第311話

勇者一行と一緒に広場に戻ったドモン。

その姿を見るやいなや、待ってましたとばかりに料理人達が駆け寄ってきた。


「タレの味見を!」「確認をお願いします!」


料理人達の輪の中心で、マスターシェフがどうだと言わんばかりの得意げな顔をしているのを見て、ちょっぴり吹き出すドモン。


そんなドモンの左腕の袖をちょんと摘み、かがむような格好で横に立つミレイ。

頬を赤く染めながら、膝も腰も首もなるべく気が付かれないように少しだけ曲げ、少しでもドモンを大きく見せようとしていた。


それを見た瞬間、しまったという顔を見せた義父。

てっきり勇者がドモンの相手をするのだと思っていたのだ。


当然ナナとサンもすぐに気がついた。


「ドモンあんた・・・」

「な~んにもしてません!こちら勇者のパーティーだそうだ。俺がなにか出来るはずないだろ?」

「えぇ?!本当に!???」


ドモンの浮気を真っ先に疑ったが、ドモンについて来たのが勇者パーティーだと知り、ナナは一気に大興奮。

冒険者にとって最高の憧れの存在の、スーパースター軍団である。冒険者ではないサンやエイも驚くほど。


普段は国を跨いで世界中を旅している勇者パーティー。

見たことがない者がほとんど。

「会えるのって凄いことなのよ?!」と興奮したナナにドモンが肩をパンパンと叩かれていた。


「まあ街で会っても自分からは勇者だとは言わないので、案外気が付かれないものなんですよ」と勇者。

「なんかさっき、思いっきり自己紹介してたような気がするんだけど?勇者の俺って・・・」と笑うドモン。えっ?!という顔で勇者の方を見た仲間達。勇者の顔は真っ赤。


「あのタレの味見を・・・」

「おおどれどれ、味見させてみろ」


険悪な雰囲気になる前に、なんとか上手く誤魔化してこの場を脱出したドモン。

「あぁドモン・・・行ってしまったわ」と、離れていってしまったドモンを見つめるミスター女子プロレス・・・ではなくミレイ。

突然の女性らしい言葉遣いに驚愕する勇者達。もちろんこんなのは初めてのこと。


サンはドモンについて行き、ナナは賢者と大魔法使いのふたりとも挨拶。

エイは「あなたもなのね・・・でも叶わぬ恋なのよそれは」とミレイに話しかけていた。


「やられたか・・・」と勇者に語りかけた義父。

「あっという間に。どうしようもなかったですね。本気の戦いならあれでパーティーは壊滅ですよ。結局助けてくれたのもあの方で」

「やはり当初からの見立て通りか?」

「まあ恐らくは。結果的に見てもそうなりますね」


カール達が洗脳され操られているかも知れぬと、義父が当時相談した相手がこの勇者だった。

話し合いの結果、悪魔の仕業と判断し討伐へと旅立った。

勇者らも付き添う予定だったが、もし万が一全滅した場合に備え、勇者達は一旦控えておくことになったのだ。


このふたりの見立ては正しかった。ただ、ひとつ誤算があるとすれば、その悪魔は人間達にとって有益で良い悪魔だったということ。


勇者は何度も義父を説得したが、義父もまた勇者を何度も説得し返した。

様々な葛藤の中、実際に会った結果がこれである。


強く、しかし弱くもあり、得体も知れず、憎らしく、愛嬌がある。冷徹であり、だが優しい。

心理戦の駆け引きでは、絶対にドモン相手に先手は取れない。


そして一番は、圧倒的な人たらし。


「おい小僧!」と勇者に手招きをするドモン。

「フフ行ってやれ」と微笑む義父。


「ジジイが格好つけて『行ってやれ』とか言ってなかっただろうな?」

「え・・いやその・・・」「く・・・」言葉に詰まる勇者と義父。


「どうせ俺を悪魔がどうの、殺さずになんとかしろだのお祓いしろだの言ってたんじゃねぇの?」

「そ、そこまで言っては・・・」

「じゃあ途中までは言ってたんだな。状況は把握した」

「う・・・!!」


ドモンの誘導尋問にあっさり引っかかった勇者。


「まあそれを責めちゃいないし、俺自身もなんとかしてくれって思ってるから、手伝えよ小僧」

「俺は小僧なんかじゃない。アーサーだ」

「勇者アーサーってか。なんともよくある名前だな。ヒールーとかヨールーにでもしろよたまには」

「ご、御主人様ダメですよ・・・」


試作されたいくつかのタレに小指を付けて味見をしながら、勇者に向かって好き勝手を言うドモン。

ドモンのこういった態度に慣れているサンでも焦る。


「お、俺は・・・」

「ほら食え。きっとこれが俺がこの世界に来た理由だからよ」

「え?」


肉を一枚焼き、ドモンが選んだタレを付けて皿ごとアーサーに渡した。

「ありがとうな天才料理人」「この程度のことならいつでも」と親指を立てあったドモンとマスターシェフ。


その時点でもう答えは見えている。美味いに決まっている。


フォークで肉を刺し、口に含んだアーサー。

「あ!口の中にお肉がまだある状態でお米を口に入れるの!!」と、離れた場所からナナのアドバイスが飛ぶ。なんなら、お米の上で肉をポンポンをした様子がないのがナナには不満。


その声でそばにあった炊きたての米をたっぷり口に含み、何度か噛み締めてゴクンと飲み込む。

こうして勇者も天国へと堕ちた。皆と同じように。



焼肉のタレの調合を完璧にこなしたマスターシェフ。

焼肉の味見を終えるとすぐに、味噌と醤油を作り始めたというカルロス領へと旅立つことに決めた。

味噌と醤油に無限の可能性を見出したこのマスターシェフは、やはり有能だった。


そんなマスターシェフが、他にどんなレシピがあるのかとドモンを質問攻めにし、料理人達はたいへん驚いていた。

宮廷料理人の最高責任者でプライドも高く、普段ならばそんな姿を絶対に見せない。

それがメモを片手に「はい」「なるほど!」と素直に教えを請うているのだから、驚くのも無理はない。


改めて料理人達は理解した。このドモンという男は特別なのだと。


ドモンの指示通りに、料理人達がスライサーで肉をカットしていく。

オーガ達から貰った高級肉は、王族達と勇者パーティー、そしてドモン達へ。

他の者は備蓄してあった肉をカットし、分けることにした。


夜21時半から始まるバーベキュー大会。

いつもならばローズも少し眠たくなってくる時間帯であったが、この日は大興奮でまったく眠たくならない。

ほらお母様!見てドモン!と焼けた肉にタレをつけ、モグモグと肉を頬張っては「異世界のお味!毎日これならいいのに」と満面の笑み。大福の時にも同じようなことを言っていたので、恐らくローズなりの一番の賛辞の言葉なのだろう。



「もうどうしてそうなるの?大魔法使いともあろう方が!こうよこう!ング!」

「こ、こうですかな?」「フフフ」


ナナが必死に箸の持ち方を指南。

焦れったくなってしまい、箸で持ち上げた肉をついそのままパクリと食べ、そばにいた賢者の女性が笑っていた。


サンはここにいる侍女達と一緒になって給仕に徹していたが、王宮の侍女も全く敵わないほどの手際の良さで、皆ほれぼれとその動きを眺めている。

特に男の子ふたりはもう夢中。

サンに良いところを見せようと張り切り、薪に魔法で火をつけようとしてやりすぎ、すっかり消し炭にしてしまい怒られていた。

クスクスと笑ったサンの顔を見て、説教は右耳から入り、そのまま左耳から出ていく。



エイとミレイが『ドモン被害者の会』を結成して一緒に食べているところへ「さっきは悪かったなミレイ」と、高級ワイン片手に咥えタバコでドモンがやってきた。


「王都ではもう女性を押し倒さないと奥様と約束していたでしょう?」とエイ。

「いやぁ・・・だってアーサーだかって小僧が生意気だったし、それにこいつも案外可愛いところがあってついな」とミレイの方を見たドモン。

「や、やめておくれ!あたいなんか、もうとっくに女なんて捨てていたというのに」ミレイはモジモジ。


「女捨ててる割には無駄毛の処理もしてるし、可愛いアクセサリーなんかも付けてるじゃないか」

「そ、それはただの女の嗜みとして・・・」

「こうやって恥ずかしそうに言い訳してるところが、もう十分可愛い女の子だよ。少なくとも俺にとってはな」


ぶっきらぼうな態度と見せかけ、さり気なく優しく褒めてくれたドモンに、ミレイはまた顔が真っ赤になった。

ミレイにつられてなぜかエイまで顔が真っ赤。


被害者の会の被害は増すばかり。この被害者の会に、ローズや数人のオーガ達などが加わるのはもう少しあとの事。



そうして楽しい焼肉大会はあっという間に終わりを迎えた。皆大満足の顔で後片付け。

王族達や勇者パーティーは一足早く城の中へ。


片付けを済ませ、ドモンが呑気に一服をしていると、ドモン達は改めて城の中へと招待を受けた。

城の中での宿泊が許されたのだ。


「トッポが口利きしてくれたのかな?」


馬車を預け、ドモンらは呑気に城の中へと入っていった。



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