第149話
「とりあえず会計を済ませて、待ってる奴らに食事だけでも届けていいか?腹減らせて待ってるんだよ」
「ではこちらの方へ」
ドモンの言葉を聞き、警備員達がレジの方へと誘導する。
「ついでに先に見せておくな?このお金は金を換金したものな」と、ドモンが取引の時に貰った証書を警備員達に見せた。
怪しまれた時は、お金の出どころをはっきりさせておかねばならない。
買い物した物にまたメモを貼り付け、自動ドアへと向かう一行。
警備員達はその食料を渡す相手をキョロキョロと探す。
「えーっと・・・俺達は異世界から来たんだ。どうせ信じられないとは思うけれども」とドモン。
「・・・どういう意味ですか?」
「そのまんま、違う世界から来たということだ。俺だけは元々この世界にいた者だけど、こいつは本物の異世界人」とナナを親指で指を差す。
その言葉に警備員達は怪訝そうな顔。
「とにかく・・・スマホは持ってるよな?ふたりくらい動画で俺を撮影してくれ。準備が出来たら証拠を見せるから。逃げたりはしないから安心してくれ」
「わかりました」
スマホを構えながらピロンと動画撮影を開始する警備員ふたり。
その様子を集まった野次馬達が更に撮影していた。
「んじゃいくぞ?そら!」
「うわっ!」
ドモンが荷物を自動ドアの向こう側へ放り投げると、白い粒子となって荷物が消える。
その様子を撮影していた警備員達、そして野次馬達が叫び声を上げた。
もうドモンはこの世界に戻る気はなかった。
少し前に見たSNS。
もしかしてと一応確認をした。
そこには、ナナ本人に見せられないほどの辛辣な言葉やエゴやエロ剥き出しの言葉、そして偽善の言葉、誹謗中傷が並んでいたのだ。
それを見た瞬間、ドモンはこの世界を見限った。
何もかもがどうでも良くなったのだ。
身バレをしようが、秘密を知られようが、もう構わない。
利用するだけ利用して、捨てる。そう決めた。
「他の荷物も送らせてもらうぞ?それから事務所でもなんでも行くよ」
「わ、わかりました・・・」
ドモンはひょいひょいと自動ドアの外へと荷物を投げ、野次馬達がそれを撮影して拡散する。
唖然としてる人達を見たナナが、ゲラゲラと笑っていた。
「もう少し買い物したかったんだけどな」
「まあ仕方ないわね。こんなに買い物してる人他にいなそうだもの」
事務所の方へと歩きながら、ドモンとナナが呑気にそんな会話をしていた。
「それは・・・とりあえず事務所で・・・」
混乱しながらも冷静な対応をしようとしている警備員。
それを見たナナがまたクスクスと笑った。
「事情は理解致しました。正直とても信じられないことですが、目の前でこれを見れば信じるしかありません」
「まあ気持ちはわかるよ。あ、タバコ吸っちゃ駄目?・・だよな」
警備員の言葉にそう答えたドモン。
残念ながらタバコは吸うことは出来なかった。
店の責任者もやってきて、ドモンは何があったのかを全て正直に話した。
「なるほど・・・そういう事だったのですか」
「俺だって意味はわからないし、こっちに来たナナだって困惑してるんだ。防犯カメラか何か確認すれば、ナナがエスカレーターを初めて見て、驚いている様子も録画されてると思うよ?」
「危なくもらしそうだったわよ・・・サンなら間違いな・・・ん!オホン!」
警備員とドモンの会話に口を挟んだナナだったが、何かを言いかけてプイッと横を向いて鳴らない口笛を吹いた。
「向こうは時代的に恐らく中世ヨーロッパというところだと思うんだよ。荷物も馬車で運ぶ」
「それは興味深い話ですね」
「醤油や味噌もないし、焼肉のタレなんてものもない。カレーライスなんて食べた貴族が20皿500万円で買うって言ってたくらいで」
「うーん、まあその時代の人達ならば確かに驚くでしょうね」
警備員や責任者も唸り声を上げる。
やはりとても信じられない。だが目の前で見てしまったのだ。
「そして・・・俺は恐らくもう何度も戻ってこられないんだ。この世界に」
「・・・・」
「だから出来るだけ、多くの情報と多くの食材、そして多くの『発展へのきっかけ』を持ち帰りたいんだ」
そう言って、ドモンは袋に入っていた残りの金貨をテーブルの上にばら撒いた。
「こ、これは・・・?!」
「向こうの世界の金貨だ。向こうでは1枚10万円くらいの価値として扱われている。こっちではもっと高かったけどな」
ここまでくればもう信じないわけにも行かない。
責任者や店長も覚悟を決めた。
そこにあるのは日本人の気質。困った人は見逃せない。
いつもは何かあれば他人のせいにしたがるけれど、いざ覚悟を決めたならばとことんやる。やる時はやる。
日本人の人助け精神に火がついた。ある意味これぞ大和魂。
「必要な物を言ってください。倉庫にある分をありったけ、足りなければ他店舗からも取り寄せます」
「店長、そろそろ割引シールを貼らなければならない時間帯じゃないだろうか?」
「そ、そうですね!」
責任者と店長のそのやり取りに、ニヤリと笑うドモンと警備員達。
ナナは訳がわからずまだキョロキョロとしていて、警備員のひとりに「心配ありませんよ。ご協力致しますので」と声をかけられていた。
その頃、店内は騒然となっていた。
すでにドモンとナナの事はSNSで拡散され騒ぎになっていて、警備員達が連携を取り、なんとか場を収め続けている。
もうドモン達が売り場に戻ることは難しい。
なので必要な物を口頭で伝え、全て事務所の方で処理することとなった。
そこへケーコから到着の知らせがドモンのスマホに届いたので、警備員達に守られながらふたりは屋上駐車場へ向かう。
「おかえり・・・何だよこの軽トラは」
「見てわからない?借りてきたのよ荷物が多すぎて!!本当にあんたはムカつくわね」
「わ、悪かったな。釣りは全部やるよ。あ、でも俺の通帳にある程度入れておいてな?細かい引き落とし分を」
「わかってるわよ」
イライラしつつもしっかり仕事をこなしたケーコ。
しかし実は200万円を持っていき、ケーコは50万円も使っていなかった。
イライラを見せることによって、ドモンから「釣りをやる」という言葉を引き出すための作戦は、見事に成功した。
いくつものダンボールを開け、ドモンがゴブリン用や貴族用、自分達用などと仕分け作業に入る。
その他必要な物もいろいろと頼み、それを受けた店員達が品物を取りに行く。
その間暇になったケーコがナナを誘い、フードコートにある専門店のアイスクリームをご馳走することとなった。
たっぷりと稼いだケーコはすっかりご機嫌。
ドモンもケーコがいるならば少しくらいは大丈夫だろうとふたりを送り出す。
「きれいな色!」
「アイスクリームはナナの世界にはないの?どれでも好きなものいいわよ。奢ってあげる」
「どれがどんな味かわからないわ・・・」
「じゃあ私が適当なのを選んであげる」
あまり奇をてらった味のものではなく、チョコやストロベリーのアイスを選んだケーコ。
席に着き、それを恐る恐る少し舐めた瞬間、ナナは今日一番の笑顔を見せ、思わずその場で飛び上がって喜んだ。
「こんなに美味しいお菓子、食べたことがないわ!冷たくて甘くて・・・」
「ほらナナ座りなさい。また目立っているわよあなた。本当に仕方ない子ね」
「ご、ごめんなさい・・・でも美味しくって」
「フフフ」
怖いけれど、しっかり者で面倒見のいいケーコとまた心が近づく。
そうなるにつれ、徐々に別れが惜しくなる。
「私、ケーコさんみたいなお姉さんが欲しかったな」
「何を言ってるのよ。どちらかと言えばナナは娘みたいなものよ?」
「だって」
「口の周り汚れてるわよ?口紅まで取れちゃったじゃないの」
エリーとも違う、他の大人達とも違う、そしてドモンとも違う。
将来、こんな女性にナナはなりたいと思った。
「あ!例の女だ!ナスカナタリアとかいう。うわ~本当にいるんだスゲェ!」
写真を撮ろうとする男の子をケーコがまた追っ払う。
「なぜ私の名前を知っているのかしら?あの子には会ってないと思うんだけど??」とナナは不思議顔。
「もう拡散されてんのよあんた。それだけ目立てば当然だわ」
「か、拡散??」
「ナスカナタリアって自己紹介したの?どれどれ・・・」
スマホで検索するケーコ。
そんなケーコもまた、スマホを見てドモンと同じように険しい顔をした。
「ほら、見てごらん」
「わ、私だ・・・そ、それに何よこれ・・・」
爆乳レイヤー発見!!#爆乳 #露出狂 #変態
ナスカナタリアって言ってたな。ファンになる応援しますって適当なこと言ったら喜んで撮らせてくれたわwww
バカ女wwこいつ絶対脳みそまでおっぱいだろwwwwww
こんなのでかいだけだし。気持ち悪っ!これ見て喜ぶ男も
ぺったん娘さん嫉妬乙www
勝手にこんな事したら可哀想。そう思う人はいいね押してね!
この女、金髪のおっさんと結婚してる中古品のガバガバのヤリマンだぞ
そのスケベジジイも変態の犯罪者だろ絶対
このおっさん見てたらイライラするわ。死ねばいいのに
おっさんに犯される金髪爆乳とかぐうシコ。薄い本はよ
やりてー!
頼んだら簡単にやらせてくれそう
正直ウザイ
異世界物の小説のコスプレだってよ。こいつの小説は絶対におもろ無いわwww
ジジイに文句しかなくて草
「ひっ!」と小さく叫び声を上げてケーコのスマホをナナが放り投げ、慌ててケーコがキャッチした。
半分くらいは意味がわからなかったが、それでも伝わるこの世界の人間の汚さ。闇。
なぜドモンとケーコが写真を断っていたのか、ナナは今ようやくわかった。
『俺がいた世界では誰しもが他人を出し抜こうとし、人を騙し、欺こうとしていた。もちろん素直で実直な奴もいたけれど、こんなにはいなかった』
『他人の評価を気にして真面目なふりをして、世の中は嘘だらけだったよ。精一杯真面目に生きているお前らは凄い』
スペアリブを食べた時にドモンが言っていた言葉を思い出したナナ。
それをはっきりと理解し、吐き気が止まらない。
「何が輝いて見えるのよ・・・何が天国よ・・・表面だけ良い顔をして全部嘘ばっかり・・・私がバカだったわ」
「この世界の人達なんてみんなこんなものよ」
「き、気持ち悪い・・・本当に」
「でもその気持ち悪い奴らの頂点がドモンじゃないのよアハハ」
この世界に落胆したナナをケーコが笑う。
「ドモンはそんなことないわ!」
「そんな事あるわよ。人を騙すわ、嘘はつくわ、スケベな事ばかりしてくるわ」
「そ、それはそうだけど、この人達とは違う!ドモンは自分に素直なだけなの!」
「そうね。そしてそうやって人を押し倒して無理やり抱いて自分のものにするの」
「ち、ちが・・・」ナナの目に涙が滲む。
「一緒に寝てるとすぐにスケベな事してくるでしょあの人。そんな時はあいつの指を折ってやればいいのよ」
「え・・・?」
「あいつはどうせ死なないんだから。苦しむけどねアハハ。寝ぼけてお尻を触ってきた時は、こっちも寝ぼけたふりして障害のある左膝を思いっきり蹴ってやるの。あの悪魔の断末魔が聞けるわよ?アッハッハ」
「・・・・」
ドモンの左膝の障害は事故によるものだが、それを悪化させたのはケーコである。
そしてドモンの指は何度ケーコに折られたか、もう数え切れない。
気に入らないことがあれば小指を持って反対側に曲げれば、あっという間にボキッという感触が手に残り、ドモンが転げ回る。それが日常だった。
「ひ、酷い・・・人間じゃないわ・・・」
「知らないわよ。それにあいつこそ人間じゃないし。どうせすぐに治るんだから」
「あ、あなたはドモンを・・・人を愛する資格も、人から愛される資格もないわ」
「必要ないわあんな男。こっちから願い下げよ」
この世界の人間が恐ろしくなったナナ。
食べかけのアイスをゴミ箱に放り投げ、エレベーターへ、そしてドモンの元へと急いだ。
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