第306話
「あの子が先生と呼ぶなんて・・・」と母親。
「世も末だな。馬車の扉を開けたらナナのお尻にしがみついていた、傷だらけで無職の遊び人のおじさんを先生と呼ぶようになったら。将来相当なスケベになるんじゃないか?うわ!痛いってば放せクソジジイ!!」
義父に首根っこを鷲掴みにされ、ぎゅぎゅっと力を込められたドモン。
「あの子は・・・どんな教師を連れてきても、心を開くことはなかった。先生と・・・師として仰ぐことはなかったのだ」と父親。
「だから違うってば」ドモンはヤレヤレ。
「あの子の先生でもあるけれど、私達の先生でもあるわ。大変勉強になりました」頭を下げた母親。
「頭を上げろ馬鹿野郎。王族が偉そうにしてないと、こっちの調子が狂っちまうっての。それより誰か倒れてるエイをなんとかしてやれよ。尻の穴まで丸見えになったままだぞ、さっきからずっと」
ドモンの言葉で皆後ろを振り向くと、ミニチャイナドレスのエイが、下半身丸出しで草むらで失神していた。
大慌てで侍女達とサンが駆け寄る。
「なるほど納得ですな。まさに言っておりました通りの男です」と父親。
「こういう男なのだ。この男は」義父がほくそ笑み腕を組む。
「あ、そろそろ一度豆の茹で汁を捨てて煮直してくれる?」
「はい!」「はい!」「はい!」良い返事の料理人達。それにはナナも満足気。
すっかり日が沈み夜になった頃、息を切らしながら子供達が戻ってきた。
しかしたくさんの松明と魔石を使用した照明が点けられ、倉庫前の広場は明るいまま。
男の子達の服は草の汁と土がついてひどく汚れてしまったが、みんな満足そうな表情でドモンの前へと集まった。
「戻ってきたか。ちょっと待っててくれな。米を炊き始めるから」
「うん」「早くしろよな」「はい」
「じゃあそのボールを開けて、中身を出して器に盛っていってよ。えーとお前らの分と王族達の分、あとナナとサンとエイの分もな。それと料理人もひとり分味見用で。出来るか?」
「出来る!」「いいわよ」「それより何が出来ているんだ?ミルクが凍って固まっているのか?」
「お前らいい加減三人同時に話すのをやめろまったく」
ぶつぶつと文句を言いながら、米の入った鍋の水の量を確認するドモン。
料理人達は言われた人数分の器を用意し、子供達のところへ。
恐る恐るボールの蓋を開けた子供達。
ただ誰もが正直それほど期待はしていない。
転がして蹴っ飛ばしたものを食べるというのもどうかと思うのと、そのまんま、牛乳と砂糖と卵を混ぜて冷やした味なのだろうという期待感のなさがそうさせた。
「固まって・・・いるけども・・・」となんとも歯切れの悪い男の子。バニラエッセンスなどはなかったので、それほど良い香りがするわけでもない。
「とにかく取り出して器に盛っていきましょう」と料理人。
「私やりたい!」と女の子が指で少し掬ってその指を舐めた。
その瞬間、身体中に衝撃が走る。
「なに・・よ・・・これ・・・」
「ああローズったら毒見もさせずになんてことを」焦る心配性の母親。
「必要ない。此奴が作ったものにそんな事をすれば、自分への配分が少なくなるだけだ」と義父。
「早く早くー!」ナナがジタバタと足踏み。
「見ての通り、急がねばありつけもせぬぞ?」自分の分の器を持って、子供らの後ろに並ぶ義父。
ローズは一瞬でとんでもない世界を覗いた。
信じられなかった。
たったあれだけの材料で、この不思議な玉を転がしただけだというのに。
究極の甘味の世界。たったひと舐めで、幸せが口の中で大爆発。
「大変ですお父様お母様!大変よみんな!!先生がとんでもないものを作ってくれたの!!」我に返ったローズは大騒ぎ。
「だから先生じゃないと言ってるのに。この鍋、火にかけといてくれる?焦がさないように慎重にな」ドモンは相変わらずの態度のまま米を炊く準備。
料理人達がお互いに目を合わせ、何が起こっているのかを必死に探っている。
代表して食べるのはこの料理人達の中で、一番の年長者に決まった。
「ドモン!これみんなで分けたら一口で無くなっちゃうぞ?」と男の子。実際は三口くらいはある。
「その玉やるからまた今度作ればいいだろ。作り方も覚えたんだろ?」
「そうだった!やったぁ!」
ずっと王族らしい偉そうな言葉遣いだったが、ようやく子供らしい言葉が出た。
中身を取り出し、それぞれの器に盛り付けが完了。
「ドモン、これは何なの?」
「これはアイスクリームだ。甘くて美味しいぞ。溶ける前に食べてくれ」
「うむ」「よし」
ドモンがナナに説明を終えると同時に、それぞれがスプーンでひと掬いし、口の中へと運んだ。
天国への旅行に出発。
「ん!つめた・・・おいこれ・・・」
「ローズ?!」「ほらお母様!言ったじゃない!」
「んんん?!んっんんんーーー!!!!!!!!!」「美味しいですご主人様!!」
一斉に騒ぎ出す様子を見てドモンはプッと吹き出した。
ナナは恐らく「ワックのだーーー!」と叫んだと推測される。シェークでこの味は経験済み。
「どういうことだ・・・どうなっているんだ・・・」
「どんな味の具合なのですか?甘味だというのはわかりますが」
「うーむ・・・ミルクであってそれだけではない。凍らせただけともまるで違う・・・うまい表現がまだ見つからないんだ」
「一口宜しいですか?」
元から少量だったというのに、結局三人の料理人で分けて食べた。
「むぅ・・・」
「ジジイには甘すぎたか?アップルパイ作る時に使った秘蔵の酒をかけてもきっと美味いぞ?まあもう間に合わないか」
「なぜそれを早く言わんのだ馬鹿者が!!それに美味いに決まっておろう。味わっておったのに横でごちゃごちゃと!」
「やだやだ。歳取ると怒りっぽくなっちゃって。こうはなりたくないもんだね」
義父から逃げるように今度はエイの元へ。
「美味しいかったわ・・・これは今の私じゃ絵で表現は出来ないわね。父ならどう表現するのかしら?」
「絵はどうか知らねぇけど、スケベな表現なら尻の穴で存分に表現してたぞ?」
「は???」
「覚えてないのか?尻丸出しで倒れちゃって。ここにいる全員、エイの尻のシワの数まで知ってるぞ。子供らと一緒に数えたんだ」
「!!!!!!!!」
知りたくもなかった事実をしっかり伝えたドモン。
それも有る事無い事こきまぜて。
サンが悶絶しながら「そんな事はないですから。私がすぐに隠しました!」と必死にフォロー。
そうしてアイスクリームは一瞬にして消えた。全員放心状態。エイだけが別の意味でだけれども。
「アイスクリームは後でもう一度使うから、同じようにして作っておいてくれ」
「また遊んできていいのか?!」
「いやお前らはまた別のことをしてもらう。それもきっと楽しいからここにいてくれ」
「よし!」「わかった!」「なにかしら?!」
今度は料理人達がアイスクリームの準備を済ませ、使用人達が丘を転がせて遊んでいる。
流石は宮廷料理人だけあって、一度見ただけで作り方を完璧に把握。
すでにボールを使わずに作る方法を模索していた。
使用人達に湧いたお湯を臼に入れさせ、餅つきの準備を進ませる。
ドモンは茹で上がった小豆にたっぷりの砂糖を加えて、あんこ作り開始。
「なんであの器にお湯を入れたの?」とナナ。
「米が張り付かないようにするためと、なんだったかな?とにかくああやってお湯を入れると教わったんだ」ドモンもうろ覚え。
「で、この豆は本当に食べられるものなんでしょうね?渋くて苦いって言ってたけど・・・」
「それは大丈夫。任せておけ。実は和菓子という俺らの国のお菓子屋があったんだけど、寿司屋の次はそこで働いて、店長にまでなったんだ。体の調子を悪くして辞めちゃったんだけどな」
「え?これお菓子なの?」
「そうだよ?」
「晩御飯はどうするのよ?」
「あ・・・・」
もうすっかり夜になり、ナナは今か今かと出来上がりを待っていた。
当然ここにいる全員が同じことを考えており、今作っているものがただのお菓子だと知り、料理人達は愕然としている。
お腹が空いたとかそういう問題ではなく、王族達への食事を用意していなかったためである。
「ドモンよ・・・」義父もまさかの顔。
「今から準備するにしたって、焼肉くらいしか出来ないぞ?」とドモン。
「それでいいじゃない!そうしようよ!」
「いやまあ肉はオーガに貰ったからいいんだけど、タレがね・・・塩と胡椒でも美味いが、それじゃいつも食べ慣れているだろうし」
「そっか・・・」
ドモンとナナが腕組みをして唸っていると、サンが手を挙げた。
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