第567話
「大工の家ってこの辺だよな??」
「うちが多分あの辺だから、道は間違ってないはずよ?」
「玄関は見覚えあるけど、前に馬車とか入れた車庫みたいなのが無くなってる気が・・・ほら最初に来た時の裏口の」
「そこから裏手の大きな建物みたいなとこに繋がってるわね」
以前は一軒家の横に車庫のような作業場があり、そこでドモンがサスペンションの説明などをした。
現在はそれが壊され通路となっていて、その道が家の裏手にある大きな建物と庭のような場所へと繋がっているのが見えた。
雰囲気的には向こうの世界の、車メーカーのディーラーのすぐ横や裏手にある修理工場のような見た目。
車両出入口と書かれたその通路を恐る恐る車で通過し、抜けた向こう側には広々とした駐車場があった。
そこに何台もの馬車や、小型化された自動車らしきものが停まっている。
「だ、大工さんの家と繋がってるわよ?この建物・・・」
「工場なのか?大工の工場が出来たってのか?!」
密集した住宅街の中、ちょっとした小学校ほどの大きさの建物と駐車場。
その光景にドモンもナナも、そしてサンも口をあんぐり。
元を知らないシンシアとアイは、ただ興味深げに窓の外を望んでいた。
「親方~!ドモンさんがいらっしゃったようですよ~!」
どこかの誰かの叫び声がして、すぐにあの大工がニコニコと現れた。
作業をしていた弟子達、数十名を引き連れて。
「やあドモンさん、なんだかまた大変だったみたいだね」
「おい大工、俺のことなんかいいから説明しろ。どうなってんだこりゃ。お前、向こうでこんなこと一言も言ってなかったじゃねぇか」
「あら?そうだったかな。まあ建物自体完成したのが先週だからね。それにこの土地や建物全部がうちのものってわけじゃないんだよ」
「なるほど、貴族かなんかが一枚噛んでるんだな?ちょっとだけ話が見えてきたぞ」
要するにここは貴族の所有物、簡潔に言うなら別荘のようなものであった。
ただし中はすべて大工らが自由に使用でき、当然住むのも自由。その権利だけがカール達にあるということ。
賃貸料の支払い義務もなし。
「あっちこっちに建ててる貴族様のもののひとつだから、ドモンさんに報告するのもすっかり忘れてたよ」
「まあそういう事なら理解できるけども・・・それと気になったことをもうひとつ」
「なんだい?」
「街がえらく発展してるみたいだけど、これってどうなってんだ?」
「ああ~、へへへ」
中世ヨーロッパのような状態からたった半年で、一気に昭和初期から中期くらいまで飛んだ気分。
もちろんナナ達も驚いてはいたが、ドモンにはそれが異常としか思えなかった。
「この街もドモンさん達の街に負けず、随分新しいものが増えただろう。ドモンさんから貰ったいくつかの本があるだろう?あれをギドさんが全て読んでさ、もう次から次へと設計図を送ってきて」ヤレヤレのポーズだが、大工の親方はどこか自慢げ。
「なるほど」
ちょっとした本とドモンの簡単な説明やヒントだけで、エレベーター付きの高層ビルを設計した男である。
そんな天才にドモンが買ってきた本を何冊も読ませれば、街の様子が一変するのも当たり前。
その影響力は、ドモンが初めて街にやってきた時の比ではない。
ドモンは少し寂しく思えたが、それが実力の差。
ただ『知ってる』というだけの男とは比べ物にならない。
「あいつはいつも無茶な注文ばかりつけやがるが、出来上がった物を見れば文句も言えねぇよ」横から現れた鍛冶屋。
「よう鍛冶屋。なんだか話を聞く限り大変そうだな」
大きな鉄の部品から小さなバネやネジまで。もはや鍛冶屋と言うよりも鉄工所。
ギドもこれには「僕らが作れないようなものも、あの方達に頼めばなんとかしてくれるんです」と感謝していたのをドモンも聞いた。
「フフフ、まあいざとなったら器用な奴がいるからな。俺の所にも大工の所にも」
鍛冶屋の親方が右手の親指を立て、右斜め後ろの方をクイクイと指差すと、照れ笑いを浮かべながら肩を組んで喜び合う二人組の男の子がいた。ドモンが銀貨を与えた、例のあの子供達だ。
本来一人前になるまでに数年から十数年かかるところを、持ち前の器用さで一年も経たないうちに一人前になったのだと言う。
まだ親方連中には敵わないものの、この調子で行けばすぐに追いつけ追い越せの実力を身につけるだろう。
「てなわけで、俺達もそろそろ親方としての威厳を示さにゃならないと、ふたりである装置を作ったから、ドモンさんの車に取り付けて、その具合を確かめてもらおうと思ったんだ」と大工。
「前に言っていた雨を払う装置が出来たんだ。動力部分はギドにも手伝ってもらったが、あとは俺らが作ったんだぜ」ヘヘンと鍛冶屋が笑った。
「おお!ワイパーがついに出来たのか!これで雨の日でも休む必要がなくなるな!」
「こんなの俺達にはまだまだ作れないよ」「設計図を見てもさっぱりだったもんね」とその男の子達。
雪ならば、面倒だが外に出て雪さえ払えば移動は出来た。
ただし雨の日だけは、ワイパーがなければ運転は無理。雨が上がるまで待つ他なかったのだ。
これがまだ自動車が普及しなかった原因のひとつでもある。
馬車の場合、御者さえ雨に当たるのを我慢すれば、タオルで顔を拭きながら進むことが出来るからだ。
サスペンションと同様、自動車においてのワイパーは、とんでもなく重要な発明品。
これは元の世界でも同じで、発明されてから百年経っても基本構造はほぼそのままという、画期的でありつつも完成された最高傑作だ。
ワイパーの取り付けには数日かかるとのことで、ドモン達は車を置いて、徒歩で自宅まで帰ることになった。
「落ち込む必要はないわ。あなた達だって頑張っていれば、いつかはこんなのを作れるようになるわよ」いつの間にかアイは、男の子達の側に。
「そうかなぁ」「ま、俺ははじめからそのつもりだけどな」
身振り手振りでまだ何やら相談をしているドモンと親方二人を見つめる三人。それを遠巻きに見る他の弟子達。
サンとシンシアは車に荷物を取りに行き、ナナはドモンの数歩後ろで暇そうに大あくび。
「お父さんも言ってたわ。出来なければ出来るまで頑張りゃいいだけだって。それでも出来ないものもあるけれど、その努力は決して無駄にはならないんだって」
「うん・・・そうだね」「へー良いこと言うじゃないか。まあお前も頑張って飯食えよ。大人になってもそんな胸じゃ、誰も吸っちゃくれねぇぞハハハ」
「な?!何言ってんのよ、このマセガキ!私は大人よ!!」
「ハイハイ分かった分かった。将来誰も吸ってくれない時は、俺が吸ってやるから安心しろ」「アハハ僕にも任せてよ」
「スケベ!バカ!嫌いよもうあんた達なんて!」
男の子達にからかわれ、両手で胸を隠してプイッと横を向いたアイ。
アイと息子達は、やはりお互いのことがまだ分からなかった。
しかしこの日二度会っただけですっかり打ち解け、アイは男の子達の事が本当に嫌いにはなれなかったし、普段は女の子に対して奥手な男の子達も、アイに対してだけは何故か気軽に冗談が言えるようになっていた。
「あなた達、そんなスケベなことばかり言ってたら、いつか・・・」クルッとドモンの方へ同時に目線を向けた三人。
「あの人みたいになっちゃうわよ」「ドモンさんみたいになっちゃうね」「ドモンさんみたいになっちまうな」
突然名前を呼ばれ、「ん?」とドモンが声のした方へと振り向くと、同時にほぼ同じことを言ってしまった三人が、同じ笑顔でケラケラと笑っていて、間違いなく親子であるとドモンは確信した。
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