第309話
しっかりと冷えたアイスクリーム大福をナナとサンに持たせてドモンが広場に戻ると、マスターシェフと呼ばれる人物が大騒ぎをしていた。
「なぜすぐに呼ばなかったんだ!!その餅つきとやらは、どのようなやり方で、どのくらいの強さでどのくらいの時間やっていた?!」
「じ、女性達やお子様らが10分ほどと、男性達が強めに10分ほどでしょうか?米をこう手で返しながら・・・餅は杵というものを斧を振るような感じでこう・・・」
「ぬうううう!!わからん!!それだけでは!!」
自分がここに来ることを拒んだくせに、今更来て文句を言うマスターシェフ。
しかしこんなものを食べたというのに呼ばなかったとなれば、あとで更に怒ることは目に見えていた。
「ああああ!私はなんて機会を逃してしまったんだ!!」
「なんだよ、うるさい奴だな」
「ああドモン殿ですね?!この菓子の・・・この菓子の作り方をお教えいただけないでしょうか?!」
「やだよ!居ない奴が悪い。って言うより面倒だし」
ドモンとマスターシェフのやり取りを、この場にいた料理人達は素知らぬ顔・・・をしながら、心の中でほくそ笑んでいた。
他にも来ることを拒んだたくさんの料理人達が、今頃になって城の中で後悔をしているだろうと想像をしながら。
「さあ雪見・・・じゃなかった、アイスクリーム大福が出来たぞ。今回はガキ共から食え」
「おいドモン!何だその言い草は!」「ドモンがオジサン過ぎるだけだ」「立場を弁えなさいあなた!」
「同時に話すなって言っただろ。馬鹿ガキ共が。いいからさっさと食え!溶けてしまうぞ」
ポンポンポンとドモンが子供らに大福を手渡し、ついでにマスターシェフにも手渡した。
このままではうるさいからだ。
「あ・・・ちょっと硬くなってるけどうぅ~ん・・・はぁ・・・」とローズがうっとり。
「なんだこれは?!魔法か??」「もう訳が分からないよ。異世界ってすごいな」男の子達は普通の大福との違いに大混乱。
「こ、米とミルクがこんなにも調和するとは・・・信じられん・・・」とマスターシェフは呆然としながらも、独自の視点で感想を述べた。
レモンを加えたミルクで米を煮るものなど、米とミルクを使ったデザートも確かにあった。
だがそれはあくまで甘いミルク味の米であり、調和してるとは言い難い。
それに比べ、今食べたアイスクリーム大福は、中身はミルクを原料としてそれだけで成り立っている上に、米もそれ単体で成り立っている。しかも未知の食感で。
そしてそれらが合わさる時、それぞれの旨味を最大限に加速させている。完璧。
もちろんアンコの大福も完璧ではあったが。
「毎日でも食べたいわね。ううん、毎回食事の後のデザートはこれでいい」とローズも完食してニッコリ。
「食後ってお前、これから俺達は肉焼いて飯にするところなんだぞ?」とドモン。
「お前じゃなくてローズ!きちんと名前で呼びなさい!」
「別にどうでもいいだろそんなの。結婚とかしたら嫁のことを『お前』と呼ぶことだってあるからな俺は」
「!!!!・・・し、し、仕方ないわね!!じゃ、じゃあ許してあげるわ・・・・あ・・・あなた・・・・」
途中からものすごく声が小さくなった赤い顔のローズ。
ナナとサンは『またやりやがった!!』の顔でへの字口。
その後、アイスクリーム大福を食べた者達はもれなく大絶賛。
もうドモンの料理の腕を疑う者はいない。
「ねぇあなた。このお菓子に名前をつけようと思うの。ド、ドモンジュエルとかどうかしら?」とローズはモジモジ。
「やめろ恥ずかしい。それにこれは雪見・・・いや、んーそれじゃあ『プリンセスローズ』にでもしとけ」
「まあ素敵よ!あなたってば!ウフフ。あーあ、先生が私の王子様だったなんて」
「ちょちょちょ!あんた達離れなさいってば!!」
その後、この王国にとんでもない経済効果を生み出すことになる『銘菓プリンセスローズ』誕生の瞬間。
ドモンの腰に抱きついて顔を擦り付けてるローズを引っ剥がし、そんな名前をつけたドモンに文句を言うナナ。
サンは色々な意味でヒヤヒヤ。ナナの不敬にドキドキしつつ、心の中で「第二夫人は私です、第二夫人は私です」と呪文のように唱えていた。
「じゃあアンコの大福の方は『ナナの乳』ってことにすりゃいいだろ。これで引き分け」
「また始まったわ!このスケベおじさん!!どうして私のおっぱいを料理の名前にするのよ何度も!」
「それじゃサンのコロコロデカちく・・・」「だめぇ!!」そんな予感がしていたサンがギリギリで止めた。
「ならもう大福のてっぺんにこうやってシワを付けてさ、ほら出来た『エイの尻の穴』」「ちょちょ!!嫌です!!」エイは止めきれず。
「杵と臼は『男と女』、餅つきは『夜の営み』にし・・・ふぁ?」
義父の脇腹に抱えられ、ドモンはこの場から強制退場。そのまま城の中へと連れて行かれた。
ドモンの記念すべき初めての王宮入城は、脇腹に抱えられたポーズであった。ドモンは城の中の皆に、酷く冷たい視線を向けられた。当然の報い。
結局プリンセスローズ以外は元の名前に。
そしてアンコがまだ余っていたこともあり、再度餅つき大会が行われることになった。それにはマスターシェフもニッコリ。
焼肉に関してはタレ作りが難航している様子で、まだ時間がかかるとのことだったが、餅があるということでそこまで切迫した雰囲気ではない。
タレについて「うむ、これは途中で一度煮詰めてあるのだろう。恐らくこの順で混ぜ合わせていけば近いものになるはずだ」とマスターシェフの助言があったのは、二度目の餅つき大会が終わって、大福を食べ終わった頃。
料理人達全員が「早く言え・・・」と思ったのは言うまでもない。
「もう放せよ!何度俺を拐えば気が済むんだ!誘拐犯の悪人ジジイ!」
「はぁ・・・まったく・・・」
いつものようなやり取りをしたドモンと義父だったが、城のエントランスとも言えないまだ入口部分だというのに、使用人やら護衛やら執事やらがわんさとお出迎え。
右も左も突き当たりが見えないほどの廊下があり、正面の長い廊下の突き当りには大きなドア。
「城の中・・・だよな??」
「そうだ。まあ王城ではないがな」
王城と呼ばれる本城は、正面の大きなドアの向こう。
王城を囲むように、たくさんの城が四角く連なっている形になっており、ドモンがいるのは、その周りの城の内のひとつの、その入り口の入り口にすぎない。
「ジジイやあのガキ共もあの王城に住んでるのか?」
「そうだ。まあ時には・・・」
「正妻以外の嫁達と浮気スケベでズッポシやりにこっちにも部屋があるわけか。アハハ」
「貴様はまた!ここでは言葉遣いに気をつけなければならんのだぞ」
誰の目や耳があるとも知れないため、小声で助言をする義父。
失言一発で即この世から退場なんてことにもなりかねない。
貴族の、つまりカールの屋敷とは雰囲気もまるで違う。
荘厳で厳かという言葉がそのままピタリと当てはまる。
そんな中で騒いでいるドモンを例えるならば、豪華で静かなルーブル美術館の中、ひとりで騒いでいるヤバい奴のようなもの。
カールの屋敷でも初めての時は警戒され、冷たい扱いをされていたけれど、ここではそれどころの話ではない。
ゴミ以下の、汚物を見てしまったような目。
倉庫前の広場に来た者達をドモンは冷たく感じていたが、実はここにいる人らよりもずっとずっと優しかったのだ。わざわざ会いに来てくれただけ随分とマシな方だった。
ドモンを認めているのは、カールの義父がドモンの事を話した相手や、ドモンを実際に見た騎士達、そして一部の王族達だけである。
全ての者にドモンの事を知らしめるには、あまりにも人数が多すぎた。
王都の門でドモンの手紙を見た時の反応がまちまちだったのはこの為。
知らない者にとっては、新型馬車などの功績はあるものの、得体の知れない怪しい者であることには変わりない。
そもそも、その怪しい噂を広めることに一役買ってしまったのが、カールの義父である。
怪しい奴が暗躍し、貴族達を騙し操っていると皆に公言し、騎士達を集め出立したのだから。
王族である義父の客という特権も、王宮内ではあまり通用しない。
関係者以外は、大切な客であろうと所詮部外者。王家、王族がここでは最上位である。それほど特別な場所。
その中で認められるには、客ではなくその『関係者』でなければならない。
なので皆必死にドモンの役職などの相談をしていたのだ。
「なんだか移動販売の焼き芋屋になった気分だよ。待ってましたと歓迎してくれる人と、うるさい!と毛嫌いする人どちらもいて」
「なんだそれは」
「いーしや~きいも~って歌いながら、蒸した芋を売る移動販売が俺の世界にはあったんだ」
「なるほど。貴様を必要ないと思う者達から見れば、煙たがられるというわけか。確かに今の状況と少し似ておるな」
「そういうことだ」
義父にそう言ってから、思わずドモンがタバコを吸おうとしたが、流石にこの場はまずいと躊躇。
そんなドモンの元へひとりの男がやってきて、右手を差し出した。
その男は、ドモンとは違う圧倒的な存在感を放っていた。
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