第38話
「先生!先生~!」
「やけに騒がしいな。どうした?」
騒がしい外を見た小さな子供が医者を慌てて呼び、例の医者が外の様子を見に来た。
「怪我人を運んできたんだ」とファル。
「馬車で運ぶなんて何をやってるんだ!怪我人の具合は?!」と慌てて医者が叫ぶ。
「おーい先生~!ここだここ!」と言いながら座席からムクリと起き上がるドモン。
「お前はこの前の馬鹿野郎じゃないか!なぜ馬車なんかに乗っている?安静にしてろと言っただろ死にたいのか!」
怒り心頭の医者に「だいぶ良くなってきたから歩いて今の具合見せに来ようと思ったんだけどさ、途中で動けなくなって馬車に乗せてもらったんだよ。いやぁ情けない」と頭を掻きながら、呑気にドモンが答える。
「まだ歩けるわけがないだろう。それに馬車なんかに乗ったら体中の骨がバラバラになるぞ。頭の方にも危険すぎる!」
「普通そうだと思いますよねぇ・・・私もそう言って怒ったんですけど」とナナが口を挟む。
「貴様は貴様で何だその格好は・・・身体を街中の人に見せたがる痴女だったのか?」と呆れる医者。
「ち、違います!これはドモンのせいで!」とナナがドモンの頭を叩くと「バカ!怪我してる頭を叩くんじゃない!!」と医者がまた大慌て。
「頭はもう平気だよ。おかげで傷も塞がったしな」とドモンが馬車から降りて医者の元へとトコトコ歩いていく。
「お、お前、何故歩いている?!」
「治ってきたから?」
「そんなわけ無いだろ!」
人の体について詳しい医者だからこそ尚更その状況が理解できない。
頭の怪我に関しては絶対安静は当然として、万が一、いや、半々くらいの確率で何か重大な問題が残るか、下手をすれば最悪の事態もあると考えていた。
脚に関しては全治1ヶ月半から2ヶ月、そこからリハビリを経てまた歩けるようになるかどうかと思っていたのだ。
「三日で歩ける状態ではなかったはずだぞ」
「つ、次の日の朝には先に起きて呑気に料理してたんですよ・・・」とナナがドモンの代わりにバツの悪そうな顔をして小声で答えた。
「どんなハイポーション使えばそんな事起きるというんだ。状態によっては四肢の切断も考えられる状態から回復できるポーションや魔法なんてここらじゃ見たこともないぞ?」
医者の言葉を聞いて、ファルと大工が初めてドモンの怪我の状況を知った。
外でヤンヤとやってる姿を見て、大怪我と言ってもそこまでではなかったんだろうと気軽に考えていたのだ。
「こういう怪我は慣れてるからな。骨折してもいつもこんな感じですぐ治っちゃうんだよ」
そんなバカな・・・と全員が思ったが、ドモンは実際にここに立って、そして歩いているのである。
言葉を失う一同に「いやまあ・・・普通の人は死んじゃうってのはわかってるよ、同じ怪我したら。だからあの時怪我したのが俺で良かったって言ったんだよ。そうじゃなかったら殺人事件になって大騒ぎになっちゃってただろ?ハハハ」と付け加えた。
小さな街で十分大騒ぎになっていたことをドモンは知らなかった。
カールの指揮により本格的な捜査が行われていたのだ。
「な、何にせよ、馬車なんかに乗っては傷に響いただろう。とりあえず診てやるから中に入れ」と医者。
「ああそれなんだけどさ。この馬車今度一台やるよ。怪我人や病人運ぶのに必要になるはずだ」とドモン。
その言葉にドモン以外の全員が驚く。
「馬車で運べば悪化するとさっきから言っているだろ!何を言ってるんだ」
「まあちょっと乗ってみてよ」
ドモンがそう言って医者を無理やり馬車に乗せ、ファルに目配せをする。
医者とドモン、そしてナナや大工も馬車に乗った。
「坊主も乗れ」とドモンが子供にちょいちょいと手招きをすると、すぐに嬉しそうに飛び乗って医者の隣へと座った。
「これは大工と鍛冶屋が作った新型の馬車だ。振動を抑える事ができるようになっている」と出発前にドモンが説明をする。
「なんだと?!」
「何言ってんだい。そこのドモンさんが作り方を教えてくれたのさ」と医者の驚きの言葉を遮り、ドモンの説明を訂正する大工。その言葉に何故かナナが鼻高々の様相。
「まずは体験しないとわからねーわな。とにかくここらを一周してみよう」そう言ったファルがハイヨーと馬に合図を送った。ガラガラと馬車は走り始める。
「ば、馬車が揺れねぇ!どうなってんだ!」医者が驚愕した。
「揺れてはいるんだよ。振動が少ないだけで」
「でも今までとぜんぜん違うでしょ?」
ドモンとナナが説明する。
「まるで宙に浮いてるようだな・・・なるほどこれならその怪我でも乗ってこれるわけだ」
「まあある意味ほぼ宙に浮いてるようなもんだ」と、今度は大工が医者に答える。
「異世界の魔法かよ・・・」
「いやただの技術だ。そしてそれを実現させたのはそこの大工と鍛冶屋だ。そもそも俺の世界には魔法がない」
ドモンはあくまで自分の手柄としない。
ドモンの自慢がしたいナナはそれが少し不満だったが、それがドモンなのだと諦めた。
馬車が医者の家の前に戻る。
「これなら怪我人や病人も運べるだろ?わざわざ自ら足を運ばなくてもよくなるはずだ」とドモン。
「・・・・」
「今までどうやっても診察する人数が限られていたんだろ?医者はひとりしかいないらしいしな」
「何の話なの?」とまだ理解できないナナ。
「要するにジャックの母親まで手が回らなかったんだよ単純に。ここでの診察の合間をぬって街の中を駆けずり回って病人と怪我人診てるんだから。それが仕方ない場合もあるんだ」
「知っていたのか」とドモンの言葉に医者が答えた。
「夜中でも俺を見るために駆けつけてくるような医者だからな。根は悪い医者じゃねぇだろ」
「でもドモン、ボッタクリ医者って文句言ってたじゃない」とナナ。
「もっと良い薬を手に入れるのにも金はかかるし、街の為に医者を増やすには本来もっと金が必要なんだ。だからカールも言ってただろう?『金の足りない奴は俺が立て替える』と」
「ああ!そういえば前に言ってたわね!」
「恐らく怒った貴族の誰かがここに来て事情を聞いたんだろアハハ」とナナに答えてドモンが笑った。
「ちっ!子爵様が直接来て、はじめにえらい剣幕で怒られてこっちは大変だったんだぞ」と医者が舌打ちをしながら頭を掻く。
「で、だ。これからの医療システムを変えられないかって、ここ三日ずっと考えていたんだ」
ドモンの言葉にまた驚かされる一同。
周りが犯人を捕まえようと躍起になったり、復讐も考えていたり嘆いていたりしていた時も、ドモンはすでに前に進もうとしていた。
ジャックの母親のことから、そして自分の怪我すらも状況把握のために利用して、街や医者のことを考えていたのだ。
「まず診察や治療は主にこの場で行うことにしろ。これからは怪我人や病人はこの馬車が運ぶ。後々何台か病人専用の馬車を街に置いて、騎士や憲兵かはわからんけれど、そいつらに知らせたら重病人をここに運んでくるというようなシステムを作り上げる」
ドモンの言葉に全員が衝撃を受ける。
今までの馬車では不可能だったのだから当然の話である。
ただドモンにとって、『救急車』があるという事の方が当然の話なのだ。
たったひとりで家々を回って診察するなんて非効率にもほどがある。それよりもよく医者の体が持っているものだと思っていた。
「更に街の人々ほぼ全員に『健康保険』というものに加入してもらう」とドモン。
「何だそれは?」とファルが聞く。全員と言われたら自分もなのか?と思ったからだ。
「毎月の収入によってだけど、大体ひとり銀貨3枚から5枚程度徴収する」
「税金かよ!」
ドモンの言葉に今度は大工がうんざりした口調で吐き捨てる。
「まあそれに近いかも知れないな。ただそれに加入していると医療費が3割負担、つまり医療費が7割引きとなる」
「!!!!!」
これもドモンにとってみれば当然の話なのだが、この世界では聞いたこともない、とんでもないシステムであった。
その構想を聞き、全員が絶句し目を見開いた。
「年齢や収入、家族構成によっては1割負担とかにしても良いかもな。母子家庭とかさ」とドモン。
「ジャックのことね・・・」とすぐにナナが気がついた。医者もハッとした。
「集めた金からその7割分を補うってわけだな?それなら万が一の時に備えて毎月支払うのもわかるな」と大工も納得する。
「そういうことだ。医者もこれで思う存分ボッタクれるわけだ。その坊主もお前が引き取って養ってるんだろ?先生って呼んでたしな」とドモンが医者の方を見る。
「・・・そうだ。この子の母親を助けてやれなかったんだ」
「ジャックの前に同じような事があったんだな?」
「・・・・」
ドモンの指摘に言葉を失う医者。
「まあこれからそんなシステム作り上げてよ、そんな事はもうなるべくないようにしようぜ。あとはボッタクリまくって早くその子も医者として育ててやれよ」
「あぁ・・・だがボッタクリではないけどな」
医者が子供の頭を撫でる。子供は真っ直ぐな目でドモンを見て「うん」と力強く頷いた。
「ドモンはそれを早く伝えたかったのね」とナナがしょんぼりしている。
「まあそんなとこだ。でも治りかけてたのは本当だぞ?散歩もしたかったんだよ趣味だしな」とドモン。
「医者としてはそれでもまだ動くことは勧められない。もう少し身体を大事にしろ。そこの娘と・・・この街のためにもな」
「そうか?こんな格好で出歩くような女が隣でくっついて寝てる方が危険だろ」
医者とドモンの言葉でナナの格好に視線が集中する。
「な、なによ!今日はたまたまよ!」
「・・・・・・」
ナナ以外の全員が納得し「そっちの方はまだまだ控えるように」という医者の言葉に「えー」と文句を言ったナナへ視線がまた集まった。
そんな会話をしながらドモンの顔の抜糸をしている最中、玄関の前がいきなり騒がしくなる。
「説明しに行く手間が省けそうだな」
ドモンの言葉に一同はまた納得したような表情を見せた。
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