第333話

「茶は敢えてぬるくしたよ。持ってきた菓子が少しノドに詰まりやすいんだ」

「ふぅん」

「糊などにする時に使う米と、ちょっと渋い味の小豆って豆で作った、大福という異世界の菓子だ。気に入ってくれるといいけど」

「甘いものはあんまりだなぁ」


また絵を描き始めながら、片手でズズズッとお茶を飲むホクサイ。

やはり振り向きもしないが、少しずつ返事をするようになってきた。


左手で箱の中を弄り、大福をひとつ掴んだ瞬間、ギョッとした表情に。

それからフフフと笑って躊躇なくひとかじり。


その瞬間、右手の筆がついに止まった。


「面白いなぁ。これなら甘いものでも平気だ」

「あんたにこれを食べてほしくて、田舎の街から王都にやってきたんだ。何故か先に王様と勇者と、あとあんたの娘と知り合うことになってしまったけどな」

「へぇ。大福をもうひとつ」

「ほら。慌てると本当にノドに詰まらせるからな?お茶のおかわり用意するよ」


少しだけ鎌をかけてみるも、王にも勇者にも、そして娘にも反応は示さない。

慌てていたのはどうやらドモンの方で、少しだけ反省。事を急ぎすぎた。


しかし娘のエイに完全に興味がない訳では無いはずと推察したドモン。

現に娘が描いた看板を見るため、わざわざ近隣の街まで足を運んだのだから。絵を描いていること以外に興味がないこのホクサイが、だ。



まともに『風呂の壁に絵を描いてくれ』などと交渉しても恐らく上手くは行かないが、娘が絡めばとりあえずは城まで足を運んでくれるかもしれない。

・・・などとドモンは考えていたが、すぐそこの城まで連れ出すのにこの様子じゃ、新型馬車でも数日かかるカールの屋敷なんて、とてもじゃないけど来てくれるわけないなと少し諦めムード。


その結果、どうしてもホクサイが無理なら、娘のエイでも連れてきゃいいやということにした。

ホクサイに会えたのは嬉しいけれど、弟子入りするつもりでもないし、少し話せてドモンはもう満足。


なんならさっさとさっきの女の子とスケベなことをやってから、もう店に戻ってタバコが吸いたい。


「エイは今城にいるよ。いろいろ世の中を見てきて、きっとあんたにも描けないような絵を描くようになるよ」

「・・・・」

「色街で見てきた女達と地獄なんて、恐らくエイにしか描けないだろうしな」

「なるほどなるほど、確かにそうだ」


実際元の世界のホクサイの娘エイは、吉原遊廓の絵や、たくさんの美人画を残している。

モグモグと大福を食べ続けながら、ホクサイは何度かウンウンと頷いていた。


「まあ本当は・・・カルロス領の屋敷に俺が珍しい風呂を作ることになって、その壁の絵をあんたに描いてもらえるようにお願いしてくれと頼まれたんだけどさ」

「ふぅん」

「正直移動も大変だろうし、風呂の壁絵なんてあんたの柄じゃないだろう?それよりも、城に行ってエイに会ってやってはくれないか?なんだか会わす顔がないって落ち込んでいるんだよ」

「うーむそうだなぁ・・・ング」


やっぱり少しイライラしてきたドモン。

なんだか考え事をしている時の自分と話をしているみたい。

描いている絵は間違いなく凄いものだが、人間的には面倒くさいジジイであった。


「邪魔したね。またいつか」と立ち上がったドモン。

「・・・大福は城に行きゃ食えるのかい?」持ってきた大福をすべて食べきったホクサイ。

「ああ。まあ餅つきやらなきゃ食えないけどな」

「へぇ~じゃあ行こうか」

「ではまた・・・へ?!」


完全に想定外の返事をされ、ドモンの声もひっくり返った。

ホクサイはクルクルと丸められた絵を手に持ち、ドモンよりも先に部屋を出る。爺さんだけれども意外と軽快。


出たところで先程の女の子と鉢合わせて、「キャッ!あ、ホークさん」と驚きの声を上げた。

ホクサイは「やあこんにちは。少し行ってくるよ」と会釈。女の子には愛想が良い。これならばナナとサンを連れてくるべきであったとドモンは後悔。



三人で一階に行くと、勇者と店長が揉めに揉めていて、大魔法使いとトッポが必死にそれを止めていた。

義父は座ったまま頭を抱えている。


「どうすればこんな金額になるんだ!!」

「だーかーら!うちの水や酒は特別なものなんだよ!酒は金貨10枚はくだらない代物だし、女の子達が飲んだ水は、オーガの住処から命がけで手に入れた温泉・・・と言われているものなんだ。金貨1枚でも安い方だ」

「それにしても金貨600枚だなんて払える金額ではない!」

「分割でお支払いも出来ますよ。月々1割の利子が発生しますけどねヘッヘッヘ」


金貨600枚。日本円にして6000万円である。

いくらお金があると言ったって、これはぼったくられ過ぎ・・・と一瞬ドモンも思ったが、銀座の超高級店を貸し切りにして女性全員を着けて散財したと考えるならば、あり得なくはない金額なのかもしれない。


そしてこの金額は王族にとって払えないことはない金額だが、もし皆から集めた血税を女遊びに使ったということが人々の耳に入ってしまったりもすれば、たちまち王の権威も地に落ち、暴動が起きる可能性もある。


かといって勇者や王の威光を振りかざし、払わずに逃げたとなれば、それはそれでまた悪い噂を流され、酷い目に合うことは目に見えている。

そう考えれば義父が頭を抱えているのも頷けるというもの。



「何をやってんだよ。羽目を外すにしたって限度というものがあるだろ。大体俺とトッポだけだったらこんなにかかってなかったんだぞ。だからそっとしといてくれりゃ良かったのに」

「ぐぬぬ・・・」横に座ったドモンの言葉に唸り声を上げる義父。


「まあ誘った俺が悪いところもあるけど」

「なんとかせい!そもそも貴様があんなキノコを食わせたからこんな事になったのだ!」

「ジジイは自分から食ったくせに」

「うるさい!!早くなんとかしろ!!」


窮した義父がドモンに事態を丸ごと投げた。

とは言え流石のドモンもこうなればもうどうしようもない。

自分ひとりならトイレの窓から逃げているが・・・。


「う~ん、金を払うにしても、なんか別の理由でもありゃいいのにな」

「ドモン早く行くぞ」とホクサイ。

「見ての通り連れが困ってんだ。少し待っててくれ」

「おやおや」


ドモンの言葉で騒いでいるみんなを見たホクサイが何かに気が付き、トテトテと歩いてトッポの元へ。


「ほら王様、前に頼まれていた絵が出来たよ。今から届けに行こうかと思っていたけれど、ここにいるなら都合がいい」

「まあアーサーさん、とりあえず一旦落ち着・・・え?あ!ホークさん、どうも長らくご無沙汰いたしまして」勇者にタックルをするような格好のままで、ホクサイに挨拶をしたトッポ。


実はホクサイは何度も城に行っていて、なんなら先代の国王や先々代の国王にも会っていた。


「絵の代金はこのドモンとやらにさっき貰ったから、これはもうあんたのもんだ。どこかの誰かに売りゃあ、金貨600枚くらいにはなるだろうて」とホクサイは惚けた顔。その言葉にドモンは全てを察する。


「トッポ、その絵をこの店に譲るんだ。そしてそれを金貨600枚で買い取ればいい」

「むむっ!そうか!」パーンと自分の膝を叩いた義父。

「なるほど!それならばお金を出した理由にも、みんなでここに来た理由としても成り立つというわけですね!」トッポもすぐに納得。勇者と大魔法使いも落ち着きを取り戻した。


「店の者よ、それで良いか?ではこの絵は王国が買い取ったということで」金貨600枚の借用書にドンと王家の印章を押すトッポ。

「え?え?ええ?!王様???」それで納得とかどうとかの問題ではない。目の前の人物が国王だと知り、店長はまず命の危機を感じていた。


「あのあの・・・アーサーってまさか・・・本物の勇者様なの?」と賢者の格好をした美女が、恐る恐る顔を覗き込む。

「隠していた訳ではないんだが・・・格好の悪いところを見せてしまった。勇者と言っても俺もひとりの人間で、ひとりの男なんだ。今日のことは内緒で・・・」軽く照れ笑いで誤魔化そうとしているが、本当はバレてものすごく恥ずかしい。


義父や大魔法使いも正体を明かし、店長の顔は青褪めるばかり。

ついでにトッポに着いていた女の子も真っ青。


「じゃあもしかして・・・ドモンも??」と協力してくれた女の子。

「そう・・・俺の本当の正体は実は・・・元ギャンブラーの遊び人なんだ」

「なによ!そのままじゃない!ウフフフ!!」


思わずドモンに抱きついてキスをした女の子。

それを見たトッポがブーブーと文句を言い、義父はまたかと溜め息。


店はすっかり和やかな雰囲気となったが、ひとりの従業員が大慌てで店に飛び込んできたことにより、また少し不穏な空気へと戻ってしまった。




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