第303話

「欲しい道具は二つ。ひとつは丸太の真ん中をくり抜いて、大きな木のコップのような形にしてほしいんだ」

「へい!どのくらいの大きさなのでしょう?」


ドモンの説明を聞き、少し大きめの器が必要なのだと考えた大工。

しかしそれは間違い。


「大きさはこのくらいかなぁ」と、ドモンが両腕で5~60センチほどの輪を作った。

「えぇ?!そ、そんなに大きな物をですかい?!」


せいぜいサラダボウルくらいを想像していた大工達。

他の者達も訳が分からない。


「縁はこのくらいの厚みを持たせて、内側に少しだけ反り返るような形にして欲しいんだ」

「へ、へい・・・」

「で、木で作った大きなトンカチみたいな物も作ってくれ。こうやってこの中に入れたものを潰すんだ」とドモンが身振り手振りで説明。

「はぁはぁなるほど。その器の中に何か入れて叩くためですな?」


大工の言葉で、義父らもようやくどんな物かが見えてきた。

ナナにはさっぱり。


「この赤い豆を砕くの?」とナナが小豆を指差した。

「それは違うよ。潰すのは米の方だから」とドモン。


「米を潰すだと??それよりも、その豆は食用のものではないのではないか?!」

「大丈夫大丈夫。任せとけって」


訝しげな顔で不安視している義父に自信満々で答えたドモン。

今まで散々ドモンの料理を自慢をしてきたというのに、一番はじめにとんでもないものを皆に食べさせてしまうのでは?と義父は心配したのだ。


そこへやってきた別の倉庫番。


「米の見本をお持ちしました」

「お餅だけにねフフフ」

「????」


当然ドモンの冗談は誰にも通じるはずがない。


「うーん、これとこれとこれの中で、一番粘り気があるのはどれだろう?」

「それでしたらこちらの米ですね。煮てすり潰し、紙などをつなぎ合わせるために使用することもございます」


米も豆と同じように『煮る』と言ったことに、ドモンは少しだけ驚く。

恐らく豆と同じような、ただの穀物のひとつとしか考えられていないためだろう。今まで『炊く』で通じていたのが不思議である。

ナナは「そういう言い方もあるんだ」くらいにしか思っていなかったし、他の人らも皆同じ。


「じゃあそれでいい。この豆と米を別々にひと袋ずつ、水の中に浸しておいてくれ。あと片栗粉も用意しておいて」

「かしこまりました」


ドモンが説明を終えると、大工や倉庫番、使用人達があちらこちらへ散らばり作業を始める。

カールの屋敷の時よりも至れり尽くせりで、「こりゃ楽でいいや」とドモンはタバコに火をつけた。



まだ準備に時間がかかることもあり、義父らは一度城の中へと戻り、ドモンらは細かい指示をするために大工の元へ。

馬車の中に居たいというエイも無理やりドモンが連れてきたが、「なんだかこの姿にもう慣れてきた自分が悲しいわ・・・」と諦めムードで半笑い。


「旦那、それでこれらはなんて名前の道具なんで?」

「これは臼と杵と言われるものなんだ。炊いた米を叩いて潰して、粘り気を出させていくための道具だ」

「ほうほう。ならばなるべくその米が張り付かないように、中を磨いた方が良さそうだ。叩く方の・・・」

「叩く方は『杵』だ」

「杵の方も持ち手を太く丈夫にしないとならないな。くっついている時に折れちまわないように」

「そうそう」


王族も居なくなり、ようやく少しくだけた雰囲気と会話になった。


「あれ?どうしてそこ削っちゃったんだ?2ミリほど反対側と厚みが変わっちゃってるように見えるけど」

「おお、旦那よくわかったな」


臼の縁の厚みを変えた大工にドモンがクレーム。

元パチプロだけに、ミリ単位の誤差の発見はお手の物。

しかし大工は得意気に笑う。


「これは年輪による木目が少し偏っちまっているから、重さの比重が違うのを削って安定させたんだ」

「な、なるほど~!」

「片方に重心が寄っちまうと、衝撃を与えた時にずれちまったり、下手すりゃ倒れちまうだろう?」

「うーん勉強になったよ。これぞ職人だな」


女性陣の中でサンだけがそれを理解して、ドモンと一緒に「すごいです」と大工を称賛していた。

全く興味がないナナは、エイのチャイナドレスを「どうなってんのこれ?」とペロッと捲っている。ぎゃあと叫ぶエイ。


「こっちの杵とかいうのの持ち手の長さはどのくらいがいいんだい?」

「ええと・・・こんな感じでこうだから・・・80、いやデカい奴らにもやらせるつもりだから1メートルあってもいいな」

「ふむふむ」

「それと、少し小型で50から60センチくらいの物もいくつか作っておいてくれ。ほら、こいつらや子供達も真似したがるからさ」横にいたサンの頭をポンポン。

「ハハハ承知した」


この調子ならばもうドモンも必要ない。あとは職人任せ。

あと三時間はかかるというので、ドモンは馬車の中で夕方まで酒を飲んで昼寝。


サンは倉庫番に餌を貰って馬に餌やりをし、草むらにちょこんと座ってのんびりと馬とおしゃべり。

ナナは王宮の中を見学したかったが義父が居ないため叶わず、暇つぶしにエイに男性の喜ばせ方を聞いていた。もちろんドモンを自分の虜にさせるため。



そして三時間後。


「ねぇドモン、私の下着どこに入れたかな?」とナナの声が聞こえドモンが目を覚ますと、Tシャツにジーンズ姿で四つん這いになって、馬車の中の荷物を漁っているのが見えた。


ドモンのふぁあ~というあくびの声をを聞き、ナナはドモンにお尻を向けたまま、女豹のポーズのようにお尻をクイッと上げ、「どこかしら?上も下もまだ下着を付けてないのよ」と丸いお尻を振った。


「ぐっ!・・グゥ~・・・フゥフゥ・・・グゥグゥ・・・ハァハァハァ・・・」


明らかに寝ているフリのようないびきが聞こえてきて、ほくそ笑むナナ。

『貴方のような胸が好きな男性は、必ずお尻も好きだから、お尻の形がよくわかるものを着るといいのよ』とエイから助言を受けていた。腰の落とし方やお尻の上げ方まで。


「ないわねぇ」と一度起き上がって女の子座り。

腰のくびれの幅に対して、倍の幅があるお尻がドモンの目に飛び込んだ。


「ねぇナナ」

「んー?どうしたの~?」ナナはまた四つん這いになって荷物を探すフリ。

「ナナってば!もう起きた」

「ごめんね起こしちゃって」四つん這いのまま、上半身だけひねって胸を突き出す!


かなり無理な体勢だけれども、これが決め手だと言われ、ナナは何度も練習した。

いわゆるグラビアポーズのひとつ。


普段の生活では絶対にそんな無茶なポーズは取らないし、取る必要もない。

顔、胸、お尻を同時に見せるためだけのポーズ。その四つん這いバージョン。


曲線。丸み。カーブに次ぐカーブ。ナナの体形を最大限利用した完全悩殺ポーズである。


「ねえ!ナナってば!もう!!」

「ん?どうしたの?」


ドモンが我慢できなくなっているのも全てわかっているくせに、不思議そうに首を傾げるナナ。もちろんこれもエイから伝授されたもの。


「いいよね?ね?」

「ちょっとだけよ?」と普段のドモンならつい吹き出すシチュエーションとセリフだけども、今はそれすら大興奮。


「ナナぁ!」とドモンがそのお尻に飛びついた瞬間、ガバッと馬車の扉が開き、プンプンと怒っているサンが「王宮の中ですよ!それに皆さんも待っていらっしゃいます!!」とふくれっ面。


それでも「いいんだもう。俺はナナ以外何も要らない。サンごめんな。う~んナナ大好き」とナナにしがみついたままのドモン。ナナ、想像以上の大勝利にご満悦。


まさにエイ様様である。

よく考えてみれば、ドモンと向こうの世界へ行った時も、ケーコがこの服の組み合わせを選んでくれていた。

ふたりとも年の功で、男心のくすぐり方をよく理解していたのだ。


この日の夜、エイは徹夜でサンに対して助言を与え続けることとなった。



馬車から出るとすぐそばで作業をしていた大工はもちろんのこと、カールの義父とその他の王族らしき人物が数名、騎士や侍女を含む使用人達、そして十数名の料理人達が倉庫前の広場に集まっていた。全員で百名ほど。

いつの間にかテーブルや椅子までが用意されて。そこには子供の姿もちらほら。


こんな状況ならばサンが怒ったのも無理はない。

ドアを開けた瞬間、ナナのお尻にしがみついているドモンを全員に見られることになったが、まだそれ以上のことをやっていなかったことだけが救い。

義父が気まずそうに、みんなに対して必死に言い訳をしていた。


「悪い悪い!すぐに始めるからさ!お?料理人達もいるならちょっと手伝ってもらおうかな?」

「えぇ・・・」「・・・宜しいですよ」「・・・・」


初めからドモンの印象は最悪で、料理人達の反応は悪い。

しかも用意された材料が、のりとして使用している米と食用ではない豆。出来るならば関わりたくはなかったが、義父の顔を立ててやってきただけだ。

すぐにその雰囲気を察してナナとサンが不安げな顔に。


「まずは大工達が作ってくれたこの臼という道具にお湯を溜めたいので、その分のお湯を沸かして欲しい。それと水に浸けていた豆も15分ほど煮て、一度お湯を捨ててもう一度同じだけ煮てくれ」

「はあ、すぐに」


「それと米は最後に炊くから鍋に入れて用意を頼むよ。あと砂糖や片栗粉は・・・」

「ええ」「はい、ご用意できてます!」


料理人達の返事の歯切れの悪さに、思わず侍女のひとりが返事をした。

ドモンらが気の毒というよりも、カールの義父の表情を見て。


色々と準備を済ませた頃には日もすっかり傾き、松明が焚かれ始めた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る