第8話
「よぅし!今日はここまでにしよう」と馬車を止めると、ボロボロになったドモンが馬車から転げ落ちた。
「ちょ、ちょっとドモン!大丈夫?!」
そばにあった木に馬をつなぎ、慌ててナナが倒れているドモンに駆け寄る。
「死ぬ。俺のお尻は多分もう割れてる」
「プッ!案外余裕あるわね」
「ねぇよバカ・・・」と涙ぐむ悲しきおじさん。
「テ、テントと毛布を出して用意くれ」
「テントの作り方わかんないよ」
「紐を解いて地面に放り投げれば勝手に広がるから」
「わかったやってみる」
馬車に積んである荷物をゴソゴソとあさり、テントと毛布二枚を出すナナ。
「ドモンどうした?」とファルは不思議顔。
この年令で馬車に乗り慣れていない人を見たことがなかったのだ。
「振動が相当辛かったみたいで・・・」
「立ったり座ったり転がったりしてたよなブフ」と若いカップルはちょっと吹き出す。
「笑わないでくれよ~!初めてで辛かったんだよ」と、草むらに倒れながらお尻を抑えるドモンを見てファルも笑い出す。
そこへテントと毛布を抱えてナナが戻ってきた。
「い、行くわよ~!」と言いながらテントを放り投げる・・・が、テントは拡がらずそのまま地面に落ちた。
「紐を解けバカ」
「ごめ~ん!!」
「やはり爆乳は天然・・・」
「おっぱいは関係ないでしょ!」
この人達は一体何をやっているのかとファル達三人は不思議そうに見ていた。
紐をほどき、ナナはもう一度テントを放り投げる。
「いっくよー!!」
ボボン!という音と共にテントが拡がった。今度は成功だ。だが場所が悪かった。
「なんで俺の上に乗っけるんだよ!」
「ごめんドモン大丈夫?!」
慌ててナナがゴソゴソとテントをずらす。
そんなちょっとしたコントが行われていたにもかかわらず、ファル達は驚きのあまり開いた口を閉じることが出来なかった。
「い、家が出てきた・・・」
「これが異世界の道具・・・いや魔道具か」
「ねぇ見た?今の見た?!一瞬よ一瞬!!!」
両手を頭にやり横に首を振りながら呆然とする。
それを見ながら「わっかるわー」とナナが笑う。
「ごめんちょっと休ませてぇ」と叫びながら、毛布を掴んでテントの中に転がり込むドモン。
そしてお尻の下に毛布を敷いて横たわった。
「ドモーン、ご飯どうする?干し肉にするー?」とテントの外からナナが声をかける。
「日持ちのしないものから食べたいから、昨日みたいな焼き肉でいいか?」と寝ながら答えるドモンに、「ホ、ホント?!やったー!!」と叫び飛び跳ねるナナ。
食欲はなかったので肉は避けたかったが、日持ちの関係で仕方がない。
昨日の残った霜降り肉と、冷凍の牛カルビを出すことにした。
「あとナナ、米を4合ほど炊いてくれ」
「どうやって計るの?」
「飯ごうの中に入ってる皿に米をきっちり二杯分掬って入れるんだ。そして飯ごうの中の2つ目のメモリのところまで水を入れてくれ」
「了解。ドモンは休んでて」とナナがまた荷物が置いてある馬車まで走っていく。
「僕たちは何かお手伝いできることありますか?」と若者カップル。
「じゃあ薪になる枝を拾ってくるのと、適当な石を集めてかまどを作って欲しい」とお願いするドモン。ドモンはまだ倒れたまま。
「ワシは馬たちの世話をしてから準備を手伝うよ」とファルは馬達のところへ向かう。
「うーん・・・下半身麻酔が解ける時以上に尻と足が痺れてる・・・」とまだテントの中で悶絶しているドモン。
だがようやく吐き気の方は治まってきた。
ちょっとだけ動けるゾンビになって、肉とフライパンを出すべく馬車まで向かう。
「ドモンお米炊けてきたみたーい」とナナ。
「火傷しないようにひっくり返してくれ」と言いながらドモンは1メートルほど進む。
「蓋抑えて中身こぼさないようにな!」と一応注意をしておく。
昔付き合っていた女がそれをやろうとして、蓋を押さえずに地面に炊きたての米をぶん投げてしまったのを不意に思い出したのだ。その天然っぷりにBBQにやってきた全員がドン引きした。ナナにもその要素は十分にある。
「あ、危なかったわ・・・もっと早く言っといてよ」と蓋を抑えながらハァハァしている。
ちなみにナナ用に買った一回り小さめのピンクの線が入った軍手をきちんとナナはつけていた。それを確認しながらドモンは2メートル進んだ。
少しずつ足を動かしているうちに歩けるようになってきたドモン。
霜降り肉の残りと牛カルビを2キロほど、そして焼肉のタレも出す。
缶ビールは流石にこの人数で毎回飲むとあっという間に無くなってしまうので、今回はオレンジジュースで我慢してもらうことにした。
全員に焼肉のタレと米を用意し、焼肉パーティーが始まった。
ナナが嬉しそうに昨日教えた焼き肉の食べ方を全員に伝授していた。
「こうやってお米の上にポンポンして食べると美味しいの」
「ふむふむ」
そんな会話を聞きながら、ドモンはみんなのカップにオレンジジュースを注いでいく。
その数秒後歓声が上がる。
「う、うめぇ!!!」とまずはカップルの男の子。
「んーーーーー!!!!!!」と声にならない声であとに続く女の子。
「だーめだこれ。これは駄目だ」とさじを投げたような声を漏らすファル。
「何が駄目なの?」ともぐもぐしながらナナが問いかけた。
「・・・これ払えねえよワシには・・・駄目だこれは」と困惑している。
どうやらタダではいけないといくらか対価を払おうと考えていたファルだが、今口にした物がとんでもなく高級ということがわかってしまった。
いくらなんでも馬車の乗り合いと荷運びだけでは割に合わない。金貨数枚、下手すりゃ数十枚。
貴族や王族ですら一生のうち一度食べられるかどうかといった類の物かもしれないと判断したのだ。
「昼間のラーメンのスープですら宮廷料理で出されてもおかしくないわよねぇ」と最初に食べた時の感想をナナがファルに言った。
ドモンは庶民のものだと言うけれど、レベルが桁違いすぎるのだ。
「確かに」とファルも同意する。
「まあこの肉は俺の世界でも旨さの頂点レベルではある。絶対に手が出ないってほどの値段ではないけどな。さあこっちの肉も美味いぞ」
霜降り肉が無くなり、今度は牛カルビの出番だ。
「わさび醤油で食っても美味いんだけど、今日は焼肉のタレで勘弁してくれ」と言いながら大皿に2キロの肉を盛る。
「もう干し肉食べられなくなっちゃうわ」と女の子が困った顔をしてると「その干し肉も美味しくしちゃう食べ方があるのよ!」とナナが答え、女同士でキャッキャと盛り上がっていた。
「この果実の飲み物もえらい美味いな」とファルがまた困った顔をする。
「あー無くなってしまう~!」と叫びながらちびちびと飲む男の子。
ジュースもあと何本かある。今日はこれ一本くらい飲んだってバチは当たらないだろう。
ドモンはそう考えて男の子のコップにオレンジジュースのおかわりを注ぐ。今度はさっきよりももっと慎重にちびちび飲んでいるのが可愛く思えた。
牛カルビが焼ける。
先程と同様に感嘆の声をあげ続けながら食べる一同。
ドモンは回復したばかりであまり食べられはしなかったが、皆満足するまで食事を堪能した様子。
結界魔法を張り、眠りについたドモン以外の一行は、もうドモンが異世界人であるという話に異論はなかった。
ただそれ以上に、そんな事は関係がないくらい皆ドモンのことを気に入っていた。
当のドモンはひとり、ただただ明日からの自分のお尻を心配していた。
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