第63話
サンがドモンのところへやって来てから七日が過ぎた。
ここでの生活にも慣れはじめ、笑顔を見る機会も多くなった。
「いらっしゃいませお客様!何名様でしょうか?三名様ですね。テーブル席で宜しいでしょうか?ではこちらへどうぞ!」
アイドル並みのルックスの女の子がメイド服を着て働いている様子は、向こうの世界のメイド喫茶のようだとドモンは思う。
それどころかこっちは正真正銘、本物のメイドなのである。
愛想良くテキパキと仕事をこなす姿はあっという間に噂となり、店の客の入りも五割増しに。
ヨハンもほくほく顔であった。
サンは年齢のこともあり自分の事を卑下していたが、ドモンから見ればお世辞でもなんでもなく綺麗で可愛いとしか思えない美女だ。
あっちの世界に行って百メートルも歩けばあっという間にスカウトされ、瞬く間に人気女優になりそうだとも思った。
厨房で料理を終え、一服しながらカウンター越しに働くサンを見るドモン。
その目の前に突然ふくれっ面のナナが立ち塞がる。
「またデレデレしてる」
「そりゃ仕方ないよ、実際可愛いんだもの。あっちの世界へ行ったらあっという間に人気者だぜありゃ」
「むぅ!私はどうなのよ!」
「お前は世界的な人気者になると思う」
「セクシーな方で」とドモンが小声で付け加える前に「やったー」と喜び、その場でくるくる回って去っていくナナ。
まあいいかとドモンはにっこり笑った。
この日はナナとエリーのドレスを作るための木彫りの彫刻を作ることになっている。
王都の方から大急ぎで呼び寄せた職人達が昨日到着したとのことで、屋敷の方までまたふたりに来て欲しいと連絡が来たのだ。
ドモンが行っても仕方ないので留守番をしていようと思ったが、それはナナに却下された。
「なんで俺が行かなきゃならないんだよ」
「あんたひとり残してどうなったか忘れたの?」
「だ、大丈夫だって!それにサンもいるし・・・」
「そっちはそっちで心配じゃないのよ!」
「・・・・」
まるで信用をされていないドモンだったが、何も言い返すことが出来ない。
結局迎えに来た馬車に無理やりドモンは乗せられ、ヨハンとサンが手を振り三人を見送った。
顔や指に傷跡は残ってしまったものの、ドモンの怪我もかなり癒え、なんとか馬車の振動に耐えうる状態になっていた。
医者のところで抜糸をした際、骨折の治り具合の早さに医者も驚いていたが、ドモンにとってはそれが当たり前のことであった。
ドモンにとって骨折など打撲の延長くらいの認識であり、脚に障害を負った時の複数の靭帯断裂に比べたら、怪我のうちに入らないとまで思っているほどである。
しかし心配性のナナに「はいドモンは膝の上」と太ももの上に座らされ、後ろから抱きかかえられていた。
そんなドモンを真向かいに座ったエリーが見てケラケラと笑っているうちに、馬車は屋敷へと到着した。
馬車を降りると侍女達よりも先に子供達が一斉に玄関を飛び出してきて、男の子ふたりはエリーへ、女の子ふたりはドモンへと飛びつく。
いつどこで知ったのかドモンが来ることがわかって、馬車が到着する前から子供らは大騒ぎしていたと侍女のひとりが言葉を漏らす。
可哀想なのはナナだ。
ひとり取り残され、引きつった顔をしていた。
「あんた達・・・随分と露骨なことやってくれるじゃないの!」
「日頃の行いよ日頃の行い。ね?ドモン?」と女の子。
「お前そうやってすぐ怒るからだぞ」と男の子がエリーに抱きついたまま言い放つ。
「ひ、日頃の行いならドモンの方が悪いでしょうが!!それにドモンの方が怒ったら怖いんだから!!」とナナが言うも「ドモンさんのは違うもん」ともうひとりの女の子が、額をくりくりと擦りつけながら甘えて、ドモンに撫でられていた。
圧倒的なえこひいきをされ絶句するナナを見て、カールが「ようやく私の気持ちがわかったようだな」と笑いを堪える。
が、ナナはしゃがんでしくしくと泣き出してしまい、慌てた子供達が一斉にナナの元へと集まった。
「じょ、冗談よあなた。何も泣くことないじゃない」
「少しからかっただけだよ・・・悪かったよ」
「ごめんなさい」
「そんなつもりじゃなかったんだ・・・」
ナナは歳は19で成人なんだけれども、一応子供らと歳がいくつかしか変わらないまだ十代の女の子でもある。
普段は大人のように振る舞ってはいるものの、本来は甘やかされて育った一人娘の甘えん坊であり、わがままで寂しがり屋だ。そして泣き虫。
しまった!という顔をしながらドモンに視線を送るカール。
エリーや子供らが必死に慰めるも、ナナはなかなか立ち直れない。
それを見たドモンが、腕まくりをしながら子供達へと声をかけた。
「さぁて!ナナとエリーが用事を済ませてる間に、俺は美味いものでも作るかな。おい子分達!お前ら手伝え!」
ナナのしくしくが止まり「ん?」と顔を上げる。
ドモンの気持ちを察した子供らも慌てて「わ、わかった!」とドモンについていった。
仕立て屋達にふたりが連れられて行った後、厨房は・・・いや屋敷全体が大騒ぎとなる。
またあのドモンが料理を作る。
非番であった料理人達も大慌てで駆けつけ、貴族達も厨房へとやって来た。
コック長もドモンの元へとすっ飛んでいった。
「よおコック長、骨付きの豚肉はあるかい?」とドモン。
「ま、また全員分でございますか?!」
「まあそうだな」
「今ある分全てを使うのであれば・・・」とコック長がカールの方を見ると、カールが大きく頷いた。
それを見て「ございます!」と力強くコック長は答えた。
「スペアリブでも作ろうと思ったんだけど・・・」と言うドモンに少し拍子抜けしたコック長が「ああ、スペアリブでございますか」と答える。が・・・
「はちみつはあるのかな?」
「は、はちみつですか?!」
「あとオレンジ」
「オレンジ???」
この世界でのスペアリブは、塩と胡椒で味付けをするのが一般的であり、せいぜいアレンジをしたとしてもにんにくを使う程度の話である。
驚きながらも「ご、ございますけども・・・」と答えると「じゃあオレンジ50個持ってきて」と言うドモン。
若い料理人と侍女達が大慌てでオレンジを持ってきた。
「じゃあお前達はオレンジの皮を剥いてくれ」
「はーい」と子供達。
「オレンジの皮も使うから取っとけよ?」
「え?!」
子供らと一緒に驚きの声を上げるコック長。そして貴族達。
「か、皮を食わせられるのか?」とカールが焦る。
ククク・・・と笑いながら「美味いぞ~皮は」とドモンが笑った。
「剥いた皮は鍋で煮込むからな。そしてお湯を捨てて三度繰り返す」
「は、はい!」
「お前達にかかってるからな?頑張れよ?」
「わかった!!」
子供らが必死にオレンジの皮むきをし、鍋の中へと皮を放り込んでゆく。
それをどうするのかが全くわからないドモン以外の全員。
そうして鍋に溜まった皮に水を加えて煮込んでいく。
「3分くらい煮込んだらお湯を捨ててまた水入れて煮て、それを3回くらい繰り返してくれる?」とドモンが近くにいたコックに頼んだ。
もう何がなんだかわからないコック長や料理人達。
これならまだチキンカツの時の方がわかりやすい。
だがしかし、ここはドモンを信じるしかない。
皮を煮込んでいる間、ドモンと子供達はオレンジの種取り。
「ねえドモン、これは何を作ってるの?」と女の子。
「これはオレンジのジャムだ」
「だとしたら皮はいらないんじゃ?」と男の子。
「この皮が美味いんだよ。俺を信じろ」
子供らとドモンの会話に聞き耳をたて、メモを取りまくるコック長。
そうしている間にオレンジの皮は茹で上がり、水で冷やした後、細かく刻むようにコック達に指示を出した。
「じゃあ今度は実の方を煮ていくぞ。お前がやれ。火傷には気をつけろよ?」
「え?わ、私?!」と言う女の子に「出来るだろ?」とドモンが微笑む。
ドモンには言っていないが、子供達は全員これが初めての料理であった。
普段世話をしている侍女達、そして親である貴族達も皆ハラハラとしながら見守っている。
「で、出来るわ」
「い、いつでも俺達が代わってやるからな?辛くなったら言えよ?」
「うんわかった・・・」
子供達がソワソワしつつそんな事を言い合いながら、コンロの前に立つ。
木べらを持ち、必死にオレンジを煮る女の子。額に汗が滲む。
そこへ煮終えたオレンジの皮が投入され、ドモンが砂糖をドサドサと投入していった。
鍋は今まで以上に熱を帯び、オレンジがグツグツと煮立つ。
ふうふうと肩で息をし、女の子は気をつけながら、そして必死に鍋をかき混ぜ続ける。
「疲れたか?代わってやろうか?」とドモン。
「だ、大丈夫」
「無理すんなよ?油断したら大やけどするぞ」
「わかってる・・・でも私が作りたいの!ドモンは黙ってて!!」
そう言った女の子の視界が歪んでいく。
「ナナに謝らなくちゃ・・・」
涙が女の子の視界を奪ってしまっていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます