第54話

「す、すごい香りねドモン」


ナナがクンクンとカールに盛ったカレーライスの匂いを嗅ぎはじめ、「ええい!お前はやめんか!」とカールが追い払う。


「また犬みたいなことを・・・ほらナナの皿はこっち。ワンちゃん今日はチキンカレーだぞ~!おすわり!待て!」

「ワンワン!」

「よーしよしよしよし良い子だ」


ドモンにまた犬のような扱いを受けたというのに、つい喜んでしまうナナ。

普通ならば怒らなければならないはずなのに、ドモンにそうされることが嬉しくてたまらない。


その様子を見てカールが呆れつつ、カレーをスプーンで掬って口に運ぶ。米と一緒に食べる事を知らず、カレーだけを口に入れてしまった。が、それでもカールは驚愕した。



「うおっ!!」



貴族であるカールは、食事をしていて叫んだことなどほぼ記憶にない。ドモンが作った肉じゃがで初めて叫んだくらいだ。だが今回はそれ以上に叫ばずにはいられなかった。


鼻を突き抜けるスパイシーな香り。複雑な味わいと強烈な旨味。

体が震え、全身に鳥肌が立つほどに美味い。


「ああごめんごめん、こうやって米と一緒に掬って食べるんだ」とドモンが一口食べて見せると、すぐにナナも真似をして口に放り込む。


「ん!!!!!!!」


ナナも目を見開き絶句した。

それらのやり取りを見て、ヨハンやエリーやグラ、そして医者や騎士達も食べ始める。

ドモンに怪我をさせた男と冒険者達は、流石にまだ遠慮をしていた。


「な、なんだこれ?!・・・・兄さん!凄いよこれ!」とグラが思わず素を出してしまう。

カールも「あぁ、信じられんよな・・・」と放心しつつ、カレーライスを口に運び続けている。


「美味しいわぁ!!」とエリーがぴょんぴょんと何かを跳ね散らかし、ヨハンが「こんな物、味わったことがないぞ」とツルツルの自分の頭をペチンペチンと叩いた。

騎士達は最初に驚いたきり、もう一心不乱に食べ続けている。



「お前らも遠慮するな」とドモン。

「いやしかし俺らは・・・」

「僕もありがたいけれど食べる権利はありません」


冒険者と細身の男が断る。

それに対してドモンが当然「いいから早く食え」と言おうとしたが、その前にナナがすぐに「いらないの?!じゃあ私食べる!!」と手を上げた。


「いらないなら俺が食べるぞ?」

「いや私が食べるべきであろう」

「いやよぉ!!私も食べるわぁ」

「治療費として俺が頂こう」


ドモン以外誰一人優しい言葉をかけようとする者はいなかった。領主までもがその余裕が無いほどに美味いのだ。


「ほら早く食わないと食われちまうぞ?ちなみにもうこれを作る素がないから、俺が異世界に戻らない限り、まず二度と食べられないものだ」

ドモンがそう言うと全員の目の色が変わる。


「た、食べます!!」

「お、俺も!!」

「ぼ、僕も頂きます・・・」

「どうぞどうぞ・・・の流れだなこれ」


ドモンは笑っていたが、慌てて食べ始める冒険者達と細身の男を見て、皆落胆の色を隠せない。


「か、金に物を言わせてでももう一杯食べたかった」とグラが本音を丸出しにしてしまう。

カールが注意をするかと思いきや「確かにそれほどまで魅惑的な味だからな」と同意してしまった。



「ドモンさん、これはあなたの世界ではいくら位で売られているものなの?」と素朴な疑問をエリーが投げかける。

もちろん異世界に戻った時に買ってきて欲しいと思ったからだ。


「まあ安くはないだろうな」とヨハンも予想する。

「ドモンに食べさせてもらった高いお肉に匹敵するか、これはそれ以上な気がするわ」とナナ。


「いくらなのかはわからぬが、これを食べるのにいくらまで払えるか?としたならば、これと同じ量ならば金貨50枚は出せる」

「それこそ王に献上すると考えるなら、それでも安いくらいかもしれないな」

カールとグラが勝手にカレーの値段を超高額査定し、ドモンがエールを吹き出した。なんと驚きのカレー20皿500万円査定である。



「それ一箱10皿分で銅貨10枚くらいだぞ。2箱買ってきたから銅貨20枚ってところだ。一皿銅貨1枚だな」とドモンが笑う。

しかし誰も信じようとはしなかった。またドモンが冗談を言っていると思ったのだ。


「そんなわけがなかろう。嘘も大概にしろ」とカールがため息を吐く。

「その値段で作れたら、毎日それを作り続けるだけで大儲けできるわねぇ。ウフフ」

「こんな物を店で出せば大変だろうな。毎日貴族や王族、そして世界中の金持ちがこれを求めてこの街にやってくるだろう」


エリーやグラも全く信じていない。

確かに米や具を抜けばの話だが、一皿10円だと思うとドモンも信じられない。これだけ様々なスパイスや調味料を使用してるというのに、あまりにもコストが安すぎる。

だが本当なのだから仕方ない。


「それが本当なんだよ、信じられないだろうけど。100人前作ってもこっちで言えば銀貨1枚だ」

「・・・・」


改めてドモンが真顔でそう言ったことで、それが真実なのだということがようやく伝わった。

その文化のあまりの違いにショックを受ける一同。



「いや俺だって魔法見てびっくりしたんだからな?お互いに信じられないと思うことは色々あるよ」

「そうであるとは頭では理解しているんだが・・・貴様を見ていると、私達が何歩も遅れているように感じてしまうのだ。この食べ物ひとつ取ってみても、そしてそれをその値段で流通する社会の仕組みを考えてみてもだ」


ドモンとカールのやり取りを、皆真面目な顔で聞いている。

タバコに火をつけ煙を吐くドモンを横目に見ながら、カールは話を続けた。


「貴様が持つ知識はそちらの世界では当たり前でも、こちらでは貴重な財産なのだ。まだきっとあるのであろう?その『信じられない』ことが」

「まあ・・・あるんだろうな」

「全部とは言わん。出来るだけで良いからそれを私達に授けて欲しい。この食べ物のように」

「馬車が出来たら今度は買い出しの他に調味料の作り方調べて、そしてモーターか・・・やる事たくさんあって面倒だなぁ」とドモンが笑う。



「まあだから・・・とにかくお前はもっと自分を大事にしろという事だ」

「利用価値があるからってか?」

「そうではない!」


ドモンの言葉に声を荒げるカール。


「ドモンよ、兄さん・・・いやカルロスはこんな言い方しているけど、本当に心配しているんだ」とグラが微笑んだ。

「ハハハ冗談だって!わかってるよ。こんなのでも友達だからな」

「こんなのとは何だ!こんなのとは!」


またカールをからかい怒らせるドモン。

ただそのカールも本気で怒っているわけではない。

こんな人となりであるからこそドモンはカールを気に入り、カールもドモンを気に入ったのだから。寧ろ友達という言葉を受けて気持ちが高揚していた。それが皆にバレぬようになんとか冷静さを保つカール。



「で、馬車出来たらどうすっかなぁ?」とドモン。

口にカレーがついているナナが首を傾げながら「なにが?」と聞く。


「一度買い出しに元の世界へ戻るか、隣街の工房に行ってモーターを作るか、どうしようかなって」

ドモンがそう答えると、一番に反応を見せたのはカールだった。


「こ、これを買ってくるのか?」とカレーライスが入っていた皿を指差す。

相当お気に入りの様子である。


「それだけじゃなく、米とか酒とか色々な。今度は馬車があるから大量に買うつもりだけど・・・金が無いから限りはあるけどな」

「それは心配するな。領主として金を出しても問題はない。馬車も必要ならば何台か出そう」

「そんなあっさり俺に金なんて持たせたら持ち逃げするぞ」

「ふん!貴様は嘘つきで詐欺師で女ったらしであるが約束を違えたりはしない」


カールにそう言われたドモンが「女ったらしは関係ねぇだろ・・・あってるけど」と文句を言うと、ナナがジロリとドモンを睨んだ。


「何にせよ、金貨を向こうで換金するにも個人じゃ限度があるんだよ。あまりに大量だと盗んできたと思われるし」

「なるほど」

「それでも俺が買えるギリギリまで買って帰るつもりではいるから、馬車は一台借りようかな?」

「その時は手配しておこう」


「様々な情報を仕入れつつ、出来る限り換金して色々買ってくる。このカレーももちろんたっぷり買うよ。屋敷の子供らにも食べさせたいしな」

「ああ、頼むぞ」


カールが頷き、ナナが「わーい」とバンザイをしていた。



話を終えると帰り支度を始めるカール達。

細身の男と冒険者達は、ドモン本人の願いもありお咎めなしとなった。


貴族や騎士を見送る準備をしていると、カールがおもむろに振り向きナナとエリーに話しかける。


「お前達、明日屋敷の方まで足を運べるか?」

「え?私?」と驚くナナ。

「エリーもだ」とカール。


「え?えぇ・・・な、何のご招待なのでしょう?」と焦るエリー。

「今日の礼をすることになってな。まさか此奴がこんな事になってるとは思わなかったが」とカール。


「ヨハンはどうしたら?」

「もちろん一緒でも問題はない」

「俺は店を見てますんで・・・というよりドモンがね・・・」


エリーがヨハンについて来てもらおうと思いそう聞いたが、ヨハンがやんわりと断りを入れる。

こんな和気あいあいと会話をしているが、ドモンは先程斬られているのだ。

誰かが看病をしなければならない。


「まあちょっと流石に俺も明日はキツいと思うから、二人で行っといでよ。馬車でも出してもらってさ」

「古い馬車になるが良いか?」

「この二人は大丈夫だろ。お尻でかいから多少揺れても気づきもしないよ」


ドモンの言い草にカール達が軽く吹き出し「では」と去っていく。

エリーとナナは赤い顔をして膨れていた。



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