第52話

ドモンの横に座ったナナが「怒ってるの?酔った客が暴れたりすることはたまにあるのよ。こういう店だから」と話しかける。

「まあ怒ってるっといえば怒ってる。多分違う意味だけどな」とタバコに火をつけながら、ドモンは憮然とした表情。


夜ももう遅く、冒険者達以外に客はいない。

ヨハンとエリーは厨房で料理を作っていて、その様子は見ていなかったとドモンは聞いた。

割れたグラスの位置と濡れた床。


「どうも気に入らねぇなぁ」


そう言うとドモンはエールを飲み干し、グラスをカウンターにドンと置いた。

その時である。



「出てこいお前ら!!ぶっ殺してやる!!」



店の外から怒声を込めた声が聞こえ、店内に響き渡った。

キャーという声も外の方から聞こえ始め、店の中にいた皆が外へと飛び出すと一人の男が剣を抜いた状態で立っていて、それを離れて取り囲むように人が集まり辺りは騒然としていた。


その男は、先程エリーが叩き出した旅人風の細身の男だった。



ナナが剣に手をかけるがドモンが止める。

が、冒険者達の中の数人が剣を抜いて対峙した。


訳もなく街中で抜刀することは重罪であり、やむを得ない場合は正当防衛として斬り捨てることもある。

誰かが呼んだのか、数名の騎士や憲兵も駆けつけてきていた。


「おうおう!店に迷惑かけた上に剣まで抜いちまったかお前」

「これは許されねーぞ」

「覚悟は出来てるんだろな?」


冒険者達が凄む。

だが「お前らを殺して僕も死ぬ!!絶対に許さない!!」と男も震えながら返した。目には涙を浮かべている。


「皆離れろ!離れろ!」という騎士達の声が響き、その男を囲みはじめる。

憲兵達も剣を抜き、弓を引いて狙いを定めていた。



そんな時、スーッと剣を構えた冒険者達の横をすり抜け、つかつかと歩いて男の前に立つドモン。

「危ない!」という声が響くと同時に、振り下ろした剣がドモンの左の肩口に当たった。


呆気にとられた表情から怒りの表情に変わったナナが、剣を抜き飛び出す。

騎士達も一気に距離を詰め、男を叩き斬ろうとした。


が、その瞬間、ドモンが男を抱きしめた。



切られた肩口から血は滲んでいるものの致命傷には至らず。

細身の男では扱うのが難しい大剣だったのが幸いした。

だがそんな事はお構いなしで、ドモンはその男をグッと抱いていた。


「な、何だお前は!!」

「辛かったな」

「邪魔をするな!僕は彼奴等を殺すんだ!!」

「お前じゃないんだろ?悪いのは」


錯乱する男を抱きしめて抑えながら、ドモンがゆっくりと語りかける。

「うるさい!お前には関係ない!」とドモンを突き放そうとするも「駄目だ」とドモンも引かない。


「本当は何があったか教えてくれ」

「誰も僕を信じちゃくれない!僕は間違ってなんかいない!」

「そうだお前は間違ってねぇ!!」


ドモンの声が周囲に響き渡り、直後カチャンと剣が地面に落ちた。

それを見てナナや騎士が一気に詰め寄ろうとするも、ドモンが左手で制す。


「僕は・・・僕は・・・」と男が泣き出した。

「グラスを投げたのは奴らだな?お前から奪って」と、ドモンが冒険者達を指差す。

涙を流しながらウンウンと男が頷く。


「デタラメ言うなお前!」

「そうだそうだ!」

「そいつがやったんだよ。いきなり投げつけてきたんだ!」


冒険者達が揃って男を追い詰める。

それに対してドモンが反論した。


「座ってる奴にグラスを投げつけて、なぜテーブルの横でグラスが割れるんだよ!なぜお前らが濡れずにテーブルの横の床が濡れてんだよ!」

ドモンがそう言うとエリーがハッとした表情になる。


「店を出てきた時、こいつのズボン濡れてたよ。なあエリー!わからなかったのか?!」

「私・・・ごめんなさい・・・常連さん達みんながそう言ってたからそうだと思い込んで・・・ごめんねぇ」

ドモンに詰められ、エリーもポロポロと泣き出した。


「俺は許さねーぞ、お前らもエリーも。こいつがどれだけ悔しい思いしたのか!どれだけ辛い思いをしたのか!どれだけの覚悟をしたのか!」

ドモンも涙を浮かべる。酷い充血により、真っ赤な目となった。



「罪のない人間がだ!死を覚悟するほどだぞ・・・クソ共があああ!!!」



感情の限界を迎えたドモンが怒りの咆哮。

その咆哮が空に届いたのか、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。


ドモンは真っ赤な目のまま悪魔のような形相で冒険者達を、エリーを、騎士や憲兵達を、そしてナナをも睨みつける。

その姿に怖気づき、皆ズルズルと後ずさりをし、エリーは腰を抜かしてヨハンとナナに支えられていた。

恐れた憲兵がドモンの方へと弓の狙いを定め始めたが、ガタガタと手が震え、まるで狙いが定まらない。



力いっぱい右手の拳を握りしめながら冒険者達の方へと向かおうとするドモンを、今度はその細身の男が止めた。


「もういいんだ!もういい!」

「・・・・」ドモンが頭から湯気を出しつつ、くるっと男の方へと振り向く。

「本当にありがとう。僕を信じてくれて・・・ありがとう」


そう言って爽やかに笑うと、おもむろに持ってきた剣を地面から拾い上げ、自分の首に当て思いっきり引いた。

噴水のように黒い血飛沫が雨の空中を舞い、キャーという悲鳴があちこちからあがる。



しかし男の首は切れてはいなかった。切れたのはドモンの右手の人差し指。

寸前でドモンが右手を差し出し剣を握り受け止めたのだ。

吹き出す血を顔に浴び「あ、あ、あ・・・」と混乱している男の肩にドモンが手をかけ、ニコっと笑うとドモンの黒い血が赤色へと変化した。


「うまいもん食わせてやる。飲み直そうぜ」


そう言って男を連れ、ズルズルと左足を引きずりながら店の中へと入る。

慌てて騎士のひとりがドモン達を追いかけ店に入り、その後ろからヨハンとナナに支えられたエリーが泣きながら入ってきた。

数名の騎士が馬を走らせ、憲兵が周囲に集まった人々を帰らせる。


「ふぅい・・・そこの騎士の人、外にいる冒険者達を中に入れてくれ。頼む」

「し、承知した」

「い、いいの?!」


ドモンが絶対に許さないと言った冒険者達を呼んだことにナナが驚く。


「いいんだ。俺から話がある。だけどその前に・・・飯作りたいんだけど血が」とドモン。

「そ、そうだったわ・・・どうしようこんなに血が出て・・・どうしたらいいの・・・」

エリーの事とドモンの怪我で、もう訳が分からないナナ。


そこへ「こ、これを使って下さい」と中に入ってきた冒険者のひとりがポーションを差し出し、ドモンの怪我へと振りかける。

だが以前と同じように何故か傷は治らない。傷口からは骨が見えていた。


それを見て「あああ・・・」と声を出しながら、ナナが意識を失い床にドサリと倒れた。

騎士が慌ててナナを横向きに寝かせ、冒険者達が荷物を枕代わりに頭の下へと入れる。


「とりあえずなんか止血できるものないかな?」とドモンが言うとエリーがよろよろと近づき、きれいな白いナプキンを泣きながら渡した。

細身の男がそれを受け取りドモンの指に巻いたが、あっという間にナプキンが真っ赤に染まってしまった。

それを見て今度はエリーが失神してしまい、ヨハンが支えてゆっくりと床に寝かせる。


店内は混沌とし、誰もが頭を抱えているような状態だったが、当の本人はタバコに火をつけて、止血のために右手を心臓よりも高い頭の上まで上げながら「パニック映画かな?」と呑気に椅子に座っていた。





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