきた解熱剤が効くかどうかはわからない。

ただこのままでは脱水症状で取り返しのつかない状況になる可能性が高い。


「ドモン!はい氷と水!!」

「よし!あと家に戻って俺の荷物から薬とスポーツドリンクを・・・」

「私じゃわからないわ!!」

「白と紺色の箱にバッファルンって書いてるやつと・・・くそ!俺が行ってくる!」

「ごめんなさい・・・」


ナナは少しパニックを起こしガタガタと震えていた。


「布持ってきたよ!」

「よしジャック。氷水にその布を入れて冷やして、絞ってからお母さんのおでこに乗せろ。それを5分おきに繰り返すんだ」

「わかった!」

「あと砂糖や塩はあるか?」

「そこにある」とテーブルの上を指差すジャック。


「ナナ、この桶に水を入れて、塩をスプーン一杯と砂糖を三杯くらい入れて混ぜて、少しずつでもいいからなんとか飲ませてやってくれ」

「わかったわ!」


「ジャック!あとお母さんに何度も声をかけてやってくれ。もうすぐ薬が届くよって」

「うん」

「必ずすぐ戻る。待ってろよ」

「はい!!」


そう言ってドモンはジャックの家を飛び出した。

勢いよく走り出し、先程ジャックが豆を売っていた場所辺りに着いた頃、ドモンの足がピタリと止まる。


「くっ・・・」


ドモンの左膝が、ここで突然限界を迎えた。

二十歳の頃、車の事故により膝の靭帯が3本も断裂してしまい、なんとか移植手術をしたものの「これで15年くらいは歩けると思います」と医者に言われていた。


その期限はとっくに切れている上に、そもそもがその時医者に「絶対に走ってはいけない」とも言われていたのだ。

歩いただけでHPが減っていたのはこのためであった。


「くそ!」ともう動かない左足を引きずり街を進む。

ナナの家まではまだ1キロ以上はある。


「何が異世界人・・・何がチートスキルだ・・・余裕もモテモテもざまぁも何もねーじゃねぇかクソが」と左足を引きずるドモン。


「今はこんな突拍子もないアホみたいな展開いらねぇんだよ。パッと走って薬持って駆けつけるシーンじゃねぇか。なぁ頼むよ」と左膝をぶん殴ろうとし、そして止めた。

「誰か・・・」とドモンは小さく声を出すが、その声は誰にも届かない。

一度大きく深呼吸して意を決する。


「誰か助けてくれ!!俺をヨハンの店まで今すぐ連れて行ってくれ!!頼む!!」


何度も何度もドモンは叫んだ。

しかし振り向いてくれる人や声をかけてくれた人もいるが、ドモンを連れて行く手段がなかったのだ。


「頼む誰か・・・誰か頼む!お願いだ!急いでいるんだ!」


そう叫びながらズルズルと歩き続け、周りの通行人達はそれを困惑した表情で見つめていた。

そこへ一頭の馬がやってきて、通行人達が慌てたようにパッと散った。


「乗るがいい。運んでやろう」


声をかけたのは、馬に乗ったドモンと同じくらいの年齢の紳士。

何処か威厳のある面持ちで、馬上から肩で息するドモンの様子を見下ろしている。


「すまない頼む!足が動かないんだ!急いでいる!」

「掴まれ」


紳士の手を掴み、力を振り絞って馬の背中にしがみつくドモン。


「どこまで行けばよいのだ?」

「ここを真っすぐ行ったヨハンの店、この通りの右手にあるバーだ。お願いだ急いでくれ」

「しっかり掴まっていろ」


ハイヨー!という掛け声で馬は走り出す。

馬はあっという間に店の前へと着いた。

ドモンは馬から転げ落ちながら、その紳士にもう一つお願いをした。


「少しだけ待っててくれないか?大急ぎで薬を届けたいんだ」

「その薬を早く持ってくるがいい。そこまで運べというのだろう?」

「すまねぇすぐに戻る!」


這いずるように店に飛び込み「ヨハン!エリー!」とドモンが叫ぶ。


「ドモンさん一体どうしたんだい?!そんな格好で・・ちょっとナスカは?!」

ボロボロのドモンがひとりで来たため、ナナに何かあったのかと勘違いしてしまうエリー。


「エリー!冷蔵庫から大急ぎで俺が持ってきた青いラベルの飲み物を一本持ってきてくれ!あと俺の荷物を・・・」

「ヨハン!ヨハーン!」とエリーがヨハンを呼びながら厨房に飛び込むと「おぉドモンどうしたんだ?」と、すぐにヨハンがやってきた。


「俺が持ってきた荷物の箱を急いで持ってきてくれ。薬がいる。悪いけど今階段を上れないんだ。頼む急いでくれ!」

「お、おう!すぐに持ってくるから待っていろ」と階段を駆け上がっていった。


「何があったんだい?足はどうしたの?!」と、スポーツドリンクを持って駆け寄るエリー。

「足のことは今度話す。薬を持っていかなければならないんだ。ナナは看病してる」

「誰かが病気なのね?」とようやく状況を少し理解出来た。

「そうだ。一刻を争う」


それを聞くなりスポーツドリンクをドモンに渡し、エリーも階段を駆け上がっていった。


「持ってきたわよドモンさん!」とエリーが少し小さい箱の方を持って降りてくる。

「こっちも一応持ってきたぞ」ともう一箱の方を持って、ヨハンも一緒に降りてきた。


「すまない!」と言いながら小さい方の箱を漁り、解熱剤と風邪薬を取り出す。

ヨハンが持ってきた箱の中からいくつかの調味料と、残っていたカップラーメン4つ全てを取り出した。

「ヨハン、悪いがこれは・・・」とカップラーメンを見たドモン。

「かまわねえから持っていけ!」


エリーに荷物を麻袋に入れてもらい、ドモンは外の紳士の元へと戻った。


「待たせた!この先の外れにある豆の畑のそばの家まで急いで連れて行ってほしい」

「乗るがいい」


紳士の手に掴まり、ドモンはまた馬に跨がりしがみつく。

人々が遠巻きに見つめるように馬を囲んでいたが、紳士は気にする様子もない。


ドモンを追って店の外まで来たヨハン達が「えぇ?!」と叫んだが、その頃にはもう馬が走り出していて、その声がドモンの耳に届くことはなかった。



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