第66話

「ドモン!スペアリブ出来たのか?」と男の子が笑顔で走ってきた。


「外で焼きながら皆で食べることにしたんだ」

「へぇ~楽しそうね」と女の子。


「みんなお泊まり会の準備は出来たか?」

「まだもうちょっと!ドレスとか、あと枕もどうしようかって」もうひとりの女の子が悩み顔。


「どっちもいらねぇよ。泊まりに来る時はお前達も領民のひとり、つまり庶民として過ごすんだ」

ドモンの言葉に「え?!」と驚いたのは子供らとナナとエリー。



「お前ら、いつもの豪華な旅なんかじゃないんだから。銀貨3枚の中から飯代も取るからな?」

「えぇ~!!」

「当たり前だろ庶民なんだから。皆そうやってやりくりしながら毎日を過ごしてるんだ。でもな、そのお金の中から計算して親へのお土産買ったり、街で買い食いしたりするのは楽しいぞ?」



ドモンの言葉でそれを頭で想像し、鼻息が荒くなる子供ら。

ドモンは何もかもが手に入るよりも、悩み、選ぶ方が何倍も楽しいということを教えたかったのだ。


「でもお金足りなくなったら御飯食べられなくなっちゃうんでしょ・・・ちょっと怖いわね」

「そんな時は、お店の手伝いをしっかりしてくれたら給金をやるよ。一時間銅貨50枚ってとこだな」

「わ、わかったわ」


「ね、ねぇドモンさん!お金あってもお手伝いしていいかな?いっぱい増やして、もっと良い物を買いに行ったりとかするかもしれないし」

「おぉそれは良い考えだな。いいよな?エリー」

「えぇいいわよ」とエリーが男の子の頭を撫でる。



そのやり取りを見て、カール、そしてそばにやってきていた貴族達も目を細めた。

もうこの時点でも、子供達が成長していたのが見えたからだ。


節約すること、働くこと、対価を得てそこからやり繰りをすること、そして一般庶民の生活を知ること。


子供達はきっとその全てを得て学ぶであろう。

恐らくドモンは初めからそのつもりだったのだと考えると、その慧眼に貴族達は頭が下がる思いだった。



「早く行こうよドモン!あ~楽しみ!」

「だからスペアリブ食べてからだっての!それに・・・」

「それに?」

「このスペアリブ余ったら店や広場で売って、俺とヨハンの飲み代にすんだよウヒヒ。ナナとエリーには絶対言うなよ?」


すでに外へと向かったナナとエリーをちらりと見ながらドモンが小声で話す。

それを聞いた貴族達の顔が、一斉にしかめっ面へと変化した。


「ナナー!エリー!」女の子がひとり走っていき、数十秒後、般若のような顔のナナがドモンの前へとやって来ることとなった。




お尻を擦りながらヨロヨロと玄関から外に出るドモン。

帰ったらヨハンもこの痛みを味わうことになるのかと思うと、気の毒に思えた。


「さあみんな準備は出来たか?」

ワイワイガヤガヤとすでに盛り上がりつつある皆へ声をかける。

「もう準備は整っております」とコック長。


玄関の外の庭では、ドラム缶を縦に切ったような鉄製の入れ物が10個ほど用意されており、各箇所に10名ずつ分かれて待機していた。


「薪も入ってるな?じゃあそれぞれ火起こしをしていくんだけれども、今回は薪を火起こしするのに魔法や魔石の使用は禁止な」


「え?」

「はぁ?!」


「各自工夫して火起こしをすること。一番最初に俺が認めるくらいの火を起こせた班には、このスペアリブと絶妙に合う『ドモン特製ハニーマスタードソース』と『異世界から持ってきた焼肉のタレ』を与える」


ドモンの突然の提案に「おぉ!」という歓声が上がったが、ナナが大慌てでそれを止める。


「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!ドモンちょ~っと待って!!」

「どうした?」

「や、焼肉のたれってお肉につけて食べるあれだよね?」

「そうだよ」

「だ、駄目よ!!もう量も少ないのよ?!どうしてそんな貴重な物を持ってきちゃったのよ!!」


ドモンとナナのやり取りを聞き、どうやらそれがとんでもない物だということだけは理解できた一同。


「嫌よ!イヤイヤ!!」

「何が嫌なのだ?」とニヤニヤしながらナナに問うカール。

「そ、それは・・・そう!美味しくないのよ!ぜんっぜん!!き、貴族様達の口にはきっと合わないわ!」


「ふむ、では私が代表して味見してみようか?」とグラ。

「駄目だって言ってるでしょこのバカ!!」


焦るナナを見てクククと笑うグラとカール。

そして全員が確信する。それが間違いなく美味いものでお宝なのだと。



「作戦会議は済んだかな?では用意~スタート!」


ドモンの呑気な掛け声とともに、一斉に走り出す。

まずは火が起きやすい綿を探すチームや、火起こしに使う棒をナイフで作るチーム、薪を燃えやすいように組むチーム、ドモンが以前綿あめづくりでやった舞錐法で火起こしをしようとするチームなど、それぞれが工夫をして火起こしをしようとしていた。


ナナやエリーも「どうしよどうしよ?ちょっとドモン手伝ってよ!」と焦る。

「俺が手伝ったら反則だよ。それにもし俺が勝ったらみんなも白けちゃうだろ?」とドモンがタバコに火をつけた。

「そのタバコの火を寄越しなさいよ!!」

「お?なかなか頭いいな。でもあげない」

「もう~」


ナナも諦め、何かないかと屋敷の方へと走っていった。


騎士チームは剣同士を打ち付けて火花を散らそうとしてみたりと、各チーム工夫をするもなかなかうまく行かず、結局皆摩擦熱を利用する方法を選んだ。


時はちょうど正午。

全員が汗だくになりながら頑張っている。


「いけぇ!!」

「代わるぞ!」

「負けるな!貴族様のところはもう煙が上がってるぞ!」

「駄目だぁ!!」

「親方様頑張ってください!」


侍女と子供らはコツコツと舞錐法火起こしの準備をして、遅れながらもシャッシャと火起こしをしていたが、火種は出来るもののなかなかそれを活用できず火が起きない。

その内「わー!」という歓声が上がったのは端の方にいた御者と庭師のチームで、簡易バーベキューコンロから見事な炎が上がっていた。


「はいそれまで!優勝はこの人達!」とドモンが指をさすと、皆その場にへなへなと崩れ落ちた。


「いやぁなんか申し訳ないな」

「ワシ達は普段からたまに火起こししとるからのぅ・・・」


ロープと木を使って上手く火を起こしたのだ。

ドモンが見る限り、かなり慣れた手付きであった。


「じゃああとで賞品渡すから楽しみにしててな。あと起こした火をみんなに分けてやってくれるか?」

「へい!ありがとうございます!」


そう言って立ち去ろうとするドモンに、子供達がブーブーと文句をつける。


「俺たち子供だもん!不利じゃないか!」

「そうよそうよ!」

「それに女の人にも不利よねぇ」

「そうよドモン!!」


子供達に混じってエリーとナナも不満をこぼす。

確かに女性や子供は不利だなと皆も思っていた。


「大体ドモンは火起こしできるの?タバコつけるライターとかいうのはなしよ!」

そう言って口を尖らしたナナ。



皆の視線が集中する中、ポリポリとドモンは頭を掻く。

そしておもむろに、誰かが集めて持ってきたであろう黒く汚れた綿を拾い上げ、仕立て屋の老紳士の元へと向かった。


ドモンは老紳士から何かを受け取り、左手に綿を持ったまま右手を天に掲げる。

ドモンのその右手にあるのは拡大鏡。


真上にある太陽の光が一点に集まり、火は一瞬にして起きた。

火がついた綿をクルッと一回転させ火を強くし、ポイッと薪の中へと放り込むと、あっという間に炎が燃え上がる。その間、十数秒。

ドモンは黙ったまま拡大鏡を老紳士へと返した。


「・・・・」ぐうの音も出ない一同。


「や、やっぱりドモンさんは凄いわぁ」とエリーが声を上げると、その様子につい見惚れてしまっていたナナも「本当に・・・」と声を上げる。

賢者という職業はあるけれども、本当の賢者というものはこういうことなのかと皆が思った。

ドモンはとっくにその答えを知っていたのだ。仕立て屋が拡大鏡を持っていたことも。



「まあこんな事をしなくても、俺なら屋敷の中に戻ってこっそりコンロで薪に火をつけて戻ってくるけどな。そこまで見てないし。それとナナが『タバコの火を寄越せ』と言ったのもなかなか惜しかったぞ?『タバコ私が消しとくよ』とでも言って受けとりゃ良かったんだよ」


ドモンの言葉に全員がショックを受ける。

火のついた薪を一本掴み、口に咥えたタバコに火をつけるドモン。


「それに俺は『薪を火起こしするのに魔法と魔石は禁止』と言っただろ?じゃあ紙かなんかの違う物に魔法で火をつけてから薪に放り込めばいいじゃないか。あとは駄目だとは聞いてないってゴネりゃ良い」

「!!!!」

「お前ら真面目すぎなんだよ」


アハハと笑いながら、ハニーマスタードソースを作りに厨房へと咥えタバコで向かうドモン。ナナと子供達がすぐに追いかける。



「だから彼奴は詐欺師なんて言葉じゃ生温いというのだ」とカール。

「兄さんが悪魔だと言った意味を痛感したよ」とグラもその場へ座り込む。


「奴を敵に回すなよカルロス。根こそぎひっくり返されるぞ」と言った叔父貴族に、「わかっておる」とカールは自分のその幸運に感謝した。



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