第58話

着替えを終え脱衣所からふたりが出ると、侍女達が赤い顔をしながら待っていて、ナナが目を合わせるなり「ホホホ」と笑い何かを誤魔化す。誤魔化しつつも侍女達に対して牽制をした。

少なからずドモンに興味を持つ侍女がいたのをナナは見抜いていたのだ。


そんなやり取りがあったことも知らず、貴族や仕立て屋達が待つ部屋へと案内をしている小柄で可愛い侍女のひとりに「えへへ」と鼻の下を伸ばすドモン。


「まだ絞られ足りないみたいねドモン」

「ち、違うよ、普通に可愛いなって思っただけだって!子供を見て可愛いと思うような感じだよ。ねぇ?いくつなの?」

「え?わ、私でございますか?!あ、あの私こう見えてもう27になるんですよ」


ナナとドモンの会話に突然巻き込まれる小柄な侍女。

「もうすっかり行き遅れてしまいました」と言おうと思ったところで、「おぉ!それじゃこれからこれ以上にどんどん綺麗になっていくところだな」と、ドモンがニコニコとしつつポンポンと頭を撫でた。


その瞬間、赤かった小柄な侍女の顔が更に真っ赤に染まる。

侍女達の間では年上の方で、皆にこっそり小馬鹿にされていたのを知っていた。

だから嬉しかった。心の底からドモンの言葉が嬉しかったのだ。思わず涙が浮かび、目がキラキラと光る。


すぐさま「ドーモーンー!」と怒っていたナナが、その小柄な侍女の涙を見て口をつぐんだ。


「で、でもダメよ」とナナが釘を刺すと「もちろん承知しております。ご安心下さい」と侍女が頭を下げた。

が、「でももし・・・もし機会がございましたら、一生を捧げおふたりにお仕えしても構いません」と、ナナだけに聞こえるくらいの声で言いながら、真っ直ぐな目でナナを見つめる。


「あ、あのねぇあんた・・・この人スケベよ?」

「・・・ぞ、存じ上げております」

「怪我もいっぱいするし、面倒事を次から次へと起こすしわがままだし・・・」

「そ、それも存じ上げております」

「それにすっごくスケベなんだから!」


「お前何回スケベって言うんだよ。それにお前に言われたかないよ」と、ナナの大きなお尻をパンと叩くドモン。

「痛いわね!あんたそんな事できる立場だと思ってんの?!」と怒るも「奥様、落ち着いて下さい!」と言われ、「お、奥様ってえへへ・・・気が早いわよ」と上機嫌になるナナ。


前を歩くナナと小柄な侍女がなにやらコソコソとやってるのを見て、なんとなく侍女のお尻もドモンが一発引っ叩いた。


「アッハーン!?」

「ド、ドモン?!あーんたなんてことすんのよ!?だ、大丈夫??」

「ふぁい奥様、旦那様に私までお情けを・・・ではなく躾して頂いてしまい大変申し訳ございません」と、ナナに向かって恍惚の表情を見せる小柄な侍女。

ナナとその様子を見ていた他の侍女達まで、何かムズムズとした気持ちになってしまった。




貴族達が待つ部屋のドアを開けた時、真っ赤になり蕩けた顔でやってきたナナや侍女達を見て「貴様らは風呂に入って何をやっていたのだ・・・皆待っておったのだぞ」とカールが顔をしかめる。


「も、申し訳ございません」

「私達、ドモン様に躾をしていただモガ!」

「ハァハァ・・・だってドモンが私達のおしモガガガ!!」


慌ててドモンがナナと小柄な侍女の口を手で塞ぐと、スーハースーハーと手のニオイを嗅ぎながらへなへなとその場で崩れ落ち、それを見ていた他の侍女達も羨ましそうな顔をしながら、もじもじとドモンの方を見ていた。


「ね、ねぇもう一度お風呂に入りたいんだけど、みんなも一緒に入ろうよ」とナナが侍女達の方を向くと「奥様、私達も頂いて宜しいのですか?」と小柄な侍女が、息も絶え絶え喜びの表情を見せる。

「え?みんなで入るの?!俺も行く行く!」と言うドモンに「馬鹿者!いつまで待たせる気だ!」とグラが制し、ドモンが泣く泣く皆を見送った。



「一体何があったのだ?」とカール。

あれだけ不埒な行動をして怒られていたドモンが、いつもの調子を取り戻すどころか、周りにいた侍女達まで従えるように部屋に入ってきたのだ。不思議に思うのも無理はない。


「まさかドモン貴様・・・全員に手を付けたのではあるまいな?!」というグラの言葉に「違う違う!誤解だ!」とドモンが必死に否定した。

しかしエリーや貴族達に追い詰められ、結局洗いざらい白状することとなってしまった。



「また人の心を弄び操りおって・・この悪魔め」

「だから成り行きだし誤解だってば!」

「無意識にやっているから尚更質が悪いのだお前は」


カールの言葉にウンウンと頷く一同。

ドモンは初めから気の合う友人なのではなく、ドモンに対して気が合うと思わせるよう『ドモン自身』が仕向けていたりする。

時にわざと怒らせたり喜ばせたりと感情を揺さぶりながら、徐々に人の心を掌握していく。


初めの印象が悪い人間が、少し優しさを見せたり良い行いをすると『ものすごく良い人』に見えてしまう現象を利用したものだ。

ドモンは無意識のうちに、何度もそれを細かく繰り返している。



アメとムチの繰り返し。



そうやって人の心の隙間に突然グサリと楔を打つ。

気がついた時には心の奥深くにドモンの言葉や印象が突き刺さり、抜けなくなってしまうのだ。


だがそれに対して嫌悪感があるわけでもなく、喜びの感情が浮かび上がる。

ドモンのいいようにされてしまう自分が心地良い。


人の弱みの部分を見つけ、手を差しのべ救い、そして魅了させ対価を得る。

ドモンのやっていることは結局悪魔と変わりがない。

侍女達はその毒牙にあっさりとやられてしまった。



「だから悪かったって」

「それはともかく、仕立て屋の方から話があるそうだぞ?」


ドモンの謝罪を軽く流し、カールが仕立て屋の老紳士の方を見る。


「ドモン様ありがとうございました!このような召し物は私共も見たことがありませんでした。本当に本当に素晴らしい!」と興奮を抑えきれず、一気にまくし立てた。


「このジャケットとジーンズがか?」

「ええ!この正確無比な縫い目にこの布の肌触り、色、模様!私共も一応一流の服飾を扱っている店としての自負がありましたが、根底から覆された気分でございます」


老紳士の興奮は止まらない。


「そしてこのズボンのこの金具!」と言いながら拡大鏡を出し、またじっくり眺めては恍惚とした表情を見せる。

「え?チャック?」

「チャック・・という物なのでしょうか?これがまた素晴らしい!」


そう言いながら老紳士がチャックの開け締めすると「なんだこれは?!ボタンで閉じていたのではなかったのか!」と貴族達が一斉に驚きの声を上げた。


「ドモンよ、一度このズボンを穿いて開け締めして見せてはくれぬか?」

「私共からもお願いでございます!」「お願いします!」


カールや仕立て屋達からお願いをされるも、「馬鹿野郎!開け締めなんかしたら、俺のアレが出たり引っ込んだりしちゃうだろうが!」とドモンが怒る。が、それでもなお食い下がる仕立て屋達に根負けし着替える羽目になり、貴族や侍女、仕立て屋達の数十人がドモンの前に180度囲むようにしゃがんで見つめる中、チャックを下ろすことになってしまった。



「い、いくぞ・・・今が閉じている状態だ」

「はい、お願いします」と老紳士が合図すると、従業員の女性のひとりがメモ帳を片手に顔を近づける。


ゴクリとつばを飲み込む音の中、ジーッとチャックを下ろすと「ぎゃあああ!」という女性の叫び声が部屋中にこだました。

ドモンのパンツのボタンが留まっておらず、チャックを下ろした瞬間、ドモンが一番懸念していた事が現実に起こってしまったのだった。



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