第39話

「この馬車がそうなのか?!」

「話を聞いた限り恐らく間違いないであろう」

「カルロスが言っていた仕組みはこれか?」

「実際に乗らぬとまだ信じられぬな」


医者の家の前につけている馬車の横で、貴族達が集まり騒いでいる。

それに気がついたドモンが、ナナに肩を担がれながら外に出てきた。


「やっぱりカール達だったか」

「ドモンよ、これが例の馬車であるか?いやそれよりもまず怪我の方はどうなのだ」

「ハハハ、取ってつけたような心配するなよ。正直馬車の方が気になってるんだろ?」

「そんな事は・・・」


カールが口を濁す。

ただどちらも気になっていたのは本当だ。

先に目に入ったのが馬車だったというだけだった。


「よくここにいるとわかったな」とドモン。

「道端で喧嘩している怪我人とほぼ裸の卑猥な女が、馬車に乗って医者の元へと向かったという連絡があってな」とグラ。

「そんな無茶をするのは貴様らだろうとすぐに分かったのだ」と叔父貴族。


「ほぼ裸の卑猥な女ってなんなのよ!・・・って、それで分かるって一体?!」とナナがプンプンと怒り出す。

「いや怪我人が馬車に乗っているというので気がついたのだ。だがまあそちらの情報で確信を得たというのも嘘ではないがな」とカールがとどめを刺した。


「馬車に乗る時に全てを丸出しにしていたと街中で噂になっておるぞ」

「ほとんど裸なのに更に服を脱ごうとしていたのを怪我人が必死に止めていたと・・・」

「痴女が怪我人の服を脱がして奪ったらしいと私は聞いた」


他の貴族や護衛達が次々と怪しげな噂を口にする。

ナナの顔が一気に真っ赤になった。

「噂は本当だったようだな。くっ」とナナの格好を見てカールが少しだけ笑う。


「ド、ドモンのせいで大勢の前で丸出しになっちゃったじゃないのよ!もう責任取ってよ!」

「最初から取るつもりだよ。俺が嫁に貰ってやるからそのぐらい我慢しろバカ」

「ふぇ?!」


ドモンがそう言うと、更に真っ赤になったナナが顔を隠しながら部屋の奥へと走り去っていってしまった。



「それにしても・・・本当に大丈夫なのか?あの怪我ですぐに動いて・・・」と当時の怪我の具合を知っているグラがドモンの状態を見る。

「あの時に比べたらもうかなり楽になった。痛みはあるけど歩けなくもない」とドモンが馬車まで歩いてみせた。


「言っておくが常識的にはあり得ないことだ。その男は特別だと思った方がいい」と大工と一緒に外へと出てきた医者が貴族達に忠告した。「それほどの大怪我だったのだ」と。


「貴様の常識外れはわかっておったが、まさか回復力まで常識外れであったのだな」とカール。

「気合と根性でなんとかなるもんよ」とドモンが笑うが、その直後「ならん!」という医者の呆れた声が響いた。

そんなドモンにカールが真面目な顔になり頭を下げる。


「すまぬ、犯人は取り逃がしてしまった。我が領地でこのような失態は恥ずべきことだ。そもそも未然に防ぐことが出来なかった。私の責任だ」

「よせよ、そんな事ないって。事件はたまたまだし俺にとってはよくあることだよ。気にもしてないし罪を憎んで人を憎まずって言葉もあってな・・・・まあ意味はよくわからないんだけどアハハ」


カールの謝罪をあっさりと受け流すドモン。

実際ドモンにとってはもう何度目かわからないくらいの集団暴行被害であった。



「それよりもあの時言ってたこの馬車、乗ってみたいだろ?」とドモンが話を変える。

「出来るか?」

「もちろんだ。さあ貴族さん達、乗った乗った!」


カールとドモンのやり取りを終え、ぞろぞろと貴族達が馬車に乗り込む。


「ファル、またここら一周頼む」

「おう任せといてくれ。皆さん出発しますよ?」


先程と同じようにハイヨーの掛け声と共に馬車が動き出す。


「兄さん!!!」とグラが一番に歓喜の声を上げる。

「こ、これほどまでなのか?!あの改造の効果は・・・」カールも感嘆の声を上げた。

「ど、どうなっているのだ?」

「なんという・・・なんという素晴らしい・・・」


貴族達もやはり驚きを隠せない。

ファルは気分が良かった。

馬車屋である彼は苦情を受けるのが常であった。皆わかっていることとはいえ、どうしても口にしてしまうのだ。「もう少しなんとかならんのか?」と。

相手が貴族であれば尚更のこと。それが今覆された。評価がひっくり返ったのだ。


「怪我をしていようがなんだろうが、これで馬車で運ぶことも出来る。そしてまだこの馬車には付いていないが、壁や屋根やガラスを付けても壊れることはないし、それにより暖房や冷房も取り付けることが出来る」


ドモンの言葉に全員が頷く。

そうなるかもしれないとは聞き及んではいたが、実際に体験をしてみてそれが確信へと変わる。実感が湧く。


「は、早く造らねば!」

「王族への献上品としてまず贈るべきであろう!」

「まずは私達で試乗を繰り返して改良点を見つけてみてはどうか?」


貴族達は気の早いことを言っているが、ドモンはそれに対して口を挟んだ。


「それに関してはちょっと相談があるんだけどさ・・・」


医者の家の玄関まで戻ってきたところで馬車から降りつつドモンが話し出す。

玄関で待っていた医者の耳にその会話が届き、緊張した面持ちとなる。


「今回の俺の怪我やジャック、つまり豆畑の母親の一件なども踏まえて考えたんだけど、とりあえず怪我人や病人を運ぶための馬車を街の各場所に置きたいと思ってるんだよ」

「どういう事だ?」とカール。


そしてドモンが考えていた救急用の馬車の構想を貴族達に話した。


「なるほど・・・今までは重病人のところへ医者が駆けつけていたのを、今度はここに運び込ませるようにしたいというのだな?」とグラ。

「それで私達の馬車造りは後回しにして欲しいということか」と叔父貴族。


医者がゴクリと唾を飲む。

要するに庶民のために貴族を後回しにしろと頼んだのだ。

当然あり得ない願いであるというのは明白だった。


「ついでにその馬車数台分の制作費と、その馬車で怪我人や病人を運ぶ人達を雇ってくれないかなぁ・・・って医者が言ってた」

「おいお前!!!」


ドモンに突然責任をなすりつけられ心臓が止まるような思いをする医者。

だがカールはそれを鼻で笑う。


「ふん、どうせ貴様が考えたことだろう。こんなとんでもない考えを思いつくような人間はこの世界にいるはずがない」

「えーっと・・・まあ俺だったかも知れない」ととぼけるドモン。ホッとする医者。


「この新しい馬車を作るのにどのくらいの費用と時間がかかるのだ?」

「大工、どのくらいかかる?」

カールの質問をドモンが大工に丸投げする。


「へ?へい!簡単なものであれば一台金貨20枚もあれば出来るかと。期間は一台につき3週間くらい見込んでもらえれば・・・」

「一台につき金貨50枚を出すからしっかりとしたものを作れ。人を雇っても良いから大至急20台ほど仕上げろ。それを東西南北至る所に憲兵とともに置くこととする」


大工の答えに即答したカール。それに対しドモンと医者と大工が「ハァ?!」と素っ頓狂な声を出した。

まさかまさかの話であった。

街の北側と南側に一台ずつ、出来れば東西南北に四台くらい馬車を用意出来れば御の字だと思っていたのは、ドモンだけではなく医者も全く同じ考えだった。


大工は別の意味で叫んでいた。

材料費やその運搬費、人件費等を見積もって金貨10枚、鍛冶屋の方にも金貨数枚でバネを発注して、残りを工賃として頂戴する計算だったのだ。

それがまさかの金貨50枚、それを20台。合計金貨千枚の大事業へと化けた。日本円にして1億円分の発注である。


「だ、大至急っていつまでに・・・?」

「一ヶ月で20台を仕上げろ」

「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ!人を雇っても流石に無理です!材料の調達だけで一ヶ月以上はかかりますです!」


カールの無茶振りに大工がパニックを起こす。

大工仲間数人と細々とやっていたところに、突然そんな注文をされても困るというのも当然。

数人でやっている下町の工場に「世界最高の車を一ヶ月で20台作れ」と親会社から注文されたようなものなのだ。

人を雇ってもいいと言われても「それなら出来る」なんてとてもじゃないが言えるはずもない。


「お、おいカール、無茶言うなよ?素人の俺だってそんなの無理だと分かるぞ?それにいきなり20台は多いだろうに」

アイデアは出したものの、貴族相手に上手くいけば儲けもので、下手すりゃ「出来るわけなかろう!バカモン!」で終わるかと思っていたのが、話に食いつきすぎて逆に困るなんて流石のドモンも想定外。


「それでも大至急必要なのだ!そして万が一のことを考えれば決して多くもない!!」


少し怒気を込めた口調でカールが声を上げる。

ドモンは知らなかった。ここ数日どれだけカールが苦悩していたかを。


ドモンだけではない。

ジャックの母親のことも考え、そして医者からの話も聞いた。ヨハンの店で会った人々からの話も聞いた。

その事らで悩んでいたところに、ドモンが巻き込まれた暴行傷害事件でとどめを刺された形だった。


私はなんと情けない領主なのだ・・と。

領民を守れず、そして今となってはかけがえのない友人も守れなかった。

なのに自分が今どうすればいいのかもカールはわからなくなっていたのだ。



そこで今ドモンから聞かされたこの救急搬送システム。

すぐに「これだ!」と思った。早急に実現せねばならぬとカールは心に決めたのだ。

会議をするまでもない。税の使い道は今この時のためである。

カールだけではなく、ここにいた貴族全員がカールのその意図を理解し納得していた。


貴族達の熱量にドモンは圧倒される。

そして大工の肩にポンと手を置き、ドモンは一言呟いた。


「ご愁傷さま」



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