第60話

用が済み、帰り支度をする一同。

サンが引っ越し荷物をまとめている間、一服しつつしばし談笑。



「ドモン様、もし宜しければ着衣の方の洗濯や仕立て直しも承りますが、いかがでございますか?もちろんお代金は頂きません」と老紳士。

「そうよ、随分汚れちゃってるしズボンも破けちゃってるから直してもらったら?」とナナもそれを勧めた。


「ダメダメダメ!まあジャケットは良いとしてもジーンズは絶対駄目。あ、ジーンズってこのタイプのズボンのことね」


ドモンが大慌てでそれを断ったが、なぜ断るのかが誰にも分からなかった。


「これは敢えて汚したり破いたりしてるんだよ」

「はぁ?!」


ドモンの言葉に驚きを隠せない一同。

わざわざ服を破くなんて発想がそもそもないのだ。


「さっきも話していたんだけど、前にドモンさんのズボンを洗おうと思ったら『駄目~!』って言ってたわよね?」

「うん、せっかく付いた汚しが落ちちゃうからね。まあ臭くなったら洗うけどさ。軽く汗だけ落とす感じで」


エリーの言葉に答えるドモン。


「ナナの革鎧も破けてるけど、実はなかなかオシャレだと思ってたんだ」

「え~!私は早く新しいのが欲しいわよ?」

「う~んわっかんないかなぁ・・・あの使い古し感がいいのに。胸も強調されてていい感じだしな。そこに惚れたくらいだし」

「わ、わかんないよ・・・何よもう急に!バカ・・・」


赤い顔をしながら不思議顔のナナ。皆も不思議そうな顔をしていた。

そこへ支度を終えたサンが合流する。着替えのみをカバンに詰めただけなのですぐに準備を終えた。


「じゃあさ、ちょっと見本を見せてやるよ。サン、そのメイド服の替えはあるか?」

「へ?あと一着ございますけど??」

「んじゃ悪いけど、この一着俺が貰うぞ」

「は、はい・・・?!」


そう言ってドモンがサンの前に座る。


「伝わるかどうかはわからないけれど、セクシーにはなると思うよ」


ドモンが老紳士の方を向きながら、サンのロングスカートの横の部分をチャイナドレスのスリットのようにビリビリと破きだす。


「きゃあああ!」

「ドモン何すんのよ!」

「いいからいいからちょっと待ってろ。カール、ナイフ貸してくれる?」


ドモンはカールから借りたナイフで「動くなよ」と言いつつ、太ももやお尻の少し下の部分に少しずつ切れ込みを入れ、裾の部分にも軽くダメージを入れていく。

サンのスカートはあっという間にボロボロとなってしまった。


「まあこんなもんかな?」と満足そうなドモン。

「うぅ・・旦那様・・・」とサンは大困惑。


黒色のロングスカートの破けた隙間からサンの白い脚が映える。

その様子に思わず息を呑む一同。


「な、なんかすっごくいやらしいわね・・・」と女性であるナナですら、思わずゴクリとつばを飲み込んだ。

男性陣からは感嘆の声が上がり、侍女達の嫉妬の視線が集中した。


中でも一番驚いていたのは仕立て屋の老紳士であった。

まさに今までの常識が全て覆されたのだ。


「まさかこんなことが・・・ですが確かに視線が行ってしまう」

「だろ?もちろん仕事の時はビシッとしたものを着た方が良いけれど、普段はこんな遊び心があっても良い。実際セクシーだしな」

「こんな事思いも付きませんでした・・・」

「でもやっぱり自然に破けたものには敵わないんだよ。汚れ方も自然な方が格好良いしな。だから俺のジーンズは直さないでほしいんだ」


老紳士に切々とそれを伝えるドモンだったが、あまりの衝撃にもう言葉も出ず呆然としていた。

目の前で切り刻んだ服が、今まで作ったどの衣装よりも女性を美しく演出してしまったのだから。

老紳士の目が輝く。創作意欲が湧き出し、止まらない。


「ド、ドモン様!この衣装を買い取らせて下さい!何卒お願い致します!」

「買い取りというか代わりに新品のをくれたらそれでいいよ。サンもそれでいいか?」

「え・・・あ、はい・・・」


初めは驚いていたサンだが、ドモンが誂えてくれたこのスカートを気に入っていた。

だから大切な宝物にしようと思っていたのだ。

しかしドモンの命令は絶対なので諦めなければならない。

そんな様子を察したドモンがサンの頭を撫で「悪いな」と謝る。


「ではそうしましたら、私共が持参した服の中からどれでもお好きなものをお持ちになって下さい。何着でも宜しいですので」


老紳士もサンを気遣い今出来うる最大限の譲歩をした。

広げ並べた服の中には、金貨が必要となるような高級服もある。

銀貨10枚から20枚ほどで買えるメイド服が何着も買える代物であった。


「だ、旦那様、どうしたら・・・」

「そうだなぁ。これとこれ、あとこのスカートの裾をもう少し短く仕立てて欲しい」

「はいお任せ下さい!」


困惑するサンだったが、ドモンが勝手に自分好みの服を選んでゆく。

それを見ていたナナの顔がどんどんと膨らんでいった。


「ドモンずるいよ~!」

「お前はもっと良いドレスを作ってもらうんだろうが」

「私もドモンが選んだ服が欲しい・・・」

「うるさいなぁ。お前には向こうの世界行った時に何着か買ってきてやるよ。全く仕方ない奴だな」

「ほ、ほ、本当に?!ねぇ!絶対よ!!」


言ってみるものだとナナは思った。

この時ばかりは自分がわがままを言ってしまったことを神に感謝する。

この世界では唯一無二とも言える異世界の服。ドモンと同じ異世界の服が手に入るのだ。


仕立て屋達、当然貴族達も喉から手が出るほど手に入れたい物である。

その価値は計り知れないものであったが、ドモンにとっては高くついた浮気の代償という認識だった。


「良かったわねぇナナ。羨ましいわぁ」とエリーがニコニコと笑うと「まあエリーやヨハンの服も一応見てくるよ。あまり高いのは買えないけどな」とドモンが約束をし、エリーが喜びピョンピョンと跳ねていた。



「いつ向こうに戻るのだ?」とカール。

「まああちこちの傷が癒えて抜糸が済んでからだろうな。馬車も完成していないし」

「では結婚式を先に済ませてからにするがいい。ナナもその方が少しは安心するであろう?」

「そうね!そうしてもらえるとありがたいわ」


カールとの話し合いで、まず結婚式が執り行われることとなった。

ドモンがフラフラと遊び回ってさえいなければここまで急ぐことはなかったが、今は一刻も早くナナと結び付けなければならないと、ドモン以外の意見が一致したのだ。

仕立て屋の老紳士もなるべく早くドレスを仕上げることを改めて約束する。



エリーとナナ、そしてもう一着のメイド服へと着替えを終えたサンも馬車へと乗り込んだ。

ドモンは「これお尻痛い馬車だろ?俺は歩いて帰るよ。怪我に響くし」と乗るのを渋る。


「ドモンさん駄目よぉ」

「ドーモーン!ま~たあんたひとりでどこ行く気なの!!」

「御主人様、乗りましょう?」


ドモンの申し出を三人はあっという間に却下し無理やり馬車へと引っ張り込み、見送る一同はまた呆れていた。



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