第22話

ウワアァァァン!!というナナの泣き声が店内に響き渡り、ドモンは耳を塞いだ。


「酷い!酷すぎるよぉ!生まれる前に父親にも母親にも捨てられるなんて!!ばぁぁぁ!!」

「落ち着け!母親には捨てられてない。それに生まれる前に母親に捨てられてたら俺はどこから産まれてきたんだよ」と苦笑したドモン。


「うぅ!きっとそこら辺の土とかゴミとかから産まれてきたのよぉ!可哀想にぃぃ!!」

「お前は俺をなんだと思ってるんだよ」

「ナ、ナナ??」とヨハンとエリーも少し焦る。


「もう足もないし、歩けないし、50歳だし、おじさんだし!うわぁぁぁぁぁん!!!」

「足はある!しかも歩けるしまだ一応50歳じゃねぇ!でもおじさんなのは合ってる」

「ほらぁやっぱりぃ!いやぁぁぁ!!」

「イヤーって今更言われても」


ナナとドモンのやり取りを聞いていた客の一人が、ドモンの震える肩をポンポンと叩き、また店内にクスクスと笑い声が広がっていった。


「どぼじでみんな笑うのよぉ!ドモンが可哀想よぉぉ!!」と泣き叫ぶナナに、「落ち着けナナ。お前が一番酷いこと言ってるぞ」とヨハンが注意。

イヤイヤしていたナナが急にハッと気がついたように立ち上がり、ドモンの方へと向き直した。


「私がドモンのお父さんとお母さんとお嫁さんと足になる。私が守るからもう大丈夫、もう大丈夫だから・・・うぅ・・・」と言いながら、なんと失神してしまい、慌ててドモンとエリーがナナの体を支えた。血が頭に上りすぎたのと酸欠が原因だ。


ヨハンが気を失ったナナを背負って二階へと連れて行く。

「でもナナの言う通り、俺らはもう家族なんだからな」そう言って階段を上がっていった。

きっとナナもそう言いたかったのだろう。ドモンにもしっかりと伝わっている。


少しだけ間を置いて、うん・・と一度頷きながら、ドモンは囁いた。


「俺の母さん・・・向こうでまだ普通に元気に生きてんだけどな。そもそも仲いいし」


そう言うと皆ずっこけた。




ナナの件もあってこの日はここで営業終了となった。

エリーとドモンの二人で店の片付けをしながら、しばしの会話。


「ドモンさん、あれ本当なの?生い立ちの話」

「ああ・・・まあナナがあんなだし、かなりマイルドにはしてあるよ。借金で母親に無理心中させられそうになった話なんかしたら・・・」

「それは絶対にしない方が良いわねぇ」と小声でエリーが相槌を打つ。


「ともかく俺本人は本当になんとも思っちゃいないんだよ。平民の家に生まれたからといって、親を恨むわけではないだろ?それで育てばそれが当たり前で」

「そうね」

「父親なんて俺は全員いないもんだと思ってたからな。初めてそれを知った時『え?みんな家におじさんがいるの?こわっ!』って思ったんだから」と笑うドモン。


「そもそも命をかけてこうしてこの世に生んでくれて、ひとりじゃ何も出来ない赤ん坊を生かし続けてくれたことに、まず感謝しかないよ。もちろんそのきっかけをくれた父親もだ」

「お父さんお母さんを恨んではいないのね」


「ないない。全然ない。大体何でもかんでも親のせいにしたがる子供がそのまま大人になっているのが多いけれど、親の責任なんてせいぜい25%くらいしかないからな」

「どういうことなんだい??」


「自分の人生への影響力なんて、まず自分自身が全体の半分の50%、残りの半分の半分、つまり25%がそこで出会ってきた人達・・・本とかも含んでな。残りの0%~25%が親の影響あるかないかってとこだ」

「ドモンさん見てたらなんとなく納得しちゃうわねぇ」

「親に殴られたり殺されたりしない限り殆どが自分の責任だし、自分の選択次第なんだよ」

「・・・・」


「まあ遊び人と遊び人から産まれたのが結局遊び人だったわけだけども」

「なによ!凄い影響力じゃない!」


エリーとドモンが大笑いしてるところに、ヨハンが階段から降りてきた。


「ふぅ・・やっと落ち着いたよ。意識はないのに俺をドモンと間違ってるのか、袖を掴んで離さねーんだ」

「ナナにはショックだったんでしょうねぇ」とエリーが階段の方を見た。


「なんか悪かったな。まあいずれ知りたがると思って、どうせなら脚の事といっぺんにと思ったんだけど」とドモンが頭を掻く。


「それで実際どうなんだ?歩くのはきついのか?」

「ゆっくり歩いてたまに休めばどうってことないさ。趣味が散歩だしね。流石に飛んだり跳ねたり走ったりなんて無茶は出来ないけど」とヨハンに答えたドモン。


「ドモンさん用の馬も用意してあげた方が良いんじゃない?」とエリーが提案してきたが「荷物運ぶことが多くなるから馬車で良いんだ」とドモンの方から断った。


「ああ、それでファルと馬車がどうのって話になってたのか」とヨハンが手をポンと鳴らす。

「長距離に、荷物と俺のお尻が耐えられるような馬車に改造するつもりなんだ」


「そんな馬車作ってどうするんだい?何か目的があるんでしょう?」とエリー。

「とりあえずは異世界から仕入れた物を運ぶ。ついでに貴族にハッタリかました調味料の作り方とかを、向こうの世界で調べてくるよ」

「なるほど、そういう魂胆だったのか」とヨハンがまた納得。


「あとはいつか海のある街なんかにも行きたいし、ある程度周辺の街を散策もしてみたい。ジャックの豆じゃないけど、何か発見があるかもしれないしな」

「魔物とか気をつけなさいよ?」とエリーが心配するも、ドモンはまだ魔物を見たことすらなかった。


「で、何か見つけた時に運べるように馬車で移動したいんだ」

「馬車は・・・中古でもエリーのドレスよりも高いぞ?」

すぐに「半分くらいなら出すけれど」と付け加えたヨハン。それを感謝しつつドモンは丁重に断った。


「まあなんとかするよ」


ドモンがそう言うならきっとなんとかするのだろうと思うヨハンとエリー。

片付けをすべて終えて、三人で二階へと階段を上がっていった。


ドモンがベッドに潜り込むなり寝ぼけたナナがドモンの顔にしがみついてきて、2つの脂肪の塊の隙間で窒息死しないように気をつけなければならなかった。



翌朝。

ドモンが目を覚ますとすでにナナも目覚めていた。

ただ抱きついたままの格好で、ドモンはナナの双丘の隙間でフガフガ。


「死ぬ。苦しい、暑い・・・」

「そう?幸せそうな顔して寝てたわよ?」


そう言ってドモンの顔の高さの位置まで下がり、ドモンの腕枕の中に入るナナ。

クンクンとあちこちの匂いを嗅いで「汗臭いわねぇ」と困った顔をしながら笑顔を見せた。


「み、水浴びしてくる!」とドモンがナナをベッドに放り投げて水浴びに行くと、ナナはまた笑いながら「待って~!汗臭いけど嫌な匂いじゃないのよ~!」とドモンを追いかけていった。


結局そのまま二人で水浴びをして体を洗い合っていると、「二人共~着替えここに置いておくわよぉ」とエリーがやってくる。

さもそれが当然のように、家族のように扱ってくれたことが、ドモンはただただ嬉しかった。



階段を降りるとヨハンがすでに着替えて出かける準備していた。


「ナナ、ちょっと馬を借りるぞ?」

「どうしたの?」

「ジャックのところへ枝豆を仕入れに行くんだよ」

「なるほど、たくさん買ってあげてね。あと売る時の相場も考えてあげて」

「そのつもりだ」


ヨハンがハイヨーと掛け声を出して、馬を走らせていった。

ナナがエリーの手伝いをしてるのを横目に見ながら、この日の朝ごはんの準備に取り掛かるドモン。

米を炊きながら魔導コンロの上に網を置き、干してあったアジの開きを二枚焼く。


換気口はあっても換気扇はない厨房から、魚を焼いた煙が店内に漏れ、その煙が店の外まで流れていった。


「な、何をやってるのよぉ」とエリーがゆさゆさ、いや、ドタバタと厨房に駆け込んできた。

「何って朝ごはんの魚を焼いてるんだよ」とドモン。


店の外からナナの叫び声が聞こえる。


「違うんです!まだ開店してませんから!」

「こんな匂いを嗅がされたら我慢できるはずがねーだろよ!」

「頼むから食わせてくれ!いくら出せば食えるんだ?」

「これは海の魚じゃないか??俺は海辺の街で食べたことがあるぞ」

「こんな内陸の街まで、海の魚なんて運べるわけ無いだろ!川魚すら滅多にないのに」


店の前に十数人の人だかりが出来、大騒ぎ。


「ドモンさんなんとかしてあげてよぉ」と困った顔のエリー。

「ありゃりゃ本当に暴動が起きそうな勢いだな」

「そんな珍しい物出すからだよぉ」

「やっぱり珍しいのか」


コンロから焼けた魚を下ろし、パタパタと煙を換気口の方へと扇ぐも時既に遅し。

やれやれとドモンが店の外に向かっている時、やけに威厳のある声が響き渡った。


「何をしておる!店の者が困っておろう!至急立ち去るがよい!」


ひっ!という声と共に集まっていた人達が、一目散に去っていく。

その声にナナも思わず腰が抜けそうになってしまった。


「し、子爵様!!」

「あらまカールだ」

「ドモンよ、お前は朝から何をやっておるのだ?」


外に出てきて軽口を叩くドモンに、馬から颯爽と降りながら問うカール。


「朝ごはんの魚を焼いていたら、匂いで人が集まってしまって大変だったんだよ。助けてくれてありがとな。じゃ」

「待て待て!今なんと言った?」

「じゃ?」

「それではない!魚を焼いていたというのか?」


貴族にとっても輸送の問題で、魚は内陸の街だと珍しい物だとは聞いていた。

しかしここまで過剰に反応されるとはドモンもナナも想像していなかった。

冒険者のナナは、川魚などの淡水魚は食べた事があったためだ。


「ま、まあ中に入ったら?一緒に朝ごはん食べるか?」と一応聞いてみたドモン。

「頂戴しよう」とカールもかなり前のめり。「もちろん対価は支払う」とのことだった。


今日の一番客がまさか領主になるとは、誰も想像出来てはいなかった。



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