第304話

「さあお湯沸かしたり煮たりで少し待つから、お前ら一緒に遊んで待たないか?良い物やるよ」

「・・・・」「・・・・」「・・・・」


ドモンの言葉に子供らも、料理人同様に反応が薄い。

得体の知れない傷だらけの男にそんな事を言われても、すぐに打ち解けられるはずもない。


「王族の子達だろ?お前らでも手に入れたことがない、異世界のおもちゃを見せてやる」

「え?」「異世界・・・」「本当なの?異世界って」


異世界という言葉にようやく興味を見せた子供達三人。

ドモンは馬車の中から奇妙はボールを持って現れた。


「出た!ずっと馬車にあった謎の玉!何なのよそれ」一番に反応したのはナナだった。

「何だこの丸い玉は」「たしかに珍しい色をしているけれど・・・」「これが何だって言うのかしら?」

「これこそ王様にどうかなと思って買ってきたんだけどさ、やっぱり王様より子供達の方が喜ぶと思うし、お前らにやる」

「わ!」「開いたわ!!」


子供らにそう言いながら、ドモンはボールの蓋部分をパカッと開いて、中から説明書を取り出した。


「ええと卵ひとつをよく混ぜます。牛乳を500ミリリットルと砂糖大さじ7杯半。へぇ~随分と砂糖入れるんだな」

「ちょっと話を聞いてるの?あなた」

「今説明読んでるんだから黙ってろ」

「ま!!何よこの人!!」


7歳くらいの女の子にも、いつも通り無礼な態度のドモン。

侍女に必要な材料を伝え、持ってくるように指示。


「すべての材料を混ぜて五分ほど火にかけますだって。お前らのなんだからお前らがやれよ」

「!!!!」子供達を含むほぼ全員が絶句。


「ここだけの話、すっごく美味しいもんが出来るんだよ。遊びながら楽しくな」子供達にだけ聞こえる声でドモンが囁いた。

「だからってあなた!」「・・・・」「いいよ!俺がやろう」

「えぇ?!」男の子の返事に驚きの声を上げる一同。もちろん、調理などしたことはない。


少し年上らしき男の子が率先し、渋々他のふたりも手伝いを開始する。

一緒に説明書を読んだサンがあれこれとアドバイス。やはりサンは出来る女。

当然ここにいる皆、自分が代わりにやると申し出たがドモンは突っぱねた。


鍋を火にかけ、慎重に木のヘラでかき混ぜる男の子。

女の子が「代わりなさいよ」と、今はもう興味津々。


「冷却口に氷と塩を詰めろだって。ここがそうだな。誰か氷と塩を頼む」

「俺がやる」

「すぐにご用意致します!!」


もうひとりの男の子の言葉に、ドモンに対しては態度が悪かった料理人が、先程までとは完全に対称的な態度で、すぐさまどこかへ走っていった。子供達は大事にされているのだろう。


「どれくらいの塩を入れるのだ?」と氷を詰めながら聞いた男の子。

「わかんねぇ。書いてないぞ?適当でいいだろ」と言いながら、目を細めて説明書を遠くにやる仕草。見事なまでの老眼である。


「あなた!ここまできて適当でいいとはどういうつもり?!ふざけるのも大概にしなさい!!」

「うーわ、カールのところの女の子よりもうるさくて生意気だな。将来おっぱい膨らまない呪いかけるぞ」

「そんなものあるわけないじゃない!子供だと思って馬鹿にしないで!!」

「ほら、そこに呪いをかけられた女の子がいるじゃないか」


サンの方を見るドモン。

男の子ふたりが作業をしながらプッと吹き出し、サンは涙目。

反論したいが、反論をすればドモンが嘘つきということになってしまうとサンは我慢したのだ。


「なんてひどい人なの!仮にも貴方の使用人でしょう?貴方は人の上に立つ資格が無いわ」

「馬鹿言え。サンは家族だよ。というよりもうすぐ俺と結婚する二人目の嫁だ」

「な・・・」


絶句する女の子と赤い顔のサン。その顔を見れば女の子ももう何も言えない。

火にかけていた鍋の粗熱を取り、ボールの中へと鍋の中身を注ぎ、きっちりと蓋をした。


「これでどうなる?このまま置いておくものなのか?」

「いやこれは・・・こうするんだ!」


ドモンがいきなりそのボールを放り投げ、更に思いっきり蹴飛ばした。


「な~にをしてるのだ!!折角調理したというのに!!」怒れる男の子その一。

「はぁ???」その行動を全く理解できない男の子その二。

「やはりこの人おかしいのよ。あなた、結婚するのは止した方がよろしくてよ?」女の子はヤレヤレ。


呆れる子供らと説明書を読んでいないサン以外の全員。


「ほ、本当に、このようにして転がすことによって完成すると書かれております!私もやらせていただいて宜しいでしょうか?」とサンのフォロー。

「ほらサン!」とドモンが蹴ってサンの方に転がす。

「ご主人様行きますよぉ~えい!キャッ!!あぁ~」


サン、見事な空振り。そして尻もち。餅つきするにはまだ米が炊けていない。

お酒以外あまりドジな事をやらないタイプなので、なんとも意外。


「うぅ~恥ずかしいです・・・」

「何をやっているのよサン。浮気したドモンのお尻だと思えばいいのよ。こうやって!!」

「あ!バカ!どこに蹴ってるんだよ!そっちは坂になってるのに!!」


ナナの強力な下手くそキックにより、ボールは明後日の方向に飛んでいき、なだらかな斜面を転がり始めた。

近くにいた騎士が慌てて追いかけたが、何故か蹴っ飛ばしてしまい、ボールは更に加速してしまう。


別の騎士が「私が行きます!」と駆け出そうとしたが、今度は男の子ふたりが「俺が行く!」「俺が先だ!!」と競争するように丘を駆け下りだした。

「待ちなさい!」と両手でスカートを持ち上げながら、トテトテとふたりを追いかける女の子。


その様子を見ながらドモンはタバコに火をつけ、もう薄暗くなりかけた夕焼け空に煙を吹きかけている。

いつものように。


「あ・・・危ない!」「お嬢様!!」「お待ち下さい!!」

「お、おい、お前の娘が・・・」


焦る使用人達と焦る義父。

その横には少し若い夫婦が誰よりも焦った様子で立っていた。


「待ちなさいローズ!!」

「ローズ!走ってはダメだ!!」


ローズと呼ばれる女の子の母と父が大慌てで叫ぶも、女の子は振り向きもせず、草の生えた斜面をトテトテと駆け下りていった。




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