第307話

「ご主人様あの・・・もし醤油と味噌に余裕があるなら、ここの料理人様方のお力をお借りして、タレの方は作ることは可能ではないでしょうか?一応他に必要な材料なら大体は揃っているかと」


そう言って小さなメモ帳を確認したサン。


「うん、そうだな。じゃあ醤油と味噌と、あと味見用のタレもひと瓶持ってきて。ナナは牛肉の塊と切るやつ」

「はい!!」「わかったわ!!」


なぜか手を繋いでタタタと馬車まで走り出したふたり。

「なんで手を繋いだんだあいつら」とドモンは吹き出したが、義父はそれを見て目を細めている。


「あと米の選別をまたしなくちゃならないのか。食事用の・・・」

「それならばもう済んでおる。私は貴様の持ってきた異世界の米を食しておるのだぞ?抜かりはない」

「なるほど」


義父の目配せで料理人や倉庫番、使用人達はすぐに察し、ワッと散って米炊き準備に取り掛かった。

同時に薪や網などのバーベキューの準備も義父が指示。


やることが増えて面倒だと思っていたドモンも、これならば楽だ。

早速ナナに味見用の肉を少しカットさせて網で焼き、料理人達にタレを付けた状態で味見をさせた。


「こ、これが噂に聞いていた・・・」

「ぐっ!なんと複雑な味わいなんだ!!」

「この醤油と味噌というのが・・・こちらも味見の方をして宜しいでしょうか?」


サンのメモがあったために、内容物に対しての驚きはない。

擦り下ろした玉ねぎやニンニクや生姜、それにゴマ油などもわかりやすい。


ただ普通ならば一番わかり易いはずの、醤油と味噌がわからない。なかったのだから当たり前。

醤油と味噌を知り尽くしているドモンですら、その調合の割合がわからないのだから、タレ作りはかなりの難題である。

タレを作っているメーカーだって、長い年月をかけて開発をしていたはずだ。



「まずこの醤油と味噌というのが、それぞれ単品でも爆発的に美味い」料理人達がウンウンと頷きながら、あーでもないこーでもない。

「ねえ、あなた達ばかり食べていてズルいじゃない!私だってもう・・・ほらお腹鳴った」と自分のお腹を指差すナナに、この場にいた女性達が真っ赤な顔。王宮の女性にとっては、人前でのオナラ並みの生き恥。


「ナナ、俺らの住むような田舎街じゃないんだから・・・見ろよ子供らの呆れた顔を。少しは慎みなさい。いつもみたいにオナラもしちゃ駄目だぞ?」

「し、失礼ね!オナラなんてしないわよ!もう!」赤面ナナ。人前ではしないが、人に聞かれたことは何度もある。


もうタレに関しては丸投げで、おしゃべりしながらアンコ作りに専念することにしたドモン。

一足先にもち米の方が炊きあがるので、タレよりも急ぎで仕上げなければならない。


「サンも今日はおもらししちゃ駄目だぞ?あとこの前みたいに吐くのも禁止だ」

「ししししないですぅ!!もうご主人様!!!」


サンはちょっぴり嘘。さっき騎士が剣を抜いた時にすでに・・・。


「エイも今日はもうお尻の穴見せるなよ?なんだか俺は毎日見てるぞ?」

「見せないわよ!!大体すべてあなたが!!」


ナナよりも赤い顔のエイ。

これらの会話を聞いていた周りの者達が赤い顔をしているのを見て、面白がったドモンのセクハラ発言は更にエスカレート。

もうそろそろ義父の雷が落ちるという寸前で、アンコが出来上がった。


「こ、これは本当に食べられるものなのか?泥のような・・・もしくは馬の・・・」

「おいジジイ!なんてこと言うんだよ!ま、そう言われると似てる気もするけど」


ドモンの料理に信頼を置いている義父でさえ、思わず躊躇する見た目。

しかも調理用ではない豆を煮たことも知っている。


とても食べられるとは思えない。


「一口食わせて驚かせてやりたいところなんだけど、粗熱取らないと駄目なんだ。本当ならば一日寝かせるともっと美味しくなるんだけれども。なので先に餅つき大会を始めるぞ」

「なんだそれは」当然義父も知らない。


「この杵と呼ばれるもので米を叩き潰すんだ。まずは見本を見せるから見ててくれ。子供達や女性達も小さな杵を用意したから、雰囲気だけでも味わって欲しい」

「は、早くやってみせなさいよ」と、ローズはもう小さな杵を肩に担いで待っている。


炊きあがった米を臼に入れ、大人用の杵を持って餅をつこうとしたドモンだったが、ドモンの力ではふらついてしまい、結局ドモンは子供用の杵を借りた。こんなところでドモンも赤面するはめに。


「大きな杵の方は、騎士とかの力自慢に任せる。まずはこうやって・・・ドーンっと振り下ろし、そして振り上げた時にもう一人がこうやって・・・ちょっとローズ、この杵持ってて」

「いいわ」

「水をつけた手でこの米、つまり餅をひっくり返すんだアチチチ」

「なによあなた!説明している割には全部下手ねフフフ」

「じゃあローズがやってみろよ。俺が餅をひっくり返してやるから」

「いいわよ、やってみる」


順番を待つ男の子達はもちろん、両親を含む大人達も注目。

う~ん・・・と言いながら構えて、ゆっくりペタンと杵を下ろした。その様子がとても可愛い。


杵に餅がくっついて持ち上がらなかったので、ドモンが餅を押さえ、母親がローズに手を添えてもう一度持ち上げて、今度は少しだけ力強くふたりで餅をつく。


ローズは満面の笑み。それを見た母親も笑おうとしたが、たくさんの涙が溢れてしまい、侍女達が慌ててハンカチで涙を拭いた。

こんな子供らしい笑顔を見たのはいつ以来かしら?と考えた瞬間、涙が止まらなくなってしまったのだ。


「次やりたい!」

「ずるい!じゃあその次!!」


騒ぐ男の子達。餅つき大会の時よく見る光景。


「ああいいぞ。でも俺はもうしゃがむのが辛いから、餅を手で返すの誰かやってくれる?」

「よし私がやろう」と言ったのはローズの父親。


思わず使用人や騎士達が「えぇ?!」と声を出すほど驚いた。

子供の遊びならいざしらず、王族自ら調理するなど前代未聞。

それを見た義父も「ククク・・・疲れた時には交代しよう」と笑顔。


そりゃそりゃペタペタと可愛く餅をつく男の子達。

もういいよと言ってもしばらく止めず、ナナが「ちょっとあんた達、私にも貸しなさいよ!」と叫んで、無理やり奪おうとした。

貴族相手でも王族相手でも、ナナもドモンと同じように態度はいつも通りで、おかげでサンはヒヤヒヤ。


男の子達は少し赤い顔をしながら「いいよほら」と素直にナナに手渡した。

「お前、ナナのおっぱい見てただろ」「見てねぇし!!」という小中学生のようなやり取りをこそこそする、ドモンと男の子。


「ドモン、思いっきりやっていいんでしょ?」

「臼を壊さない限り、強ければ強いほどいい」

「まかせて!行くわよ~~・・・それ!!」


臼のフチをぶっ叩き、両手を痺れさせ悶絶したナナ。予想通りの結果である。

サンやエイ、そして侍女達も参加したが、失敗したのはナナひとり。

ナナ似のオーガには、餅つきを絶対にさせないことを誓うドモン。あの女も必ずやらかすからだ。しかも破壊することは確実。


続いて騎士達が大きな杵で参加。

筋骨隆々の身体で杵を振り下ろす姿は大迫力な上、何故か神々しくも見え、男のドモンですら思わず見惚れてしまった。

一部の侍女達も両手を合わせて握り、その姿をうっとりと見つめている。


義父やローズの父親も参加。

ローズの父親の方はいわゆる一般的なお父さんといった感じだったが、カールの義父は流石である。

最短距離でまっすぐ振り下ろされた杵が、完全に垂直に臼のど真ん中に収まり、餅があるというのに、臼がコーンというきれいな音を鳴らしたのだ。


餅を叩いたというよりも、ど真ん中を貫通させたような形。衝撃が地面まで突き抜けたかのよう。

体の芯を全くブレさせることもなく、スッと腰を入れた瞬間、異常な速さで杵が臼に何度も収まる。


「うむ。身体や剣術を鍛えるのにも良いかも知れぬな」と義父。

「ドモンは私達のと同じ小さいやつだったもんね!やっぱり鍛えた方が良いわよウフフ」とドモンを小馬鹿にするナナ。

「お前なんて一回も餅をついてないだろ!端っこ叩いただけで!」

「ドモンだって少し外れてたわよ!!」


いつでもどこでもドモンとナナは変わらない。

「お前達はまたいい加減にせんか!!」と義父の雷が落ち、広場に大きな笑い声が上がる。


気がつけばまた、ドモンは皆に受け入れられていた。



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