第61話
帰り道の馬車の中。
ガタガタと揺れる車内でドモンは苦悶の表情。
はじめはいい気味だと思っていたナナも、ドモンのあまりの苦しみ様に焦り始めた。
「ねえドモン大丈夫?!」
「暴行の時の肋骨の怪我が・・・揺れると一番キツイな。まあ、なんとか我慢するよ」
ナナが自分の膝の上にドモンを座らせ、サンがドモンの顔の脂汗を拭く。
「ナナも辛くなったら代わるよ?サンもありがとうねぇ」とエリーはずっとオロオロとしていた。
お陰でかなり楽になったドモンが、ムチムチのナナの太ももに感謝する。
その様子を見て一安心したナナがドモンを抱え、背中に鼻をくっつけたまま話し始めた。
「ドモン、お父さんにサンのことなんて説明するの?」
「そうよねぇ・・医者に行くって言ってお酒飲んで遊んじゃって、酔って貴族様の屋敷に乗り込んだ挙げ句浮気がバレてナナに怒られて、そのまま結婚式を貴族様達が取り仕切ることになった上に・・・」
「侍女のひとりを気に入って、屋敷から連れて帰ってる最中なのよ?もう!!」
エリーの言葉を遮りナナが説明を続け、思わず怒りがぶり返す。
「な、成り行きでそうなっちゃったんだからしょうがないだろ」
「あんたは成り行きで浮気するのね」
「あの・・・だからそれこそ成り行きというか、俺からそうしようとしたわけじゃなく、本当に酔ってて目が覚めたらそうなっていたことに気がついたというかなんというか・・・いやぁ俺もびっくりで」
「もうわかったわよ。でも反省はしてよね」
「ごめん」としょんぼりするドモン。
「それよりもサンのことよね。お父さんびっくりするわよ絶対」
「申し訳ございません」と今度はサンがしょんぼりとする。
「サンが悪いんじゃないのよ。でもどうしてサンだったの?」と、少しだけナナが嫉妬した。
「直感もあるけど一番気が利いてたんだよ。毎回灰皿持って駆けつけてくれてたし、工具箱だのタライだの運んでくれたり・・・」
ドモンの言葉にナナがハッとした。
確かに何度か灰皿を持ってきてくれていた小柄な侍女がいた。それがサンだったのだ。
「それに可愛いしな。ナナは綺麗でエリーは色っぽい。街の三大美女が集まれば、これで店も安泰じゃないか」
さらっとそんな言葉を吐いたドモンにモジモジする三人。
これでは怒るに怒れない。
「あ、あんたって本当に天性の女ったらしね。きっとその店でも酔っ払ってそんな調子だったんでしょうね・・・」
「きゅ、急にドモンさんはこういう事を言うからドキッとしちゃうのよねぇ」
「ウフフ!私も御主人様のそれにやられちゃったみたいです。それに綿あめも・・・」
「・・・・」
馬車はガタゴトと広場を通り過ぎる。
日も暮れた夜の広場、否が応でもあの嫌な記憶が蘇ってしまうナナ。
スケートボードの少年達はいない。
ナナは首を小さく横に振り、違うことを考えようとした。
「・・・ところで今気がついたんだけど」
「どうした?」
「私がナナでサンがサンって・・・絶対覚えやすいからって数字にしたでしょ」とナナが笑う。
「バレちゃったか。まあお前らにはわからないとは思うけど、俺にとっては縁起のいい数字なんだ。なんか確率変動しそうだし」
「なんなのそれ」
ナナとドモンがそんな会話をしていると、エリーも「私はなんかないの?」とドモンに聞いたが「エリーはおっぱい以外ない」と即答した。
「も~ドモンさんったら!」と体をフリフリして笑っていたので、ナナが「お母さん、そこは喜ぶところじゃないのよ」と呆れていた。
馬車が店の前に着く。
御者に礼を言い一同が店内に入ると、ヨハンがひとりでせっせと十数人の客の相手をしていた。
「おぉみんな帰ってきたか!早く手を貸してくれ!」
「ごめんねぇヨハン。着替えてくるからもう少しだけ待ってて」とエリーが慌てて階段を上っていった。
「私もお手伝いします大旦那様」とサンもエプロンの紐を締め直す。
「へ?大旦那様??」
ヨハンの素っ頓狂な声が店内に響き渡った。
「ナナ!ドモン!こ、この人は誰なんだい?!」
「ドモンが浮気して連れてきた人」と言って、ナナも着替えのために階段を上がっていった。
「違う違う違う!誤解だ!!」と焦るドモン。
「ドモンはなんでみんなと一緒に帰ってきたんだ?医者のところに行ったんじゃないのか?」
「・・・・」言葉に詰まるドモン。そしてサン。
「と、とにかく今は客の相手が先だ!こいつは今日から俺達の手伝いをすることになったメイドのサン。給金はカール持ちだから安心してくれ」とドモンが誤魔化す。
「大旦那様、よろしくお願いいたします」
「お、おう・・・よろしくな」
挨拶を済ませるとテキパキと仕事をこなし始めるサン。
まるで昔からここで働いていたのではないかというくらいに、ホールを縦横無尽に駆け回る。
小柄で可愛いメイド服のホール係が突然現れ、男性客は目尻が下がり、女性客はその身のこなしに思わず見惚れる。
なにせ貴族の屋敷で長年培ったものが備わっているのだ。
その侍女達の中でもドモンが見る限り一番気が利く侍女ということは、この街一番のメイドと言っても過言ではない。
「すげぇな・・・」
厨房で鶏の照り焼きを作りながら様子を見ていたドモンも思わず唸る。
着替えて階段を降りてきたエリーとナナもその様子を見て驚いた。
華麗に会釈をしながら客達の要望に答え、給仕を笑顔で難なくこなす様子を見ていると、店が超高級レストランになったようにさえ思えたのだ。
「ド、ドモン!ねぇちょっと凄すぎない?」と言いながら、厨房に飛び込んできたナナ。
「お、おう・・・想像以上だな。お前なんかすぐ転んで食器割るのに」
「これを見ちゃうと何も言えないわね・・・」
そう言いながら、出来上がったばかりの鶏の照り焼きをつまむナナ。
「んわ美味しい!!こっちも凄い!!」
「おめぇは・・・まあ今日は好きなだけ食ってくれ」
「ニヒヒ~」
ナナがモグモグしつつ、満面の笑みを見せながらホールへ向かう。
鶏の照り焼きを盛った大皿を持ってドモンも厨房を出た。
「おいドモンよ!あの子すごいな!どうなってやがんだ」
「貴族の屋敷の侍女の中でも、一番出来る奴を連れてきたんだ」
「気の利く子だとは思ってたけど想像以上ねぇ!」
ヨハンもエリーも驚きが止まらない。
ドモンが手に持っている鶏の照り焼きすら目に入っていないほど。
驚いていてもちゃっかりつまみ食いをしたナナは流石と言えよう。
「おーしみんな注目!今日は鶏の照り焼きというものを作ったぞ!甘じょっぱい味付けでエールにも合うし、パンに挟んでも美味いぞ!」
ドモンがそう叫ぶとワッとカウンターに客達が集まった。
「一皿銅貨40枚、パンを付けて50枚でどうだ!」
「買った!パン付きでくれ!」
「はいはい並んでねぇ!」
いつものようなやり取りが始まる。
ナナがコソコソと厨房に入り、パンをいくつか持ってカウンターへとやってきた。
「はいサン、一緒に食べよ?」
「ええ?!いえ奥様それは・・・」
ナナがパンを渡そうとするも遠慮をするサン。
「いいから食え食え。元からお前らにと思って作ったやつだ。ヨハンとエリーの分も用意しとくぞ?」とドモンが厨房へと戻っていった。
それでもサンはどうしたら良いのかがわからない。仕事中に食事をするという概念がないのだ。
もしそんな事を屋敷でしたならば、本当の意味で首が飛んでしまう可能性もあるからだ。
ヨハンがパンに切れ込みを入れて鶏の照り焼きを挟み、「ほれ」と言ってサンへと渡す。
ナナも同じ様に挟んで一足先にガブリと大きくかじった。
「なんかよくわかんねぇけど、ドモンに連れられてきたんだろ?ならお前ももう俺の家族みたいなもんだ。遠慮なんかするな」
そう言ってヨハンもパンをひとかじり。「うひょー!これもうめぇなドモン!」と厨房に向かって叫ぶと「だろ?」とドモンの返事が遠くから返ってきた。
戸惑いながら小さくパンをかじるサン。
客達にも見られながら少し恥ずかしそうにもぐもぐと味わっていると、突然涙がドッと溢れてしまい、ウワーンと声を出して泣きだしてしまった。
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