第310話

ドモンが訝しげにその男の顔を眺め、少し間を置いてからその差し出した右手を握ろうとしたが、その男は右手をサッと引く。


「これ・・・こちらが例のドモンとやらですか?」

「ああそうだ」と男に答えた義父。


ドモンは男に躱された右手を差し出したまま、口は真一文字。


「どうもドモンとやら。俺の名前は・・・」

「小僧、礼儀をこんな遊び人のおっさんに教わりたいのか?」


ドモンは一歩も引くつもりはない。

一気にその場が緊迫した雰囲気になった。


「ああ、すまないな。君を試したんだ」

「気が合うな。俺もだ」


改めて握手をしようとして出してきた手を、手を引きサッと躱したドモン。

笑顔のままピクッと片眉を上げた男の顔を見ながら、ドモンはタバコに火をつけた。こうなればもう関係がない。


喧嘩は売らないが、売られた喧嘩は買う。ただし7割引きで。それがドモンの信条。


キレイな絨毯を焦がさぬように、大慌てで侍女が灰皿を持ってきたが、ドモンはポケットから携帯灰皿を出し、その中へポンポンと灰を入れる。


「へぇ~それは異世界の道具かな?勇者の俺でも見たことがない素材だ」

「プッ!勇者って言いたかっただけだろお前クックック・・・」


不自然な台詞回しを笑ったドモンに対し、見る見るうちに顔色が曇っていく勇者。

勇者と知れば態度も変わるだろうという目論見が、ものの見事に外れたからだ。


「まあ勇者ってのは認めてやるよ。俺相手にそんな態度を取れるなんて、相当勇気がなきゃ出来ないからな」

「これドモン!よさんか!」


いよいよ見かねた義父がドモンを窘めた。

そんな言葉も今のドモンにはどこ吹く風。


「少しだけやる気が出てきましたよ・・・鍛え上げましょう。しっかりと」

「ことわ・・・」「うむ」


ドモンの返事を遮り、勇者に向かってドモンを託した義父。

流し目でドモンは義父をひと睨み。


「じゃあまた今度よろしくな。今はこれから外で焼肉なんだよ」

「明日以降と思ってたけれど、早速少しだけ実力を見せてもらおうか。それによって特訓内容を考え直さなけりゃならないしね。今晩よーく考えさせてもらうよ」

「断る。腹が減った」

「さあ訓練場へどうぞ」


勇者はドモンの腕を強引に引っ張り、体育館のような広さの訓練場へとドモンを連れ込む。

それを見届けたあと、義父は一度皆が待つ広場へと戻っていった。


訓練場の中には、勇者のパーティーらしき者達がドモンを待ち構えていた。



「実力を見せろったって、俺の最大HPは30前後で魔法も使えないんだけど?」と訓練場の真ん中でドモンはヤレヤレ。

「はっ!情けない男だねぇ!」


ドモンの目の前にやってきたのは、ミスター女子プロレスも真っ青な、筋肉まみれの短髪大女。

オーガの女といい勝負になるのではないか?というくらいの体つき。


大女を見上げるドモンに対し、勇者と魔法使いっぽい老人とシスターのようなきれいな女が、訓練場の壁に寄りかかりケラケラと笑っている。


「ドモンよ!まさか女相手逃げ出すような真似はしないだろうな?ハッハッハ!」と勇者。

「どっちかと言えば、そっちのシスターが相手の方がいいと思うんだけど・・・」

「残念だったね!あたいが相手だよ!幸せを噛み締めて昇天しな!」

「まあ・・・ギリギリこれもストライクゾーンなのが俺のすごいところだ。幸せを噛み締めて昇天させてもらおうかな?」


大女の言葉にニヤニヤと笑うドモンは、すでに赤い目をしている。

その異変に気が付き「む・・・」と小さく声を上げ、真剣な表情となる勇者。


「さあどこからでもかかってきな!!」

「油断するなミレイ!」大女に向かって叫ぶ勇者。


ドモンはニヤニヤとしたまま、大女に対してバンザイするように両手を差し出した。


「な、なんだ??」

「すごい筋肉だし、簡単に俺を持ち上げることが出来るかなと思って」

「はん!馬鹿にしてんのかい?あんたみたいな男なら片手で十分さ!」


右腕をドモンの胴に回し、軽々と持ち上げてみせた大女。

ドモンは「わあすごい」と言いながら、大女の首に両腕を巻き付け、抱きついた。


何度も叫ぶ勇者だったが、その声はもう大女に届くことはない。


ドモンが大女の耳元でゴニョゴニョと何かを囁く度に、ドモンを抱えている大女の手が少しずつ優しくなっていき、気がつけば大女の方が腰を曲げるようにして、ドモンに抱きついていた。


そのままミレイと呼ばれていた大女はドモンを下ろしてその場に座り、ドモンと少し向かい合ったあと後ろにパタリと倒れ、ドモンが馬乗りに。


「はいミレイ、俺の勝ち」

「あ~あ負けちゃったぁ~ウフフ。強いのねドモンは」


もうミレイにはドモンしか見えない。


「俺が勝ったら好きにして良いんだよな?じゃあいただきま~す」

「や、優しくしてね??ん、んぐ・・・」「ミレイ!!何があった!!」「ミレイさん!!」「ミレイ殿!!」


ドモンに押し倒されたミレイは、そのままあっさりと初めての唇を奪われ、人生で最高の幸せを手に入れた。

もう魔王なんてどうでもいい。勇者などどうでもいい。


ドモンのそばにいられるならそれでいい。


「離れるんだミレイ!」

「正気に戻ってミレイさん!!」

「あ、悪魔にしてやられたわい!」


駆け寄る仲間達を睨みつけるミレイ。

これから今まさに結ばれようとしていたところを引き離され、我を忘れるほど暴れだした。


エイに行ったようなただの暗示ではない。

ドモンがナナを手に入れた時のような、本気の告白。


もちろん全てが嘘である。ミレイはその嘘を信じた。純粋に。告白されたのは生まれて初めてのことだった。


まだ抱かれてはいなかったことだけが救いである。

・・・が、ミレイはこれからドモンを一生引きずることとなる。ドモンが救わない限り。


「あたいのドモンを返せええええ!!」

「ミレイ!!」「おー怖い怖い」


必死な勇者を尻目にドモンはペロっと舌を出し、とっとと退散。


「ドモン待って!行かないで!!」仲間達に押さえつけられたまま叫ぶミレイ。

「その仲間達に別れろと言われたんだ。恨むならその三人を恨んでくれ。ごめんな一生愛しているぞ」と訓練場を去るドモン。


「ンギギギギギアアアア!!!」とミレイは泣き叫び、自ら舌を噛み切ろうとした瞬間、くるっとドモンが振り向き「なんちゃって」と笑った。

時間が止まる勇者パーティー。


三人が押さえつけているミレイのそばにしゃがみ、その頭をそっと撫で「悪いなミレイ、遊びだったんだ」と、これも女にとっては酷い言葉をドモンが投げかけた。驚き、涙が引いていく。


「それに俺には大切な人もいるし、やらなければならないことがたくさんあるんだ」とドモンが適当な言い訳をすると、ミレイは徐々に落ち着きを取り戻した。ドモンへの好意は多少持ったままだが。

男の夢のために仕方なく別れた女性のような心境。好きだけど、ドモンのためにミレイは別れを選んだ。



「まあ遊び人の実力はこんなもんだ」

「・・・・しっかりと見させてもらったよ」


涙でぐちゃぐちゃになっていたミレイの顔を拭きながら、勇者はそう呟いた。




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