第65話
「さあ子分共、余興は終わりだ。早速スペアリブを作るぞ」
「誰が子分よ!」
「うるさいなぁ。じゃあもう帰る」とドモンがしょんぼりする。
「な、なによ!急にいじけないでよ・・・何をすればいいの?」焦った女の子がドモンの袖をつかんだ。
「じゃあこの肉に塩胡椒を振って、すり下ろしたにんにくと、はちみつと、この今作ったジャムを塗ってくれ」
ドモンの言葉に驚愕したのはコック長を含む料理人達全員。
肉に甘い味付けなど聞いたことがない。鶏の照り焼きなどを作っていたドモンには抵抗はないが、この世界では常識外れもいいところであった。
子供達はドモンの言う通りせっせと作業をこなす。
下手な先入観がない分、きっとそうしたら美味しい物が出来るのだろうと素直に従った。
「それが出来たら俺が戻るまでそのまま漬けといてくれ」と言い残し、ドモンは玄関の外へとタバコを吸いに行ってしまった。
のんびりと日向ぼっこをしながら煙を吐いていると、カールがやって来てドモンの横に腰掛けた。
「領主様がいるとくつろげないんだけどなぁ」
「貴様がそんな事気にするわけがなかろう」
「俺を一体何だと思ってるんだよ。異世界人とはいえ、ただの一般庶民だぞ」
「ただの庶民が我ら相手にそんな口の聞き方するか」
そう言ってカールがフフフと笑う。
実際にドモンは元の世界で、とある会合で出会った市長相手にもこんな態度で接し、目の前でカラオケを歌ってその美声を披露したことがある。ドモンがまだ23歳の頃だ。
市長の威光もどこ吹く風、気がつけば一緒に酒を飲み、笑っていたのだった。
「で、何か用があってきたんだろ?どうした?」
「ああ、領民へ健康保険について意見を求めていただろう?その集計結果が出て、方針があらかた決まったのだ」
「え!もう?!」
「うむ。信じられないことにあっという間に意見書が集まったのだ。どれだけこれを領民達が待ち望んでおったのか痛感したわ」とカールが苦笑する。
初めてドモンからこのアイデアを聞いた時、カールは正直半信半疑であった。
領民達の理解を得るにはどうすればいいのか?
最終的に理解を得られず、計画が頓挫することも考えていた。
だが蓋を開けてみれば反応は全く違っていた。皆それを待ちわびていたのだ。
「その結果、領民全員強制的に健康保険に加入することとし、収入によって毎月ひとり銀貨1枚から5枚を微集することとなった。どうしても支払えない場合は免除することも考えておる」
「それで行けそうなのか?」
「ああ、なんとかなりそうだ。それに街の有力者達やギルドも協力したいと声を上げておるのだ」
「それは凄いことだな。良かったよ」
ドモンもほっと一安心。
領民達が助かるというのもあるが、これでようやく責任逃れが出来るとこっそり喜んでいた。
アイデアを出すのはいいけれど、面倒なことがとにかくドモンは嫌いなのだ。
だからこそ地位なんかいらないと公言している。ドモンはただ自由に生きていたいだけだった。
そんな二人の元へ、作業を終えた子供達がドタバタと走りやって来た。
「またここにいたのね。準備できたわよ?」
「ドモン、全部終わったぞ」
「ちょっとだけみんなに手伝ってもらったけどね」
「あとはどうしたらいいの?」
そう言いながらドモンの服の袖やら腕を引っ張る子供達。
「ちょっと漬け込むと美味しくなるんだ。もう少しだけ待ってろ」
「えぇ~・・・」
がっかりする子供らにドモンが話を変える。
「ところでお前ら、前に言ってたアンケートの集計きちんとやったのか?」
「やった!」
「やったわよ!」
「お?偉いな」とドモンが褒めると、カールも「それに関しては本当に頑張っておったぞ。領民からの意見に関しては大人がまとめたが、収入などの集計に関しては全て子供達が行ったのだ」と補足した。
「そうか。じゃあお前らには給金を払わないとならないな。ひとり銀貨3枚ずつカールから受け取れ」
「やったぁ!」
ドモンの言葉に子供らも喜び、カールもそれを見て目を細めた。
「その給金貰ったら早速今日泊まりに来い。街で買い物するぞ」と、ドモンが当然のように子供らに告げる。
「へ?」
「は?」
「うそ?」
「!!!」
「おいちょっと待て、いきなり何を貴様は」とカールが言いかけている途中で、子供達からワッと大きな歓声が上がった。
「待て待て待て待て!ちょっと待て!!」焦るカール。
「よし、寝間着や下着とかの着替え、あと買い物する時お金を入れる財布代わりになる小さな袋も用意しろよ」
「わかったわ!!」
大騒ぎで玄関へと飛び込む子供らに「おいお前ら、出発はスペアリブ作って食べてからだぞ」とドモンが声をかけると「はぁい!!」と叫びながら、各自自分の部屋へと駆け出していった。
「さてと」とドモンが立ち上がる。
「お前はまた勝手に・・・」カールは頭を抱えた。
カールが慌てて護衛となる騎士達と打ち合わせを行い、ドモンは厨房へと戻る。
「ドモン様!ご指示のあった通り準備は出来ております!」とコック長が声高に叫んだ。
「うん、いい感じだな。じゃあこれをまずは鍋で煮ていく」とドモン。
「に、煮るのですか?!スペアリブなのに??」と料理人達が声を上げたが、コック長が「ドモン様の言ったとおりにするんだ!」と一喝。
慌てて鍋の準備を始め、お湯を沸かし始めた。
はちみつとオレンジのジャムで肉を煮る。
ドモン以外の全員がもう味の想像がつかない。
「あと俺の荷物の中に調味料が入ってるから・・・あ、俺の荷物、馬車の中だ」とドモンが言うと、一人の侍女が一目散に厨房を飛び出していく。
「で、今日は天気がいいから外で焼きながら食べようと思うんだけど、外でバーベキューするコンロとかある?」
「ば、ばあべきゅう??ですか??」とコック長。
「あぁええと、冒険者達が旅の途中で食うような感じで、外で網焼きにしたいんだ。大きな缶を半分にしたようなやつに炭を入れてさ・・・炭もねぇのか、もしかして」
「缶を利用してかまどを作る・・・という感じでしょうか?焚き火のような」
「そうそうそう!」
ドモンから説明を受けたコック長が何処かへ向かい、侍女達と一緒に一斗缶を一回り大きくしたような缶を持って戻ってきた。
「これに薪を入れるような感じで宜しいですか?」
「おう、大丈夫だと思う。ありがとう。下に空気の通り道となる穴を開けてくれると嬉しい」
「承知しました!網や薪の方もすぐに用意できます!」
「よし頼んだ。それを外に少しずつ離していくつか並べて置いてくれ」
ドモンが指示を終えると、コック長と侍女達が玄関の外へと走っていく。
屋敷の中がてんやわんやとなっている頃、カール、そしてナナやエリーが戻ってきた。
「はぁ・・・貴様という奴は・・・例の事はこやつらに話したのか?」と、ため息交じりにドモンへとカールが視線を送る。
「どうしたの?」とナナ。
「おう、なんか知らないけど今日貴族の子供らをうちに泊めることになったんだよ」
「え?今日?!今日なのかい??」
ドモンの言葉にエリーが驚く。
「まあ成り行きでそうなっちゃったというか・・・いざとなったら店の手伝いでもさせていいから、泊めてやってよ。子供らの面倒もサンが見るだろうしさ」
「みんな一緒の部屋でいいなら泊められるけども・・・」
「十分だよ。床でもいいくらいだガキなんて」
「こら!」当然ドモンの冗談だということはわかっているカール。
「彼奴等に色々経験させてやりたいんだ。買い物も仕事も・・・あと一般常識も覚えてもらってな」
「だから銀貨は3枚なのだな」
「フフそうだ。絶妙だろ?」
ドモンの意図することを読み切ったカールがニヤリと笑う。
何のことやらとエリーとナナは首を傾げた。
そんなやり取りをしていると「ドモン様!準備が整いました!」とコック長がニコニコとやってくる。
「わかった。じゃあまた屋敷にいる全員を呼んできてくれ」とそばにいた侍女にお願いをしたドモン。
もう侍女も驚くこともなく「かしこまりました」と頭を下げ駆けていく。
「あいつも可愛いなぁ」
「殺すわよドモン」
走り去っていった侍女をふたり並んで眺めていた。
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