第59話

「もうお婿に行けない」


ドモンがそそくさとチャックを元に戻しながら赤面する。

銭湯や混浴などで見られることは別に気にもしないが、数十人の男女の視線がそこに注目する中で見せることは流石にない。気にもする。


「ククク・・・貴様にも恥じらいなんてものがあるのだな」と、悪いとは思いつつも笑いが溢れてしまったカール。

「さ、叫んでしまい申し訳ございません!突然目の前にそのまま出てくるとは思わず・・・」と女性が謝罪し、「たまにあることですし、慣れておりますのであまりお気になさらずに」ともう一人の女性がフォローする。



「慣れてる割には随分と叫び声を上げていたけど」

「そんなに可愛らしいのになプクク」とグラがドモンをからかった。


侍女達の「そんな事ないですよ」「ご、ご立派でしたよ」「見えてません見えてません!あ、いや、そういう意味ではなくて・・・」といった言葉がドモンの胸を更にえぐる。



「そ、それはともかく、やはりこのチャックというものは素晴らしい。私共もどうにか作りたいところですが、今の技術では無理そうです」

「はぁ~笑わせてもらった。だが確かにこのチェックなるものは素晴らしいな」


「ドモン様のジャケットだけでも素晴らしい技術で、売るとすれば金貨数百枚はくだらないかと。そしてこのズボンの方をオークションにかけたとなれば、いったいいくらまで跳ね上がるのか想像もつきません」

「であろうな。この技術を手に入れようとする店同士、いや下手をすれば国同士が金に糸目をつけずに手に入れようとするやもしれぬ」


仕立て屋とカールが話しながら、カレーライスの時と同様に、まるで見当外れな値段をつけていたので、今度はドモンの方が吹き出した。

だがいつか高く売れるかもしれないと黙っておくことにする。


「まあ今度向こうに行った時、着替えを買うついでに、このチャックだけでもいくつか買ってくるよ。忘れなければな」

「ほ、本当でございますか?!」

「エリーとナナのドレスを作るって話になったんだろ?ふたりが屋敷に呼ばれた時点で察していたし、さっき風呂でナナに聞いたよ」

「はい、お任せ下さい!必ずやご満足いただける品を収めさせていただきますとも!」


ドモンの言葉に力強く返事をする仕立て屋の老紳士。

これは全力でやらねばならぬと気合を入れ直した。



「ねぇドモンさん、本当に良いのかしらねぇ?」とエリー。

「別にいいよ。もし代金が必要ならカールが出してくれるさ。最初からそのつもりだったはずだしな。あの時のお願いで」

「・・・ふん、前にドレスが欲しいと言っておったではないか」


ドモンとカールの言葉でそれを思い出し「あぁ!」と叫んでポンと手を叩くエリー。


「ふたりともよく覚えているわねぇ!!あんな冗談みたいな一言を」

「エリーは逆に忘れてくれ。今日見たことは」

「ウフフ!忘れるもんですか!ナナにも話しちゃおうっと」


そう言ってエリーが全力で体をフリフリしながら笑う。


「皆の者、その女を見てはいかんぞ。見ればドレスを買うハメになるのだ」

「酷いわぁカールさんウフフ」


カールの冗談にもエリーがぴょんぴょんしながら笑った。

すっかり和んだ雰囲気の中、ようやくナナと数名の侍女達がさっぱりとした顔をして戻ってきて、これまでの経緯を聞きケラケラとナナも笑う。



「アハハ天罰よドモン!浮気した天罰アハハハ」

「天罰ってお前・・・お前がきちんとパンツのボタンを留めなかったせいだろ」と、ナナに全部着替えをさせておいて文句を言うドモン。


「ま、まあいいじゃないのそのくらい。あんたはここにいる人達だけでしょ?」

「お前にゃ分かんねーよ。俺がどれだけ恥ずかしい思いをしたか・・・」


ナナがその言葉を聞き、ヤレヤレのポーズで苦笑しながら首を振る。


「あんた!私はあんたのせいで、どれだけの人に見せたと思ってんのよ!こんな人数じゃないのよ?数百人はいたわよ数百人!しかも知らない人にまで」


ナナにそう言われ「ああ~」と今度はドモンが手をポンと鳴らした。

ネグリジェ姿で馬車に乗った時、大勢の人々の前で曝け出してしまったナナを思い出し、少しだけ気持ちが晴れたドモン。


「俺らはもう丸出しカップルだな」

「否定はできないわね」

「なあカール、エリーを見たらドレスを買うハメになるんだろ?じゃあ俺のを見たら何をくれるんだ?」

「そうよそうよ!きっと私のも見たんだろうし、少しくらい何かあってもバチは当たらないわ」


すっかりヤケクソとなり、冗談を言って慰め合うふたり。


「そんなもの見てはおらん!」

「そんなものとは何よ、そんなものとは!」

「そうだそうだ!巨乳好きな領主の横暴を許すな!」


ヤンヤヤンヤとふたりが騒ぎ皆が冷たい視線を送るも、まるで気にする様子もない。


「ならば今の貴様らにぴったりなものをやろう」とカール。

「何よ何よ?」と、まさか本当に何かくれるとは思っていなかったナナも驚く。



「この街一番の盛大な結婚式をくれてやる」



カールの言葉に唖然とするふたり。

エリーもあわわと体を震わせた。

そもそも庶民の結婚式を貴族が、しかも領主が取り仕切るなんてことは前代未聞の話である。元の世界で言えば、市長が一市民の結婚式を自ら買って出たようなものだ。


「その日は屋敷の庭を開放し、来た者全員に料理を振る舞おう」

「そうだな。ここは景気よく祝おうじゃないか」


カールの意見に叔父貴族も同意する。

先程の修羅場を見て、こいつらはさっさとくっつけた方が良いと判断したのだった。


そんな粋なプレゼントにエリーとナナが目を輝かす。

庶民にとって誰もが夢のような話。

屋敷で働く侍女達にとっても夢を見がちなシチュエーション。

もし自分がそんな事になったら素敵なのになぁと、想像してはニヤニヤとしてしまうような話なのだ。


「これはドレスの方も大急ぎで仕上げなければなりませんな」


仕立て屋の老紳士も握った拳に力を込めた。

「頼んだぞ」とカールも声をかける。

が、ドモンが突然突拍子もない事を言い出した。



「ああ、結婚式とか別にいいからアイツくれない?」と右手の親指でくいくいと小柄な侍女を指さした。



「へ?!」と小柄な侍女が、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

しかも今まさに結婚の話をしている最中に、他の女性をくれと言ったのだ。

呆気に取られる一同と、怒髪天を衝くナナ。


「ドモーン!!あんたいい加減にしなさいよ!!」と、ドモンのジャケットの襟を両手でつかみ前後に揺さぶる。

「あぁ!おやめください!私が悪いのです!」と小柄な侍女がナナを止めながら謝った。


「ドモン、さっきのこの子のお願いを聞いていたの?それともドモン自身が気に入ったの?どっち!!」と襟を掴んだまま睨みつけるナナ。


「どっちもだよ!でもナナが想像してるのとは違うってば!最近店も忙しいから優秀そうなこいつに手伝ってもらおうと思ったんだよ。ほら、これから俺らも旅に出たりすることもあるだろ?」

「むぅ」

「ところで名前なんて言うんだ?」


ドモンが珍しく自ら名前を聞いたことで、カールとナナの眉毛がピクリと動く。


「わ、私はサンドラと申します」

「じゃあサンでいいな」

「は、はい!」


ペコペコとドモンにお辞儀をするサン。


「というわけで、サンをくれカール」と、ドモンが悪びれもせず図々しい願いを申し出た。

「本当にそれでいいのか?」とカールがサンに確かめると「はい!出来ればお願い致します」と頭を下げる。


「わかった。ではドモンに仕えるが良かろう。給金などはこれからも私が出すからしっかり働きつつ・・・この馬鹿がまた馬鹿をやらぬよう見張っとけ」とカール。


「悪いな助かるよ」とドモンが礼を言うと、隣のサンがまた頭を下げる。

その感じがあまりにも自然なため、まるで長年連れ添った夫婦のようであった。


「ただし!その代わりと言っては何だが、結婚式は予定通り取り仕切らせてもらう。それが条件だ」

「うーん・・まあ仕方ないか。店の方でやりたかったんだけどなぁ・・その方が儲かるし」


カールの言葉に渋々了承するドモン。


「それならば店の方でも披露宴を行えばよかろう。まだ飲み足りないという者もおるだろうからな」

「なるほど二次会みたいなもんだな。それでいこう」

「私も参加するから美味い物の用意を頼んだぞ?」

「任せろ」


カールとドモンの間でトントン拍子に物事が決まっていき、もうエリーはついていけない。


「住み込みなら部屋はあるけど、こんなきれいな屋敷じゃないのよぉ?」とサンに話しかけると「いえいえ大奥様、どんなところでも構いません!お気遣い頂きましてありがとうございます!」とまたまた深くお辞儀をした。

なんていい子なんだろうと、エリーはニコニコとしながら両手でサンの手を握る。



ナナはまだ憮然とした表情。

サンが可愛く優秀であることも理解していたのでそこは納得していたが、ただただドモンの浮気だけが心配なのだ。

ちょっとした隙きにドモンがサンを押し倒す未来しか見えない。

さっきの様子を見れば、きっとサンもそれを受け入れてしまうだろうと考える。


はぁ~という深いため息を吐いたナナに、何かを察したサンが「心配はありません奥様。私が奥様から旦那様を奪うようなことは絶対にしませんからご安心下さい」と微笑む。


「うん、その心配はしてないんだけどね・・・問題はその『旦那様』の方なのよ。あんたの貞操なんてあっという間よきっと」

「そ、その時は奥様に逐一ご報告いたしますから・・・」

「まあコソコソするのだけは止めてちょうだいね」


ナナとサンがなぜか諦めムードでそんな会話をしていた。

その会話を聞いていた一同が、ジトっとした目でドモンの方を見る。


「ちょ・・そんな事しないってば!俺を何だと思ってんだよ!」

「スケベおじさん」

「変態浮気ジジイであろうな」

「性欲の悪魔・・ってのはどうだ?」


「・・・・」

絶句するドモンにエリーが「ドモンさん、第一夫人はナナにしてあげてね?浮気はせめてナナと結婚式をしてからよぉ」とナチュラルにとどめを刺す。


ドモンは昼の事もあり、エリーがおかしなことを言ってると思いつつも、全く反論できずにただ「はい・・・」とだけ返事をした。



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