第64話
「みんなちょっとナナに甘えてふざけただけなのよ」とエリーがナナを慰める。
仕立て屋達に改めて採寸や型取りをされながら「うん・・わかってるんだけど・・・」とナナがしょんぼりと答えた。
一人っ子であるナナは、生意気ではあるものの、弟や妹が出来たような気持ちになっていて嬉しかったのだ。
なのにみんなに嫌われてしまった・・・そう思えて悲しかった。
「ねぇお母さん、私ってそんなに怖い?」
「うーん、そんな事ないと思うんだけどねぇ」
「ドモンはあんなにぶっきらぼうなのに子供達・・・ううん、お客さん達も寄っていくじゃない?」
「ウフフそうね。お客さんに『バカかお前は』みたいな事平気で言っちゃうのにねぇ」
ナナは不思議だった。
同じようなことを言っても、ドモンは受け入れられるのに自分は拒絶されてしまう。
その違いは何なのか?
「ドモンさんはね、いつも友達なのよ」とエリーが何かを思い出して笑う。
「友達?」
「そう。お客さんと話す時はお客さんとお友達。子供達と話す時は子供達とお友達。貴族様達と話す時もそう」
「どういう事?」
エリーの言葉にナナは首を傾げる。
ドモンはいつも偉そうにしていた。なんなら貴族に向かって「俺がルールだ。俺に従え」とまで言っていたのだから。
ナナはエリーにその事を素直に聞いてみる。
「なんでそれが許されたんだと思う?」
「わからないわ・・・」
「本当に心から友達として振る舞ってるからだと思うわ」
ナナにとっては本末転倒な答えであった。
友達のように振る舞える理由が、本当に友達として振る舞っているからと言われても、意味が全くわからない。
「うーん・・・」と納得できない表情。
「それにこればっかりはもう、その人の人となりとしか言いようがないのよ」
「・・・・」
「初めてドモンさんに会った時、どうだった?」
「それはまあ・・・ドモンの見た目のイメージ通りというかなんというか・・・最初から知り合いのおじさんみたいに話しかけてきた」
「ドモンさんは常に友達のイメージで誰にでも接してくるのよね。私とヨハンには流石に緊張してたみたいだけどウフフ。カチカチに緊張しているドモンさんなんて貴重ねフフフ!」
そう言われてナナはハッと気がつく。
自分はどうだったのかを。
ナナは子供達に対してただの年長者として接していた。
ドモンは子供らと同じ目線で話をしていた。
ナナはドモンに対してもはじめは高圧的な態度で迫ったのに対し、ドモンは友達のように接してきて、ナナもすぐに気が緩んだのだ。
ドモンは相手にも合わせるし、相手を自分と同じところまで引き込んでしまったりもする。
ナナもドモンと逢って、気がつけば「あんた」とドモンのことを呼んでいたし、貴族で領主のあのカールでさえドモンと「クソジジイ!」と言い合っているくらいだ。
そしてそれはやろうとしても誰もが出来るものではない。
「ねぇお母さん、私もドモンみたいになれるのかな?」
「そうねぇ・・・人生経験を積んでいけば相手の気持ちもわかるようになってくるから、そうなれるかもしれないけれど・・・」
「うん」
「ドモンさんの場合は持って生まれたものが違うというか・・・それに元ギャンブラーだって言ってたでしょう?相手の気持ちを読むのも操るのも得意なのよきっと」
エリーの言葉にナナが黙って頷く。
屋敷の前に集まった群衆を鎮めた時も、ナナはどうすればいいのか全くわからなかったのに対し、ドモンは何の気無しに「で、今日はどうしたの?」と群衆の中に入り込んでいったのを思い出した。問題を起こしたその当事者だというのに。
同じ事を自分がやってもきっと通用しないとナナは思う。
あれはドモンだから出来たのだ。
「それに正直なのに嘘つきで、格好をつけたがるのに格好悪いところも平気で見せちゃうから、なんだか嫌いになれないのよねぇ」
ナナはまた大きく頷く。
そしてドモンはそれを本当にやったり、わざとやったりしているのだ。
先日、店で噂を聞いた客と腕相撲をすることになり、ドモンはあっさりと勝っていた。
「右腕なら結構強いんだ」と笑っていたけれど、貴族達と勝負した時は左腕で勝負していた。
ドモンはあの時わざと負けていたのだ。全員に笑われることになるというのに。
「ドモンはやっぱり凄いね。お母さん」
「そうねぇ」
ナナがしょんぼりとしているところへ、子供達が飛び込んできた。
「ナ、ナナ・・・ハァハァ・・・あの・・・・」と女の子。
「これ、こいつが作ったんだ」と男の子も横に並ぶ。
ナナに謝りたいと言っていた女の子の手には、瓶に詰まったたっぷりのマーマレード。
男の子が持つ皿の上にはいくつかのパンが乗っていた。
その後ろで不安そうな顔の男の子と女の子がドモンと手を繋いで立っている。
「ナナ、あ、あの・・・まだ料理の途中なんだけど、これを作ったの・・・」
「これはジャム?」
「私その・・・ナナに味見をしてもらおうと思って・・・」
「え?私に?」
突然そんな事を言われて困惑するナナ。
女の子は堪えきれずついに涙を流してしまった。
「ごめ・・・ごめんねナナ!ごめんなさい・・・うぅ」
「ごめんなさい・・・」「ナナごめん」
他の子供らも女の子と一緒に謝った。
「こいつらさっきの事ずっと気にしてたんだよ。だからお詫びにって、このジャム一生懸命作ってたんだ」
「そ、そうだったの・・・」
ドモンの説明を聞いてナナも涙ぐむ。
持ってきたパンにジャムを塗り、ナナと子供達、そしてエリーと採寸をしていた仕立て屋達にも配るドモン。
「さあみんな、ちょっと休憩して食べてみろ。こいつら本当に頑張ってたんだぞ?」
「ありがとう・・・いただきます」
ナナがそう言ったのを合図に全員が一斉にかぶりついた。
「ん!?おいしっ!!」とナナがすぐに叫んだ。
「なにこれ?!あのオレンジの皮がこんなになるなんて!!」と作った本人も驚く。
エリーと子供達が一緒に小躍りするように食べ、仕立て屋達も「こんなジャムは食べたことがない・・・」「甘酸っぱくて美味しい!」と驚いていた。
「よし、じゃあこれで仲直りだな?」というドモンの言葉にコクリと頷く子供らとナナ。
そうしてドモンは子供らを連れて厨房へと戻っていった。
「きっとドモンさんが一番気にしてたんだろうねぇ。ナナのことを」
「うん・・・子供達を厨房に連れて行ったのもそういうことなんだろうね」
エリーとナナがドモンに感謝をする。
そしてその思慮深さや気遣いを感じ、ナナもいつかそうなりたいと願った。
一方その頃、ドモンはマーマレードを片手にニヤニヤしていた。
「ナナが泣いてくれたおかげで随分と楽が出来たぜイヒヒ」
「酷い!私達の気持ちを利用したのね!」
「ず、ずりぃ・・・」
「いいんだよ!お前らも結果仲直り出来て良かっただろ?利用できるものは利用する。それが俺のやり方だ」
「・・・・」
「お前らも子供の立場を利用して『ドモンさんに高級なタバコとお酒あげてやって』とカールに言え。それで貸しは無しにしてやる」
「私達がいつあなたに借りを作ったのよ!」
「いいじゃねぇかよそのくらい」
ドモンと子供達がそんなやり取りをしている後ろに、青筋を立てながらカールが立っていた。
「全て聞こえておるぞ!馬鹿者め!!」
「うへぇ!」
「毎度毎度人を利用して、自分に都合のいいことばかりやりおって・・・だから悪魔だなんだと言われるのだ」
カールやグラも以前、ヨハンの店でその被害を被っている。
何か事が起きればそれを都合よく利用し、自分にとって都合のいい事が起きれば黙ってそれを受け入れる。
そんなドモンの本質をカールはとっくに見抜いていた。
子供達にジトっとした目で見られるドモン。
「お、お前らのせいだからな!」と言って男の子の頭をスパンと叩く。
「いてっ!何すんだよ!お前不敬罪で首飛ぶぞ!」
「残念、不敬罪は無くなりましたぁ~ヘッヘッヘ」
「じゃあ傷害罪よ!カルロス、この人なんとかして!」
「あーうるさいうるさいうるさい!!クソガキ共!!」
ぎゃあぎゃあと仲良く騒ぎながら厨房へと戻っていったドモンと子供達を見て、カールは呆れながら笑っていた。
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