第53話
「只今お医者様をお呼びしております!今しばらく辛抱を」と騎士が伝えつつ、皆を落ち着かせた。
「また縫われるのか・・・今度こそ麻酔してくれないかな?」ドモンは憂鬱な顔。
麻酔無しで縫われるのはいつものことだが、針が通る度にいちいちチクチクするのが鬱陶しい。
特に手や指は神経が多いので痛く感じてしまうのだ。
「とりあえず医者が来るまで酔っ払っておくか」と、エールをグラスに入れて飲み始めた。
ドモンは呑気にタバコを吸いながら酒を飲んでいたが、冒険者達と細身の男が何とも言えない気まずい雰囲気で、まだ呆然と立ち尽くしている。
ヨハンは上から毛布を持ってきて、エリーとナナにかけていた。
その十数分後、店に医者が到着し、そしてドモンの姿を見て深いため息を吐く。
「お前はまた・・・せめて前の傷が癒えるまで待てんのか」
「よくあるよくある」
「以前言っていたそれは本当だったんだな」
「だからそうだってば」
医者がドモンとそんな会話をしながら傷口を見て「4針というところか」と、縫合の準備に取り掛かった。
「麻酔は?」というドモンに「4針くらい我慢しろ」と睨みつける。
針を刺すたび「あーいてぇ」だの「うひょー」だのドモンが声を出していると、その声でナナが目覚めてムクリと起き上がり、ぼーっと寝ぼけたような表情のままドモンの横に座って左手を握っていた。
指の縫合が終わると、今度は剣を叩きつけられた左肩の治療へと入る。
多少血が滲んではいたが、細身の男が非力であったのと剣の扱いが慣れていなかったのもあり、ただの打撲であると診断され治療はなかった。
それを知り細身の男が申し訳無さそうにしつつも、少しだけホッとした表情を見せる。
「今回はそれほど大怪我ではなさそうだな。あくまでお前の基準ならばの話だが。まあ普通の人間であれば指の骨まで見えていたのだから大怪我だぞ」
「こんなの怪我のうちに入らないよ」
医者の言葉にそう返したドモンをナナがキッと睨む。
いくらなんでも無謀すぎだと思ったからだ。
しかしエリーのこともあり強く言うこともできなかった。
そのエリーもここでようやく目を覚まし起き上がった。
「う~んドモンさん・・・ドモンさん・・・ごめんなさい」と謝り、また涙を拭う。
「ドモンよ、許してやってくれ」と、エリーに肩を貸しているヨハンも一緒に謝る。
「謝るのは俺にじゃないだろ。こいつにだ」とドモンが細身の男の方を向く。
「もういいんです、わかってくれればそれはもう・・・それよりも僕のせいで」と俯く細身の男。
「いや俺らのせいだ」
「本当にすまない」
「酔っていたでは済まされないことをしてしまった」
「注意されてついカッとなってしまって・・・俺がグラスを奪って投げつけたんだ。俺が一番悪い」
冒険者達が深々と頭を下げ、ドモンと細身の男に謝罪をした。
「あぁ・・・いや謝ってくれたら僕はもう・・・」と細身の男が謝罪を受け入れるも、ドモンは「それじゃないんだよなぁ」と浮かない顔をして階段を上っていってしまった。
程なくして小さな箱を2箱持って戻ってきて、厨房へと入った。
「ヨハン、じゃがいも6つとタマネギ4つの皮むきと、鶏もも肉を5つ分くらい一口大に切っといて」
「あ、ああ」
ヨハンに頼みながら米を炊く準備を始めるドモン。
ドモンが買ってきた米はこれで全て使い切った。
「準備できたぞ」
「じゃあ大鍋で軽く具材を炒めたら、水を、えぇ~と1300の倍だから2600ccか。まあこのグラスで10杯ほど水入れて煮てくれ」
「わかった」
米をコンロにセットしながら、ヨハンにそう告げてドモンが戻っていった。
店内では医者以外、皆まだ呆然と立ち尽くしている。
先程のドモンの言葉が引っかかっていたのだ。
医者だけが椅子に座り、事の成り行きを見守っていた。
「ねぇドモン、何が『それじゃない』なの?」とナナが問う。皆が聞きたかったことだ。
「ん~まあな・・・グラスを投げつけたことよりも、もっと酷いことしただろ?って話よな」とドモン。
細身の男だけが「あ・・」とその何かに気がついた。
「直接受けた傷ならいつか治るし、濡れたズボンもいつか乾く。だけど心に受けた傷はずっと癒えない。医者も治せない」
「・・・・」
ドモンの言葉を黙って聞く一同。
「嘘をついただろ?全員で。こいつはきっと勇気を振り絞って、自分なりの正義を貫こうとしたんだ。だよな?」
「・・・はい」
「なのに逆に犯人に仕立て上げられた。全員の嘘で。でもね、それ以上に悔しいことがあるんだよまだ」
「・・・・・」
ドモンの言葉に細身の男が頷く。
「何かしら助けようと思ったんだろ?店のために」
「・・・店というか・・・皆さんがそちらの女性の事を・・・僕はそれが許せなくて」
男がエリーの方を見るとエリーが驚いた表情を見せ、冒険者達が一斉に顔を背けた。
「なるほどな・・・で、その守ったはずのエリーに、逆に悪人扱いされて追い出されたと。そりゃ傷つくだろうよ。さらわれたお姫様を勇者が命懸けで助けたのに、その姫様に『帰れ!』と言われたようなもんだ」
ドモンはそう言いながら、どこかの配管工が8-4まで姫を助けに行って、「いや帰れよ」と言われるところを想像した。
「辛くて悔しくて・・・でも僕は間違ってないって、宿に戻ってからも頭の中で何度も何度も・・・」と細身の男が俯き、拳を握りしめる。
「そ、そうだったの・・・」エリーが震えながらまた泣き出す。
「せめて一言、ありがとうと言ってくれてさえいれば、もし殴られたって耐えられるだろう。でもな・・・そりゃ辛いよ」
「それでさっきお母さんに向かってドモンが許さないと言ったのね・・・お母さんがごめんなさい・・・」
ドモンの説明に納得したナナがエリーの代わりに細身の男に謝った。
エリーも「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」と何度も謝る。
「エリー、たった一言でいい。『ありがとう』と言ってやれ」
ドモンにそう言われたエリーがうんうんと頷きながら細身の男を抱きしめ「ほ、本当に・・・ありがとう」と言った瞬間、男は号泣した。
それを見届けドモンが厨房へと入る。
入れ替わりでヨハンが厨房から出てきて、細身の男に感謝をしていた。
そこへ「ドモンの具合はどうなのだ!!」と店に飛び込んできたのは、カールとグラと騎士達数名。
当然のように驚く一同。冒険者達と細身の男は特に驚き、数名尻餅をつく。
「カールさん、ドモンはなんとか無事です。多少指を縫いましたけれども」というナナの言葉に、ホッとするカールとグラ。
「あれ?どうしたのこんな時間に」とドモンが厨房から顔を出す。
「どうしたもクソもないだろう!貴様が剣で首を斬られたと聞いて飛び出してきたんだぞ!」とグラ。
「誰だよ大げさな。首じゃなくて肩と指だし」とドモンが笑う。
「それでも笑い事ではない!そして犯人はどうなったのだ!」とカールが叫ぶと、その言葉に細身の男がビクッとしたが、ナナが「大丈夫よ」と声をかけた。
「犯人なんかじゃねぇよ。俺を斬ったのは勇者だ。な?みんな」というドモンの言葉に一瞬きょとんとしたが、皆静かに頷く。
そしてナナと医者が事の顛末を詳しく説明した。
「貴様は何故そう無茶をするのだ。今貴様がいなくなれば、この街のどれだけの人間が困るのかよく考えろ」と呆れるカール。
「先程屋敷から帰ったと思ったらこれだからな。子供達に知られぬように屋敷を出るのが大変だったぞ」とグラも愚痴を吐く。
だがこうやって悪態をつけるほどの怪我で安心もした。
「で、お前らは何を言ってたんだ?エリーに向かって」と米を盛った皿を皆に配りながら、ドモンが冒険者達に聞くと一気に青褪めた顔になる。
「カール達もちょっと食っていけよ。これはしばらく食えるもんじゃない珍しいものだぞ」とテーブル席に座らせた。
「あ、あのそれは・・・」
「もう正直に言って?私も気持ち悪いもの」とエリーが冒険者達に問う。
「いやその、ええとそのなんというか・・・」
言葉に詰まる冒険者達。細身の男も赤い顔をした。
「エリーへの陰口って、もうおっぱいの事じゃないの?俺も今日言ってたからな。エリーにおっぱいが付いてるんじゃなくおっぱいにエリーが付いてるんだって。カールも確かにそうだと頷いてたぞ?」
「!!!!!」
「お?図星か?」
「流石にそこまでは言ってなかったです・・・」と細身の男。
冒険者達よりドモンの方が余程失礼なことを言っていた事が判明した。
「ちょっとぉカールさん!」とエリーが赤い顔をして怒るが「待て待て!!言ったのはドモンだろうに!!」とカールが言い訳をする。
「ドモンさんは最初からそういう人だから仕方ないにしても、領主様がそれを認めるってどういう事よぉ!」
「だーかーら!なぜ此奴が許されて私が責められるのだ!!」
「いけいけおっぱい!その爆乳でカールをビンタしてしまえ!あ、それじゃカールは大喜びか」
エリーとカールのやり取りに割って入るドモン。
ナナがドモンの耳を引っ張り「お母さんのことをおっぱいって呼ばないでって言ったでしょ!!」と怒ると、「イテテー」とドモンが涙ぐみながら厨房へと引っ込んでいった。
ドモンの大セクハラ発言連発に信じられないといった表情を見せる冒険者達と細身の男。そして騎士達。
そしてそんな事で争いになったことがあまりにも馬鹿馬鹿しくなってしまい「・・・ハハ・・・」と乾いた笑い声が出てしまった。
「大体お前の娘など裸で街を歩いておったのだぞ!どういう教育をしたらああなるのだ!」
「なによ!ちょっと服着るのを忘れただけじゃないのよぉ!元々そういう子なのよ!」
なんやかんやと言い争いをしていた中で、なぜか突然とんでもないとばっちりが飛んでくるナナ。
「ちょ、ちょっと!裸じゃないわよ!誤解だわ!!」
「でも街の人にほぼ全部見られたよなククク」とドモンが厨房から茶々を入れる。
「し、下だけよ!」
ナナの爆弾発言に、医者がエールを盛大に吹き出す。
そんな会話をしながらドモンが全員に皿を配り終え、湯気の出ている大鍋を持って厨房から出てきた。
「はいスケベさん達そこまで!飯の時間だよ」と叫ぶドモン。
そこにいる全員が『お前が言うな』という気持ちになったのは言うまでもない。
「これが俺の国の国民食と言われているものだ」
そう言いながら茶色の液体を、皿に盛った米の横に目の前で順番に盛り付けていく。
皆その見た目に、そしてその香ばしい香りに釘付けとなり、言い争いが一瞬にして終了する。
「先程から匂っていた美味そうな香りの正体はこれか」と、全員を代表してグラがドモンに問いかけた。
「ああ、これがカレーライスだ」
湯気の中に見えるその食べ物は、まるで金塊のように輝いて見えていた。
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