第57話

エリーの採寸を待っていた数時間もの間、ナナは子供らと綿あめ作りをして一緒に食べて待っていて、なんやかんやと大人気なくやりあってはいるものの、子供達も姉が出来たような気持ちになり、随分と打ち解けた。


そこへようやく採寸を終えたエリーがやってきて「お待たせナナ、なんだか大変なことになっちゃったわねぇ」と苦笑い。

そんなエリーを見つけると、子供らがワッと一斉にエリーの周りに集まって抱きつく。


「サイズ合わせのための彫刻を作るのに、また今度来なくちゃならないみたいねぇ」

「えぇ?!そうなの?そこまでしてもらわなくてもいいのに」

「やっぱりしっかりしたお店だと、仕事もしっかりしているものなのよきっと」

「採寸だけでこれだもんね」


そんな会話をエリーとナナがしていると「ふたりともまた来るの?」と子供達がキャッキャと喜ぶ。

そこへ侍女が大慌てで飛び込んできた。



「ドモン様がお二人のお迎えに上がりました!」



「えぇ?!」と驚きの声を上げる一同。

子供達は喜びの声を上げたが、ナナは「あのバカ!」と頭を抱える。

当然それは貴族達、そして仕立て屋の老紳士の耳にまですぐに連絡が入った。


皆がエントランスに集まり侍女が玄関を開けると、黒のロングジャケットを羽織ったドモンが夕闇の中、タバコ片手にフラフラと、上機嫌でゆっくり歩きながら近づいてくる。

その様子はまるで死神か悪魔が命を奪いにやってきたような様子であった。



その姿を見つけナナが一番に飛び出し、怒りながら駆け寄っていったが、おーいと手を振るドモンの顔を見るとついつられて笑ってしまい、いけないいけないと首を振って真顔を作る。


「おーい迎えに来たぞ」

「ちょっとドモン!なんで寝てないのよ!・・・ってお酒臭っ!!」


ドモンはベロベロに酔っ払っていた。

灰皿を持って後からやってきた侍女も、その様子を見て少し呆気にとられる。

泥酔して貴族の屋敷にやってくる客を見たことがなかったからだ。


「いやぁほらヒック・・一応昨日の怪我を診てもらおうと思ってさぁ・・医者のところへヒック」

「ほらしっかりなさいもう・・・それでなんで酔ってるのよ」

「ええと・・・なんでだったかな?フフ」

「ん?ちょっと待ちなさいドモン。なんか香水の匂いする」

「あ、汗臭かったからヒック、香水買ってつけたんだよ・・・」

「買った香水出してみなさいよ」

「す、捨てた」


ナナにそう言うと、ドモンは慌てて子供達の方へと向かっていった。


「よぉお前達元気だったか?」

「元気だったかって昨日会ってるじゃないか」

「お酒臭い!あなた怪我してるんでしょ?何をやってるのよ」

「ド、ドモンさん大丈夫?誰か水を持ってきてあげて」

「もう仕方のない人ねぇ」


子供らにまで呆れられながら、侍女から受け取った水を一気に飲み干したドモン。


「ドモンさん何やってるのよぉ!なんかナナが怒りながら近づいてきてるわよ?」とエリー。

エントランスへとやってきたカールも「貴様はまた・・」と言いかけたが、ナナの表情を見て何かを察し「おい何をやったのだ・・・」と耳元で小声で話しかけた。

それを見た子供らも慌てて避難する。



「ひ、人聞きが悪いなカール。ヤッてないよ・・・多分」と口ごもるドモンの真後ろに立つナナ。

「くぉらぁドモン!!」

「ひっ!」

「あんたぁ!今まで何してたのよ!言いなさい!!」


あわわと侍女達の隙間を四つん這いになって逃げようとしたドモンの襟首を掴み、背中の上に大きなお尻で跨って馬乗りになるナナ。


「ご、ごめんなさぁい!」

「白状しなさい!」

「・・・はい」


ナナに追い詰められたドモンが観念して、何があったのかを話しだした。


「昼までは寝てたんだけど、話し相手もいないから暇になっちゃってさ、医者のところにでも行こうと思ったんだよ最初は本当に。ヨハンに金貨1枚貰って。前の治療費のこともあるだろ?」

「それで?」


「でも留守だったもんだから、時間つぶしに街を散策してたんだ。そうしたら一杯やれるところを見つけて」

「どんな店」

「あ、あの・・・」

「ど・ん・な・店?」

「なぜかあの・・・すごい薄着の女性がいる店でした」


青筋を立てているナナと、深いため息を吐くそれ以外の人達。


「で、そこでずっと飲んでたの?」

「いやずっとじゃ・・・あ、いや、ずっと飲んでました」

「どこで何をしていたの!」

「ね、寝てた」

「どこで!!誰と!!」

「店の二階のベッドで・・・あ、あのよくわかんないです」


誰よりも大きなため息を吐くナナ。


「浮気したわね」

「してないです。本当に覚えてないんだよ」

「じゃあ起きた時服は着てた?」

「・・・・・多分・・・いやどうだったかな・・・えっとあの・・・裸でした」


キー!と怒りながら、正座した膝の上にドモンを腹這いにさせたナナ。

パーンパーンと小気味よい音を立てながらドモンのお尻を叩く。


「そりゃ私だって多少は覚悟してたけどね!コソコソやってんじゃないわよ!」

「ごめんなさい!こ、今度から堂々とするから!」

「そういうことじゃないでしょ!!」


最後に大きなパーンという音を立て、ドモンはその場で崩れ落ちた。

そしてナナはまたドモンをひとりにしたことを後悔していた。



「ナナ、もう勘弁してあげて?ドモンさんも悪気はなかったのよきっと」とエリーが庇う。

「ふ、風呂の用意をしてやるからきれいにさっぱりと流してくるがいい。ドモンも反省しておるようだしそのくらいで許してやれ」とカールも声をかける。


そこへ今日のドモンの格好を見て、すぐにピンときた仕立て屋の老紳士も声をかけた。


「でしたらその間でもよろしいですから、ドモン様の着衣をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「いいわよ香水臭いけど。何なら煮るなり焼くなり燃やすなり好きにして下さい!」と勝手にナナが答え、ドモンを立たせジャケットを脱がし預けた。


「出来ればその青いズボンもお借りしても宜しいですか?」と老紳士が言った瞬間、その場でドモンから剥ぎ取ろうとするナナを、慌てて侍女達と子供らが止める。



「お風呂って・・・昨日言ってた侍女達に洗ってもらえるってやつ?」と、ドモンがニヤニヤとしながら女の子に聞いたが「私に決まってるでしょ!まーた引っ叩かれたいのあんたは!」とナナがまた青筋を立て、子供ら全員がヤレヤレのポーズをして首を振った。


脱衣所でズボンも老紳士に渡し、ナナと一緒にお風呂へ入ったドモンは、久々の湯船に感動していた。

レストランで食べるカレー皿を大きくしたような洋風の湯船だったので、すぐに滑って『寝風呂』のような体勢になってしまうのが難点だったが、ナナに後ろから抱えてもらってようやく普通に入ることが出来た。

ナナに寄りかかりながら上機嫌なドモン。


「ふふふ~ん」

「あんたよく鼻歌なんか歌ってられるわね」

「だって気持ちいいんだもん。石鹸もあるんだな」

「水浴びはしなかったの?」

「一応みんなでしたけどやっぱりお風呂が最・・・・」

「したのね・・・って、みんなでって何よ?」

「・・・・・」


着替えを持ち湯加減を聞きに来た侍女達がそのやり取りを聞いてしまい、また修羅場となるのを予想していたが、なぜか真っ赤な顔をして脱衣所から全員飛び出していった。




一方その頃、仕立て屋達はドモンの服を見て驚愕していた。


「みんな見なさい!この正確無比な縫製技術を・・・こんなことが可能なのか?!」

「黒い服ではなく薄っすらと線が入った布なのですねこれは。一体どうやって??」

「光沢もあって、こんなに綺麗なジャケットは見たことがないです」

「うむ。もしこれと同じ物を作り売ったならば・・・」


老紳士がそう言ってゴクリと唾を飲む。

その先は言う必要もなかった。今まで売ったどんな服よりも高価であることは疑いようもなかったためだ。

なんとか近いものを再現するために、サイズを測り型紙を作っていく。


「こちらのズボンも見て下さい!」

「これは随分と丈夫な布だな・・ん?この金具はなんだ?」


ジーンズに付いているチャックを見て首を傾げる一同。

恐る恐るつまみを上に上げてみる老紳士。


「うおっ!!なんだこれは?!」

「と、と、閉じたぁ!!!!!」

「親方様、今度は開けてみて下さい!」


何度もチャックを上げ下げしては唸り声を上げる。

チャックに拡大鏡を当ててその形状をよく確認したが、どうやっても再現できる気がしないものであった。


「ボタン以外にこんな方法が存在するとは・・・」


呆然とする老紳士。だが胸の高鳴りは抑えられない。


「再現できるかどうかはわかりませんが、収穫はありましたね」

「収穫も収穫、大収穫よこれは!ここまで足を運んだ甲斐がありました!」

「ああ・・・」


皆に型紙を作らせつつ、老紳士は分かる範囲でチャックの構造を記録していった。


「なんとか買い取らせてもらえないですかね?煮るなり焼くなり燃やすなりなんて言ってましたし」

「ああは言ったものの無理だろう。それにいくら対価を支払えばいいのか検討もつかんよ」

「オークションにかければ金貨千枚でも支払う貴族や王族もいるでしょうね」

「もしこれらの服の本当の価値を知れば、落札価格は金貨千枚どころの話ではないかもしれんな。まさに唯一無二の品だ。特大の宝石と変わらん」


全員が黙って頷く。




「ねえ、ドモンが着てた服っていくらするの?」と近年稀に見るほどつやつやした顔のナナが、侍女から預かった着替えの服をドモンに着せながら質問する。

「あぁあれか?向こうの世界の古着屋で3980円・・・つまり銀貨4枚くらいで売ってたから買ってもらったんだよ。その日肌寒かったから」と近年稀に見るほどぐったりしたドモンが答えた。


「なぁんだ案外安いのね・・ん?買ってもらった?」

「もう勘弁してよ・・・」

「ウフフ冗談よ」


そう言いつつもナナはドモンの肩に、もうひとつカプリと自分の歯型を軽く付けた。





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