第305話

「お嬢様!!ハァハァ・・・」

「どいて!どいてちょうだい!!」

「皆様がご心配なされておりますから、お戻りください・・・フゥ・・・」

「・・・・」


丘の途中で侍女に捕まり、ローズは口を尖らせた。

侍女がローズを抱っこし戻ってきたところで、義父に注意をされたドモン。

その横ではローズの両親と思われる夫婦が、ふたりでローズを抱きしめていた。


「貴様はなんということをさせるのだ!何かあっては貴様の首が飛ぶだけでは済まぬのだぞ?!」と義父。

「なんか問題があったのか?ガキ共が走っただけだろうに」

「こ、この・・・」


事情を知らないドモンには、訳が分からない。

それよりも子供らの遊びを止められ、ドモンの方がイライラしていた。


「ガキなんていくら走ったって疲れねぇし、疲れても寝りゃ治るよ。王族だろうがなんだろうがな」

「くっ・・・」

「本人が走りたいなら走らせりゃいいだろ。こんな草むらの丘で転んだところで・・・」

「脚が不自由なのだ!!娘は!!」


娘を抱きしめながら叫ぶ父親。

静まり返る場に、男の子達が息を切らしながら戻ってきた。


「なあドモンと言ったか?もう一度これを転がしてよいか?ハァハァ」

「ハァハァハァ・・・次は・・・負けない・・・ハァハァ・・・」

「おお、もちろん良いぞ。20分くらい転がし続けないといけないんだ。あと、ローズも連れて行ってやれよ」


男の子達にそう言ってローズの頭をポンポンと撫でたドモン。

その言葉に、見る見るうちに怒りの表情へと変わる両親。


「あなたには気遣いというものがありませんの?!」

「貴様は口で言ってもわからぬようだな」

「・・・・」


ローズを抱きしめながらドモンを責める両親に、ローズは口をつぐむ。

男の子達同士も目を合わせ、なんとも複雑で気まずい表情。


「見たところしっかり歩いているように見えるけども」

「幼い頃から脚が弱かったのだ。無理をかければまた問題を起こすやも知れぬ」とドモンに答える父親。


「ふぅん。お前はどうなんだ?歩いたりするのは大変なのか?辛いか?」

「私はローズよ。まだ少し苦手だけど歩けるわ。ただ足をつく時におかしな方向に曲がってしまうことがあるの・・・でも・・・」


ドモンの質問に答えたローズは、今度はそう言って口籠る。

その表情と『でも』の一言で、ドモンはその心情をほぼ理解した。


「遊びたいんだろ本当は。痛くなったり怪我もするかもしれないけれど」

「そ、そんなことないわ・・・私はお父様にもお母様にもご心配をかけたくないもの」

「うーん、それこそ尚更今のうちに歩いたりした方が良いと思うんだけどな。鍛えるために。それに転んだって、子供の内ならまだ多少怪我するくら・・・」


ドモンが会話を続けようとした瞬間、「なんですって?!」と怒りを露わにした母親。


「あなたにこの子の何がわかるというの?!あなたに私達の何がわかるというの??転んだりしたらどうなると思っているのですか!」

「そりゃあ膝を擦りむいたり、下手すりゃ骨折もするかもなハハハ」

「な・・・何を笑っておる!!!斬り捨てろ!此奴を今すぐにだ!!!」


父親の言葉に青褪めながら騎士達が剣を抜き、義父とナナやサンが大慌てで間に入る。

だが両親の怒りは収まる気配がない。エイは卒倒し、草むらにパタリと倒れた。


ドモンはその場に座り、呑気にタバコの煙を吐き出しながら、左脚のズボンの裾をくるくると捲る。

すると大きな手術跡が見え始め、ナナとサンは目を逸らした。


「まあ全部はわからないよ。ただ恐らくあんたらよりは多少気持ちはわかるかな?俺の方が」

「!!!!」

「飛んだり跳ねたりは出来ない。10分立ったり歩いたりした時には、5分座って休憩しなければならない。座ることも含め、同じ体勢を一時間以上続けてはいけない。俺はこれを二十歳の頃から30年続けているんだ」

「う、嘘でしょ・・・」


ドモンの告白に、初めに驚いたのはナナであった。

もちろん大変だということは知っていたが、そこまで詳しくは聞いたことがなかったのだ。


料理を作っては座ってタバコを吸っていたことを思い出し、サンの顔はぐしゃぐしゃになった。そんなサンを義父が抱き寄せている。

義父も、そしてナナも、あの時ドモンが野盗から逃げられずに殺された意味が今ようやくわかった。すぐに自分が足手まといになることを、ドモン自身がわかりきっていたからだ。



「でも俺の趣味は散歩なんだ。何故か分かるか?ローズ」

「わ、わからないわ。それにあなたこそそんな脚で怪我をしたらどうするのよ」

「歩かないと歩けなくなってしまうんだ。来年も歩けるように頑張って歩いてるんだよ。怪我をするよりもずっと怖いのは、歩かなかったためにもう歩けなくなることだ」

「????」


そんな障害があるのなら、もっと体を労った方が良いのではないのかと疑問に思う一同。

ドモンの言っている意味が全くわからない。


「足をつく時にぐらつくのは、恐らく膝に何らかの問題を抱えているか何かだとは思うんだけど、それはある程度鍛えた筋力で補うことが出来るんだ。筋力は歩くことで身につく。実際俺が証明しているだろ?俺は膝を支えている靭帯というのが4本中3本も断裂しているんだよ」

「・・・・」「剣を下ろせ」

「特に子供のうちは鍛えておいた方がいい。もちろんこの騎士達みたいに、筋肉でムッキムキになることはないけどさハハハ」


ドモンの説明で少しだけ納得。

父親も少し冷静になった。


「だからドモンは怪我をした時も、無理をしてでも歩いていたのね」とナナ。

「明日歩くために、今日歩かなければならないんだ俺は。なんか格好いい格言みたいだろアハハ」


ふざけて笑うドモンだったが、ローズはギュッと手を握りしめた。


「でも・・!でももし転んで怪我をしてしまったら・・・」母親はやはり心配。

「転んだら立ち上がればいいさ。何度でも。人生と一緒だ」

「!!!!」

「もしかしたら、大怪我をして立ち上がることが出来なくなるかもしれないよ?だけどこのままでは、いつか本当に立ち上がることが出来なくなるんだ」


希望と絶望などが入り交じり、もうどうしたら良いのかがわからない両親。

しかしこればかりはドモンも強制する訳にはいかない。

ドモンには責任が取れないため、両親、そして本人の意思を尊重しなければならないからだ。

なので『歩いたりした方が良いと思う』という表現をした。


しばし沈黙は続いたが、その沈黙を破ったのは両親でもローズ本人でもなく、男の子達だった。


「行こうローズ!明日のために!」

「今は走れなくても、いつか走れるようになるかもしれないなら、やるしかないだろう!やらなきゃダメだ!」

「あらま立派だこと。俺は責任取らないからなハハハ」と男の子達に茶々を入れたドモン。


「いいや!ドモンにも責任は取ってもらう。もし怪我をしたら、完治するまでローズを看病しろ」フンと腕を組んだ男の子。

「いやよそんなの」「嫌だよガキのお守りなんか。スケベなことが出来る女ならまだしも」


同時に発言したローズとドモンが顔を見合わせた瞬間、ローズの視界からドモンが消えた。

代わりにその視界には、右手を握りしめ顔を引きつらせた義父の姿。ドモンの頭を擦るサンと、怪我をしてるのにやりすぎだと怒るナナ。



「お父様、お母様。ご心配やご迷惑をおかけするかもしれないけれど、私、行きます。明日も歩くために。いつの日か走るために!」

「!!!!」「ロ、ローズ・・・うぅぅ」

「以前読んだ本に書かれていました。『失敗を恐れて何もしないのは恥ずべきこと』だと。もしそれで万が一歩くことが出来なくなっても、後悔はいたしません!私も王家の娘です!!」

「おぉローズよ!」「うぅぅぅ!立派よローズ・・・」


抱き合い涙を流す親子。

周囲の者達も涙を浮かべ、中には泣き崩れる者も。


「大げさな。まるで戦場に行くみたいなやり取りしてるけど、玉遊びしたいだけじゃねぇか」ドモンがいつものように、タバコの火を空に向かってパーンと弾いた。火の粉がキラキラと宙を舞う。


「お、お黙りなさい!本当になんて気遣いの出来ない人なの?!この先生は!!」涙目でドモンを睨むローズ。

「ローズ?!」「ローズヴェルト様?!!」「今なんと???」

「だから先生じゃねぇっての!どいつもこいつも。それよりも早く遊んでこい。中身が台無しになっちまうぞ?」


ボールを持ってローズの手を握り、丘の斜面に向かう男の子達。

斜面を転がるボールと、それを追いかける男の子達の背中をトテトテと追いながら、ローズは笑っていた。

生まれて初めて、心の底から笑っていた。




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