第67話
「ドモンはずるいよ」
厨房で、はちみつとマスタードと醤油を混ぜているドモンに向かって男の子がボヤく。
「俺はずるくないなんて一言も言ってないからな」
「そういうことじゃなくて・・・なんというか・・・」
「なんだよ?」
「し、知らない!」
男の子はドモンに憧れの感情を抱いていた。
貴族である親達をも手玉に取るような、そんな人になりたいと素直に思った。
だがしかし、そうはなれないとも理解している。
持って生まれたもの、そして経験量が圧倒的に違う。
それがずるいと思ったのだ。
そして偶然にも、ナナも同じ事を思っていた。
ドモンのようになりたい。でも私にはなれないと。
ただひとつこの男の子と違うのは、ドモンのその『経験してきた事』が、あまりにも壮絶だったということを知っていることだった。
何度も何度も殴られ騙され傷つけられ、それを一人ぼっちで耐え続け、生き残った結果が今のドモンなのだ。
だからドモンはずるくて良い。ナナはそう思っていた。
『でも私は怒るけどね』と心の中でくすっと笑いながら。
「まあとにかく、俺みたいな大人にはならないようにな」
心の中を見透かされたような気持ちになった男の子が、そしてナナが、ピクリと反応した。
「真面目な奴を俺は笑ったけど、一番偉いのは間違いなく真面目な奴だ」
「え・・・?」
「笑われようがなんだろうが、それでもただ前を向いて実直に、諦めずに前へと進む奴が一番偉いし、俺は尊敬する。俺には出来ないし出来なかった」
ドモンの言葉は子供らにとってもナナにとっても、意外なものであった。
「お前達は胸を張って良い。貴族も騎士もその他のみんなも、見たかよあれを!こんな真面目な奴らがこんなにもいるなんて、本来は貴重なことなんだ。それがどれだけ素晴らしいことか!」
「・・・・」
「俺がいた世界では誰しもが他人を出し抜こうとし、人を騙し、欺こうとしていた。もちろん素直で実直な奴もいたけれど、こんなにはいなかった」
「・・・・」
「他人の評価を気にして真面目なふりをして、世の中は嘘だらけだったよ。精一杯真面目に生きているお前らは凄い」
その言葉に貴族の子供達、そしてナナも胸を張る。
自分達が、そしてこの街が誇りに思えたからだ。
「だから!」
「だから?」
「カールに『ドモンさんに良いタバコとお酒あげてね』と言えよ?」
「やっぱりあなたはずるいわよ・・・」
目に涙を浮かべていた女の子が笑いながらそう言ったところで、ハニーマスタードソースが完成した。
これが将来、現在とは比べ物にならないほど大きな都市の領主となったこの子供達の、甘くて、でも少しだけ辛い懐かしい思い出の味となる。
子供達とナナが煮終えた大量のスペアリブを持ち、ドモンがいくつかの調味料を持って、みんなが集まる場所へと戻ってきた。
「さあ、みんな薪に火はついたか?網も用意してあるな?」
「準備万端でございます!」とコック長。
「じゃあそれぞれにスペアリブと醤油を配っていくから、網で焼き目を付けた後、最後に醤油をつけて少し炙ってからマスタードを付けて食べてくれ」
「なるほど、各自が調理しながら出来立てを食べるのだな?」とカール。
「そうだ。優勝チームはこのハニーマスタードと焼肉のたれをあげるから、これを付けて食べると良いよ」
「へい!ありがとうございます!いやぁ良いのかなぁ・・・」と庭師。
「気にしなくていいって。ま、でも余ったら子供らにでもやってよ。そこはそれ、どうせ遊びだしさ」
「は、はい!そうですね」と御者もニコリと笑う。
ジュウジュウとあちこちから肉が焼ける音。
すでに美味しそうなニオイが煙とともに舞い上がり、皆居ても立っても居られない。
「これはもう・・・」と叔父貴族。
「食す前からわかるな・・・」とカール。
「果物の酸味が加わるとどうなるのでしょう?」「糖分は肉と相性がいいのでしょうか?」と料理人達は研究熱心。
「なあカール、酒でも振る舞ったら?」
「貴様が飲みたいだけであろう。だがまあ・・・これはあった方が良いだろうな」
ドモンがカールにそう言った瞬間、侍女や料理人達が屋敷の方へと走っていった。
ナナが「わーい!さすが領主様!」と煽てると笑いが起こる。
酒を飲み、ヤンヤヤンヤと騒ぎながら初夏の日差しを浴びつつ、ドモンが作ったスペアリブにかぶりつく。
「!!!!!」
「うわ!う、美味い!美味すぎる!!」
「ドモンよ!どうなっておるのだこれは!これがあの肉だというのか!!」
苦味、甘み、酸味、醤油の塩辛さ、マスタードの辛味と肉汁の旨味。
それが幾重にも重なり口の中へと広がり、それがやがて体中にまで広がってゆく。
酒と抜群に相性がよく、いくらでも飲めてしまいそうだった。
「こんなの食べたことがないです!すごいです!」と侍女達が、唇をテカテカにしながらドモンの元へとやって来た。
「テカテカになったお前らの唇の方が美味そうだぞ」とニヤニヤとしながら、顔を近づける酔っ払ったドモン。
「きゃあ!」と走って逃げる侍女や、震えながら「ど、どうぞ」と目を瞑り、唇を差し出す侍女。そして般若の顔のナナ。
ペロリと舌舐めずりをしながら「ごちそうさま」と言うドモン。
侍女が真っ赤な顔になって走り去っていく。
「ちょっとあんたあああ!!冗談じゃなく本当に私の目の前でするなんて信っじらんない!!キィィィ!!」とナナが叫ぶ。
パーンパーンという小気味よい音とドモンの断末魔、そして貴族達の笑い声の中、一角から感嘆の声というよりも叫び声が上がった。
優勝チームである御者と庭師達だった。
「うおおおお!」
「う、うんめぇえ!!」
「なんなんだこれは!!」
服にハニーマスタードと焼肉のタレを跳ね散らかし、叫びに叫んだ。
野獣のようにかぶりつくその姿を見て「くっそぉ!」とグラが拳を握る。
そこへ数名の気品ある女性達がやって来た。見た目はドモンの世界のテレビでよく見るゴージャスななんちゃら姉妹のよう。
「お、お前達!その男に近づいては駄目だ!」と叫ぶカール。
その瞬間、ナナの拘束からするりと抜け出したドモンが女性達の前へと立つ。
「貴族様の御夫人の皆様ですね。初めまして。ドモンと申します」
片膝を付き頭を下げるドモン。
聞いていた噂と全く違い、戸惑う夫人達。
「あなた達と出会うため、今まで私は道化を演じてまいりました。あらぬ噂も聞いているかとは思いますが、全ては今この時のため!どうか私を信じてください」
「まあ!」
頬を染める夫人達。
「こんな傷だらけの顔の醜い男ですが・・・御夫人達が見守るこの街を護るため、全てを捧げてきたのです。この生命さえも捧げる覚悟でございます!」
「此奴の話を聞いては駄目だ!!」とカールが叫ぶも、夫人達は両手で口を抑え「まあ!」とドモンの傷だらけの顔へと手を差し伸べる。
「あなたの笑顔を守るためならどんなことでもする覚悟です」
「たとえ傷だらけでも素敵なお顔ですわ」
夫人のひとりをドモンが抱き寄せようとした瞬間、「イデッ!!」という言葉とともにドモンが草むらへと吹っ飛び、青筋を立てたナナが立っていた。
「じょ、冗談だってば」とドモンが頭を擦り、「オホホ」と夫人達もそれを見て笑っていた。
夫人達はドモンの芝居にちょっと乗っかってみただけだ。
海千山千の夫人達は、そんな事は百も承知だったのだ。
「改めてはじめまして。俺がドモンだ」と右手を差し出す。
「噂通りの化け物のようね」と、その右手を握るカールの夫人。
カールはそれを見てぐったりし「ホホホ」と夫人は高笑いをしていた。
「化け物とはひどい言い草だなぁ。あんたらもこれを食べに来たんだろ?」
「ええもちろん。こんなに楽しそうにしているのを屋敷の中から見ているだけなんて、とてもじゃないけど我慢出来ないわ」
夫人達がニコニコとドモンと会話しているのを、貴族達とナナがソワソワしながら見守っている。
「前のチキンカツサンドも貰ったか?」
「当然頂いたわ。あれも素晴らしいお味で、実はあれから何度も作って頂いてるんですよ?ね?」
「本当に美味しかったわね!綿あめも頂いたわよ!また食べたいわぁ」
「そりゃ良かったな。じゃあ準備するからちょっと待ってろ」
夫人達と会話を済ませたドモンが、夫人のひとりの頭をポンと撫で、タバコに火をつけ咥えタバコで去っていく。
「あ!」と思わず声を出して顔を赤くし、小声で「ずるいわあなた!」と他の夫人達が羨んだ。
それを見ていた貴族達は気が気ではなかった。
こうなることが恐ろしく、敢えてこれまで会わせぬように避けていたのだ。
もちろんドモンにその気はないのだろうが、それを素でやってしまうのがドモンの恐ろしさである。
いくら海千山千の夫人達といえども、それは例外ではない。
「あんた!」
「うおっ!何だよナナいきなり」
「何だよじゃないわよ!」
「今は何にもしてねぇだろうが」
「してんの!あんたにその気がなくてもしてるの!」
ぎゃあぎゃあとドモンとナナが痴話喧嘩をしているのを遠くから夫人達が見つめ、「ウフフお似合いね。羨ましいわぁ」と微笑む。
この夫人達との出会いによって、ドモンはまたとんでもないことに巻き込まれていくこととなる。
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