第56話

「それでカールさん、これは一体何なのでしょうか?」と子供達の頭を撫でながら聞くエリー。

ナナも「それとこの人達は誰なの?」と続けた。


それに対してカールが答える前に隣の老紳士が答える。


「申し遅れました。私共は王都の方でドレスの仕立てなどを行っている者です」と一礼をした。

「私達の服の殆どを作ってもらってるのよ」とエリーに抱きつき、甘えながら女の子も答える。


「えぇ?!それってもしかして王族お抱えの?!」とエリーが驚くと「そういうことになりますかな」と老紳士がニッコリと笑った。


もちろんそれは一流中も超一流。

手袋ひとつを買うのにも、庶民が手を出すには躊躇してしまうほど値が張る超一流ブランドである。


「そんな人達と私達を会わせてどうするの?」とナナが不思議そうにカールに問う。

「お前達はドモンと違って察しが悪いな。少しはドモンを見習うがいい」と笑ったが、それでも何のことなのかわかっていないふたり。


「お前頭悪いなぁ。仕立て屋が来てるんだからドレスを作るに決まってるだろ!」と男の子が呆れた顔をした。



それを聞いたナナとエリーが顔を見合わせしばらく沈黙した後、


「いやムリムリムリムリ!!無理よ!!何言ってんのよ!!」

「私達はそんなお金持ってないのよ!困るわぁ!」


両手を胸の前で左右に全力で振るふたり。

こちらの世界で言うなら、どこかの国の女王が着るような、誰もが知る某超有名ブランドでオーダーメイドのドレスを作るようなものだ。手が出るはずもない。


ナナは、一年くらい頑張って金貨10枚ほど貯めようという話をドモンとしていたくらいなのだ。

ドレス一着金貨数十枚、高級ドレスにもなると金貨数百枚なんてものまであると、ナナは噂を聞いていた。

庶民には到底無理な話。


青褪めた顔のふたりを見てカールと老紳士がクククと笑う。


「心配はするな。代金なら昨日ドモンが払ったであろう」とカール。

「ド、ドモンに払えるわけないじゃない!」

「そ、そうよぅ!」


ナナとエリーが当然のように否定した。

ドモンの懐事情は誰よりも知っているふたりなのだ。

しかしそんなふたりに老紳士も答える。


「私達も代金の方は頂戴いたしましたよ?素晴らしいパンと、あの雲のようにフワフワとした綿あめというものを」


そう言って目を細めた。

ナナは気が付かなかったが、昨日偶然屋敷にて居合わせていたのであった。


「そ、それにしたって・・・」

「ドレスはお金を積めば買えるものですが、あれはいくらお金を積んだところで簡単に食べられるものではございません。ドモン様がいらっしゃったからこそのものでございます」

「で、でもぉ・・・」


説明を受けても困惑するふたり。


「現に王族ですら食せてはいないものなのだぞ?それがどれだけの価値があるか考えてみるがいい」とカール。

「出来れば私もカルロス様がおっしゃっていた、カレーライスなるものも食べてみたかったところですがホホホ」と老紳士が笑う。

その瞬間、カールがしまった!という顔をしてすぐに顔を背けたが、子供達がジロリとカールを睨んだ。


「どういうことなの?カレーライスってなぁに?」

「あの後ドモンさんに会ったのですか?」

「え?え?え?なにそれ?ずるくない?!」

「・・・・・・・・大人って」


捲し立てるように子供達がカールを責める。


「ごめんねぇみんな。実は昨日私のせいでドモンさんが怪我しちゃったのよ。それでカールさんが心配して様子を見に来たの。でもあなた達に心配かけたくないから内緒にしてたのよ」とエリーがカールを庇った。

「また怪我したのあの人・・・怪我が治る前に怪我するなんて」と女の子が顔をしかめる。


「それで行ったついでに新しい美味しい物を食べてきたと・・・」

「美味しかったんだろうなぁ」


ふぅ・・と小さなため息を吐く子供達に「カレーライスはもう無くなっちゃったけど、今度子供達にも食べさせたいからまた買ってくるって言ってたわよ」とナナが伝えると「さすがドモンさんだ!」と表情も晴れた。

それを見てホッとするカール。



「ま、まあそういうことだからして、お前達にドレスを進呈することとなったのだ。それにそうでもしないとあの男は礼も受け取らないであろう?タバコや酒くらいしか興味が無いからな」

そう言い、オホンと咳払いをして威厳をなんとか取り戻す。


「そういうことならお言葉に甘えて・・・でも本当にいいのかしらねぇ」とエリー。

「そういえば出掛けに『俺はなんとなく察しがついたけどな』ってドモンが言ってたけど、この事なのかな?」とナナが頬に手を当て首を傾げる。


「彼奴がそう言ってお前達を送り出したのなら、恐らくある程度は察しているであろうし、了承もしているはずだ。だから遠慮することはない」

「それに私共としましても、是非ドモン様と顔をつないでおきたいというのが本音なのでございます。それを考えるとこの度は絶好の機会なのです。きっと衣服に関しましても、珍しい知識をお持ちになっていてもおかしくはないですから」


カールに続いて老紳士がそう言い頭を下げた。

確かにドモンと初めて出会った時、珍しい格好をしていたとナナは思い出す。

青いズボンに長めの上着。正装のようにも見えたし、普段着のようにも見える不思議な格好だった。

今はエリーが用意した普通の服を着ていて、ごく稀に自分の服を着ている状況だ。


「それじゃお願いしていいのかしら?その代わりと言っては何だけど、今度ドモンが異世界からやってきた時の服を見せてあげるように頼んでおくわ。珍しい格好してたわよ?」

「あの青いズボンと黒い服のことねぇ!黒い服は軽く洗ってもいいけど、青いズボンは洗っちゃ駄目って言ってたから汚れたままよ?ドモンさんは『それがいいんだ』と笑ってたけど」と不思議顔のエリー。


「是非お願い致します!出来れば今日明日にでもお願いしたいくらいでございます!」と老紳士が興奮気味に語りだす。

「今日は怪我で寝てるから無理だと思う。明日なら大丈夫かな?」というナナの言葉に「それでは私の方から伺います!」ともう一度深く頭を下げる。




そんなやり取りが行われた後、奥の部屋で採寸が行われる事となった。


「お前達しっかり頼むぞ!これは我らにとって一大事業なのだ!」と数人の女性達に老紳士が発破をかけると「はい!」と返事を揃え、テキパキと準備を始める。

子供らは「エリーさんまたねぇ!今度おうちに行くからね!」と手を振り去っていった。



しかしその採寸は困難を極めることとなる。

まずナナの方から採寸が行われたが、胸の大きさが桁外れで、トップとアンダーの採寸だけではまともにドレスを作ることが出来ないということが判明したのだ。

トップとアンダーのその間のいくつかのサイズ、縦幅や横幅、高さなど事細かくサイズを図る羽目になった。


一般のサイズだとものの数分で終わる作業だが、胸だけで一時間近くかかってしまい、そこからウエストと巨大なヒップにかけ、また全く同じような作業が繰り返されることになった。



が、それがまだマシな話だと皆が気がついたのが、昼食を挟んで午後になったあとの事。

エリーの採寸が始まってからだ。


当然ナナよりも苦戦必至となり、何度も老紳士の元へと従業員の女性達が往復する羽目となった。

それでもどうしても上手く行かず、エリーの許可を得て老紳士も入室。

だがその熟練の業を持ってしても、まともに採寸することが出来ない。


胸が大きすぎる上に柔らかすぎ、その時の力加減によってサイズが十数センチも変化してしまうのだ。

そしてエリーが少し前かがみになるだけで、トップの大きさが異常なほど変化する。


「そっちを抑えていろ!」「なぜそこを放した!」「合図とともに全員同時にメジャーを1センチ下げろ!行くぞ!」

老紳士が何度も何度も指示を飛ばす。

それでなんとか採寸するも、一部を測り直すとどうしても十数センチのズレが生じてしまう。


数時間をかけようやく採寸が終わった後、エリーが「でも私、その日の体調によって大きさが変わっちゃうのよねぇウフフ」と笑うと、老紳士が膝から崩れ落ちた。



その言葉を受け、サイズがある程度変更可能なドレスを仕上げることに。

更にサイズ合わせのために何度も足を運べないので、王都から職人を大至急呼び、ふたりの木彫りの彫刻を後日作ることとなった。つまりマネキンである。

それが決まった頃には、もう日がすっかり傾きかけていたのだった。



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