第308話
「それで出来上がったこれをどう食せばよいのだ?この泥を付けて食うのか?」と義父。
「泥じゃないってば・・・このアンコを包んで玉みたいな形にするんだ。ひとつ作ってみせるからみんな見ててくれ」
台の上に片栗粉と砂糖を軽くまぶし、ついたお餅をドンと乗せ、手のひらサイズに餅をちぎってアンコをくるむ。
あっという間にそれは完成した。
「これが大福だ。最初はそうだな・・・料理人に味見をしてもらうかな?作るのを手伝って欲しいし、それなら味も知っておいた方が良いだろ」
「か、かしこまりました。では僭越ながらわたくしが」と先程の年長者の料理人が前へ。
いつもは最初に食べたがる義父やナナも、今回ばかりは様子見。
どう考えても食べられる気がしなかったためだ。
渋くて苦い豆を泥のようにしたところで、一体どんな味になっているのか?そう思っていた。
恐る恐るひとかじり。それと同時にカッと目を見開く料理人。
「は、早く!早く呼んできてくれ!マスターを!!異世界の!異世界の!!」
「え?は、はい?!」「すぐに!」
「おいおい、慌てて喉に詰まらすなよ?」とドモンは苦笑。
食感、味、喉越し、旨味、その他のすべてが初めて。理解不能の美味。大慌てでマスターシェフを呼ぶ。
何かに似ているといった表現は出来ない。思いつかない。
しかもそれをなんとか言葉で伝えようとしても、頭の中には「美味い」という言葉が溢れかえってしまう。
それでもどうにか味を伝えようとした結果、出てきた言葉が「異世界の」だった。
その言葉通り、この世のものとは思えない。それほどの衝撃。
「んふぅ~」と二口目をかじった料理人。餅が伸びて妙な声が出た。もうどうでもいい。ただただ幸せ。
口の周りを粉だらけにし、名残惜しそうに最後の一口。
「餅はつきたての方が美味いんだけど、中身のアンコは一日置いたらもっと美味いぞ。あとアイスクリームを入れて少し冷やして食うのも美味いんだ」
「!!!!!!」
「雪見だいふ・・・流石にそれはまずいか。アイスクリーム大福もおすすめだ」
「仕上がっているか!!そちらの方は!!」
「確認してみます!!!」
ドモンの言葉で料理人達は大慌て。
ナナもそれなら食べられそうと喜ぶ。
「ほら二個目、誰が食べる?ちなみに中身は栄養のある豆だから健康にも良いんだぜ?」
「じゃ、じゃあ私・・・」「私が食べ・・」「どれ、寄越せドモンよ」
ナナやサンの言葉を遮り、義父がドモンの手からひょいと大福を奪い、ガブッとかじる。
料理人の様子を見て、もう躊躇はない。怒るナナとサン。
「うおっ!!こんな物が存在するとは!!ハッ・・・んぐ・・・あぁ」
「な?美味いだろ?」
「ま、豆・・・この豆と米の在庫を確認しろ!!今すぐにだ!!!」
「はい!!」「は、はい!!!」
「おい無視すんなジジイ」
これまでの人生で、たくさんの美味しいものを食べてきた。
その中にはもちろん今までドモンが作ったものも含まれる。
驚き、感動し、満たされ、幸せを得る。義父は食に関しても、様々な経験を積んできていた。が・・・
それらとは全く違う感動があった。美味しいが、何故か優しく、そして懐かしいのだ。
「おいジジイ、何泣いてんだよ!ハッハッハ!!」
「う、うるさい!黙れ!!うぅ」
「わかった。母親のおっぱい思い出したんだろ?柔らかいし形も似てるし」
「・・・・」
もちろんそんなことはない。
だが、確かに母親の顔が頭に浮かんだ。
優しく、甘い匂い。
十数年後、義父が最期の時を迎えた際、遺した言葉が「馬鹿息子の作った大福が食べたい」だった。
今食べているのが、まさにその思い出となる味。
噛みしめる。噛みしめる。義父はただ噛みしめる。しっかりと記憶に刻むように。
「お手伝い致します!ご指導お願い致しますドモン様!」
「指導も何も、このくらいのアンコを包んで・・・クルンとこうするだけだよ。ほら出来た」
「イエッサー!!」「イエッサー!!」「イエッサー!!」「イエッサー!!」
「なんじゃそりゃハハハ」
こうなれば食べるのを躊躇する者などもういない。
ナナも出来上がった大福をひとつ奪って食べ「んーーー!!!!」と目を丸くしていた。
ローズも椅子に座った父親の膝の上で大福を食べ、「ウフフ!伸びちゃうの!」と笑顔。また涙が溢れてしまう母親。
ドモンがアイスクリーム大福を作り、馬車の中の冷凍庫に詰めて冷やしている間、ドモンの処遇についての話し合いが行われていた。
もちろんそれは悪い意味ではなく、どのような役職を着けるかどうかの話し合い。
庶民であるドモンを、王宮に自由に出入りさせるための口実でもある。
「だから私と養子縁組をさせてだな・・・」
「それでは伯父様の独り占めになってしまうのでは?!」
「俺達の教師ということにすれば良いんだよ」
「駄目だ。彼奴には教師など似合わぬ」
どれも全てドモンが断ることを知っているナナとサンが目を見合わせ、食べかけの大福を手に持ちながらプッと吹き出していた。
ドサクサに紛れてエイは美術担当顧問に。驚きすぎてひっくり返りそうになり、危なくまたお尻の穴を披露するところだった。
そんな中、馬車の中のドモンの元へ、一人の若者がやってきた。
「やあやあ、ドモンさんと言ったかな?僕にもその美味しそうな食べ物を分けてくれませんか?」
「うわびっくりした!いきなり何だよ、随分トッポイ兄ちゃんだな。これはもう少し冷やしてからじゃないと食べられないぞ」
「お願いします!今日は時間がなくって!」
「なんだってんだもう。今食べても中のアイスがビチャってハミ出て服を汚すぞ?」
「それでも構いません!ひとつだけでも!」
「仕方ないなほら・・・」
まだ冷やしていないアイスクリーム大福をひとつ与えると、若者は嬉しそうに頬張り、当然のように馬車の床と手と服を汚した。
「この馬鹿野郎!だから言っただろ!」
「んん~美味し~い」
「美味しいじゃねぇよもう!本当にトボけた野郎だ。トッポイお前の名前は今日からトッポだ」
「フフ!良いですねそれ!」
「良いのかよ・・・フフフ」
服の汚れも気にせずにアイスの付いた指をしゃぶる若者を、ドモンは少しだけ気に入った。
「あーもうひとつ・・・」
「駄目だ駄目だ!もう少しあとでな。みんなも我慢してんだから。みんなのとこに戻って一緒に待ってろ」とドモンが手でシッシと追い払う。
「僕、見つかったらまずいんですよ・・・実はここにもこっそり来たのです」
「お前、仕事サボって来やがったな?怒られても知らねぇぞ俺は」
「お前じゃないです。僕はトッポです」
「プッ!気に入るなっての!そんなあだ名を」
ドモンはゴソゴソと冷蔵庫の中を漁り、缶酎ハイを一本手渡した。
「なんですかこれは?」
「異世界の酒だよ。酒飲めるだろ?みんなにも大福食べさせたいし、今はこれで我慢しろ」
「うわー!そんな貴重なものを僕なんかに!!って、これどうやって飲むのですか?」
「ここからこうやって開けるんだよ。仕方ないなほら、開けてやる」
嬉しそうにドモンから缶酎ハイを受け取り、グビグビと飲み始めたトッポ。
大福が冷えるまでの間、ドモンもそれに付き合う。
「うはー!今まで色々なお酒を試しましたが、こんなお酒は飲んだことがありませんよ!」
「まあそりゃそうだ」
「これは炭酸泉を使用しているのですね?発泡する果実酒なら飲んだことありますが、あれよりもずっと美味しい」
「おおよく知ってるな。トッポは酒が好きなのか?」
「お酒も好きなのですが、珍しい物が好きなのです」
プハァとトッポは缶酎ハイを一気に飲んで良い気分。
優男風な見た目なのに飲みっぷりがよく、ドモンはすっかり気に入った。
「良いねぇ。まだ飲むか?」
「あう~!すごく飲みたいですけど、もうそろそろ戻らなきゃ怒られてしまいます」
「あらま残念だな。じゃあまた今度ゆっくり飲もう」
「良いですね!早速明日また来てもいいですか?もちろん対価は支払います。こう見えてお金はちょっぴり融通が利くのです」
自慢気に胸をドンと叩くトッポ。
その拍子にガフッとゲップが漏れた。
「あー明日は俺が街に用事があるんだよ。それこそ酒を飲みに行かないといけないというか・・・画家のホークって奴がとある酒場にいてさ」
「へぇ~良いですね街でお酒飲めるなんて」
「酒は街で飲んでこそだろ。いい女相手に飲むのが最高だ。ただ明日行くところは、多分ものすごく高い金を取られるところなんだよ。連れて行ってやりたいとこだけどちょっと無理だな」
「ぼ、僕を連れてですか?ありますよお金ならたくさん!今日のお礼に僕が奢ります!お城で仕事して結構お金貯めてるんで任せてくださいよ!」
高いと言っているのに張り切るトッポ。
本当にトボけた性格をしている。
そこへサンとナナもやってきた。
「ちょっとドモン!みんな待ってるわよ?って誰?!」「わあ驚きました!」
「すみません皆さん、僕はトッポと言います。ちょっとお城を抜け出して、ドモンさんのお菓子とお酒をこっそり頂戴していたのです」
「何よそれ、あんた大丈夫なのそんな事してて。今だってみんなに見つかったら怒られちゃうんじゃないの?」
「そーなんです!」
少し呆れた表情のナナに注意されるも、またトッポはトボけた受け答え。
「まあとにかく明日ホークのところのバーには、奢ってくれるっていうこいつと行くことにしたからさ、ナナとサンとエイはどっかで待っててくれ。恐らく女と一緒には入れないと思うんだよ」
「えーずるーい」「うぅ・・・」
「こんなお綺麗な女性達をほっとくなんて可哀想ではないですか。それならお城の中に入って休めるように伝えておきますよ?」
「お?それが出来るならありがたいな」「それならいいわ!一度見てみたかったし」「明日は一日お休みでお城の見学ですね!」
ほろ酔いのトッポがニコニコと提案し、ドモンらもその言葉に甘えることにした。
「では僕はまたこっそり戻りますね。ドモンさん明日の夜明け頃、またここで」
「おう分かった!・・・って夜明け?!早すぎるってば!店だって開いてないだろうに」
「朝早くじゃないと抜け出せないんですよぅ」
「あーもう仕方ねぇ。わかったよ。本当にトッポイ野郎だ」
そう言ってトッポは馬車から降りて、コソコソと去っていった。
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