第55話

貴族達と騎士達が去り、店内に静けさが戻る。

細身の男と冒険者達がまた気まずい雰囲気になってしまった。

それを打破しようとナナがドモンに語りかける。


「それにしてもドモン、よくわかったわね色々と。まるで当事者みたいに」

「・・・本当に・・・僕の心の中を読み取られているような気持ちでした」


ナナの言葉に細身の男も同意する。


「・・・まあ俺も経験あるんだよ。5歳くらいの時だけどな」と話を始めると、ヨハンとエリーが皆にエールを配り、全員がテーブル席へ座った。



「こっちにもあるのかわからないけれど、保育園という子供を預ける施設があってな、俺も毎日そこに預けられてたんだ。で、ある時5~6人の男の子が、絶対に触っちゃいけないといつも言われてた物置を開けて、何かいたずらをしてたんだ」

「うん」

「俺も勇気を振り絞ってさ、注意したんだよ。やめろって。似てるだろ?今回のことと」

「そうね」とナナがドモンの話に相槌を打つ。


「その後も全く同じで、案の定女の先生がすぐにやってきて怒り始めるわけだ。俺はやっと先生が来てくれたと思っていたんだけど、そこでみんなに『ドモン君がやれと言いました』と嘘をつかれて」

ドモンは苦々しい顔をしながら少し笑ってタバコに火をつける。


「もちろん俺は違うと言い張ったんだけど信じてくれなくて、俺だけビンタされたんだ」

「あぁ・・・」エリーが顔を伏せる。


「いくら言っても信じてもらえないしよ。母親に言っても信じてもらえずに、40年以上経った今でも信じてくれないんだよな。たまに会ってその話になる度に、俺は悪人にされてるよフフフ」

「・・・・」


「それから友達と遊ぶこともなくなって保育園でも一人ぼっちになり、誰のことも信じられなくなっちゃったんだ。で、もう嫌になって何度も死のうとしちゃ小さいから死にきれず失敗繰り返してさ」

「死んじゃ駄目よ・・」とナナが声を絞り出す。


「もう生きようが死のうがどうでもいいと自暴自棄になったまま生きてたら、この歳になっちゃったんだよ。なのに全然死なねぇのアハハ」とドモンが笑う。そしてそんな事が今まで何度もあったと。


よくよく考えてみれば、先日暴行された時にも、一瞬ドモンがグラに疑られていたのをナナは思い出していた。



少しだけドモンのことがわかったナナ。

どんな怪我をしても平気そうな顔をしているのではなく、本当に死んでもいいと思いながら生き続けてきたからこうなったのだと。

ドモンの生まれた境遇や経験、それによってドモンは体も心もやはり傷だらけなのだ。

そしてそれを癒やしてくれる家族も味方もいなかった。傷をつけていたのは、味方であるべき先生や家族なのだから。



『俺には家族が何かまだわからない』



今日屋敷でドモンに言われた言葉を不意に思い出し、ナナは切なさに耐えきれず階段を駆け上がっていってしまった。

静かな店内にナナのワァァという泣き声が小さく聞こえる。



「ドモンよ・・・なんと言ったらいいか・・・」とヨハンが言葉を詰まらせる。

「まあ俺なんかのことより、俺みたいな奴がもう一人増えなくて良かったよ」

そう言って細身の男の背中をパンと叩いた。


「みんなも気をつけてくれよな。そして悪いと思ったならまた店に来て、たらふく飯食って酒飲んでくれよ!わかったな?」と冒険者達に語りかける。

「はい、それはもう二度と・・・そして必ずまた来ます」と冒険者達が深くお辞儀をし帰っていった。



「お前はこれからもその調子でいい。だけど無茶はするなよ?俺が言えた義理ではないけれど」と細身の男に忠告をする。

「本当にごめんね。そしてありがとねぇ」と改めてエリーが細身の男に頭を下げた。

真っ直ぐドモンの方を向き「わかりました!」と頭を下げ、細身の男も店を出る。それを見届け、医者も帰っていった。



「さてドモンはナナのところに行ってやってくれ。店じまいはエリーとやるから」

「体も休めてね・・・そしてドモンさん、ごめんなさい」

二人の言葉に「じゃあ今日は甘えさせてもらうよ」と答え、ドモンがイテテと肩を抑えながら階段を上っていった。


ナナの部屋に入ると、ベッドの上でまだナナがワァァと泣いている。


「また泣いているのか。泣き虫め」

「だって!うぅ・・・」

「俺は死なないし大丈夫だって」

「死ななくても傷が増えていくじゃないのよ!小さい頃からずっと!」


ナナの言葉にドモンは反論ができない。

実際に今日もまた二つ傷が増えたのだから。


「癒やしてあげたいのに出来ないの」

「そばにいてくれるだけで十分癒やされているよ」

「でも癒やしてる間に新しく怪我するの」

「じゃあそれ以上の凄い癒やし方教えてやろうか?」


ドモンがそう言うとナナが泣き止み、キョトンとした顔でドモンの顔を見た。


「エリーとナナにしか出来ない・・・」

「やっぱりいい。もうわかった。ドモンに聞いて損した」


ドモンの言葉を遮り今度はふくれっ面になるナナ。

ベッドをポンポンと叩いて「早く来なさいこのスケベ」と口を尖らせたが、実はナナもそうしたいと思っていたのだ。


ナナの双丘に顔を挟まれながら、ドモンはすぐに眠りについた。



翌朝ドモン以外の三人が開店準備をしていると、ガラガラと立派な馬車が店の前に停車した。護衛の騎士も数名やってきて、店の周りが少し騒然となる。

「お迎えに上がりました」と騎士達が店の中に入り三人が驚いていると、ドモンが寝ぼけ眼で階段を降りてきた。


「一体何だってんだい?昨日領主様が言ってたけれど・・・」

「それは秘密にしておくようにと言われておりまして・・・ただ決して悪いことではございませんのでご安心下さい」


ヨハンの言葉ににこやかに答える騎士。


「だってさ。俺は怪我が治ってないし、流石に今日は無理だから休ませてもらうよ」

「う、うん、じゃあ行ってくるわね」

「な、何かしらねぇ・・・お屋敷に行くなんて初めてだし怖いわぁ」

「まあ悪いことじゃないってんだから大丈夫だろ。俺はなんとなく察しがついたけどな」


ドモンがニヤリと笑ってふたりを送り出す。


「察しがついたって何のことだ?」と開店準備をせっせとしながら問いかけてきたヨハンに「まあ式も近くなるかもな。じゃあ悪いけど今日は寝かせてもらうよ」と言い残して、ドモンは階段を上がっていった。



屋敷に到着して玄関をくぐると、ずらりと並んだ侍女達と子供達がふたりを出迎える。


「お母さん、きょろきょろしないでよ・・・」

「だって私こんなところ初めてで」

「私だって昨日そうだったんだから」

「でも~」


ナナとエリーがそんな会話をしていると、女の子のうちのひとりが「本当に倍はあるじゃない・・・」と囁き、呆れた顔をしていた。


『エリーにおっぱいが付いてるんじゃない。おっぱいにエリーが付いてるんだ』


ドモンの言葉を思い出し、納得した表情を見せる子供達。

そんな子供達をよそに侍女達が一礼をし、屋敷内のとある一室へと案内を始めた。



ソワソワとしながらその部屋へと入ると、カールの他に数人が待っており「どうぞこちらへ」とにこやかにふたりを迎え入れる。


「ねぇカールさん、何なのこれ?」と不思議そうな顔をしたナナが問う。

「これナナ失礼だよ。あ、あの本日はお招きいただきましてええと・・・」と、普段とは違うエリーの話しぶりに思わず吹き出すカール。


「フフそんなに畏まらなくても良い。いつものようにで構わん」

「だって・・・ねぇ?」

「お母さんはドモンじゃないんだから」


カールがそう言ったものの、どうにも場に慣れないふたり。

そんなふたりに周りの見知らぬ人達がにこやかに話しかける。


「お噂はかねがね聞き及んでおりますよ」

「ドモン様のこともご婚約者であられる貴女様のことも、もちろんお母様のことも」


ご婚約者と言われエヘヘと頭をかきながら照れ笑いするナナ。

豪華な馬車でのお迎えや、まるで貴族にでもなったような扱いに気分は高揚していた。が、そんな気分も一瞬で終わった。



「ねえおっぱい!ドモンはどこ?」



部屋に飛び込んできた子供らのうちのひとりの男の子が、前日の調子で話しかけてきたからだ。


「誰がおっぱいよあんた達!それに見なさい!おっぱいはこっち!」とナナがエリーの方を指差す。

「酷いじゃないのよぉ!もう~仕方ないわねぇ」とエリーがニコニコ笑うと、子供達も「ごめんなさーい」と素直に謝り、エリーに近づいていった。


エリーから放たれる強烈な母性に子供らが一発でやられてしまったのだ。

ドモンが来ていないこともエリーから伝えられたが、みんな「はーい」と素直に受け入れた。



「ちょっとあんた達!随分態度が違うじゃないのよ!」

「あなたはドモンとくっついてデレデレしてるか、ずっと怒ってるからじゃないの?」

昨日ナナに食ってかかった女の子がそう言ってフンと鼻息を荒くする。


それを見ていたエリーが「みんな仲良くしないとだめよぉ」と体を左右にフリフリしたところで、全ての争いが収まった。


「これが噂の・・・」と少し偉そうな雰囲気の白髪の紳士がカールに話しかける。

「うむ」

「かなり手強い、いや、やりがいがありますな」


そう言ってふたりをじっと見つめていた。




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