第40話
「鍛冶屋のところへ行ってくる・・・あと大工の見習い急いでたくさん育てねぇとなぁ」と、うつろな目をして大工は出ていった。
それを生暖かい目をして大工を見送るドモン。そして「さてと」と貴族達の方へと振り向き話を続けた。
「実はここからが本題なんだよ」
そう言うと貴族達が小さく驚きの声を上げた。
新型馬車による救急搬送システムが話の中心だと思っていたからだ。
そうしてドモンは住民からお金を集める健康保険についての説明をした。
が、貴族達は渋い顔をする。
「貴様が言わんとしていることはわかる。が、自分自身のためとはいえ健康な住民にとっては、それは単なる増税なのだ」と叔父貴族が説明をし、カールが唸る。
「一度でもその恩恵を受けていれば納得も出来よう。ただほとんどの人が理解も出来ないだろう。領主への不満がたまるだけだ」とグラが続ける。
カールは唸り続ける。
理解も出来るし、それで色々なことが上手くいく事も想像できる。
だが領民に負担をかけるとなると領主として話は簡単ではない。
議会により領民との話し合いを重ね、十分な理解を得てから少しずつ実施をしていくような話である。
「ドモンよ・・・話はわかった。が、今すぐどうこうできる話ではない。せめて3年、いや急いでも準備に2年は必要になる」
「え?二ヶ月じゃなく?」とカールの言葉にドモンがふざけたが、それに反応したのは青い顔をした医者くらいだった。
「色々と擦り合わせながら細かな金額を出し、実際に年間どれだけの人が治療をするのか、それによってどれだけ医療費がかかるのか、その負担により財政が圧迫されるかどうか、領民がその増税に耐えうるかどうか、議題を上げればきりがない」とカールが指摘する。
「へー」とドモンが呑気に返事をした。
「普通ならばそこから1年以上かけて領民に実施を知らせ理解を得るのだぞ」とグラ。
それを聞いてドモンは感心した。
こういった事に関して貴族はもっと横暴なものだと思っていたのだ。
「元の世界よりも余程マシじゃねーか」と誰にも聞こえないようにボソッと囁く。
「領民は1万人くらいだろ?毎月一人銀貨5枚を集めるとして銀貨5万枚だから金貨500枚か。2年くらい貴族様達が立て替えちゃったりとかは?」
「一年も持たんわ」とドモンに叔父貴族が吐き捨てる。出費はこの他にもたくさんあるからだ。
「んじゃまず任意保険ってことにするしかないな。老人や子供、母子家庭は税収からある程度負担するってことで加入を勧める感じで」とドモン。
「だからそういった事を詰めるのに時間がかかると言っておるのだ!」
カールがそう言うと貴族達が一斉に帰り支度を始めた。
「貴様のせいで忙しくなるわ」と貴族達が愚痴をこぼす。
だが誰一人として、それについて不満など持ってはいなかった。
どれだけ徹夜が続こうと、出来るだけ早く実現に向けて話を詰めようと思っていたのだ。
「医者よ、そちらも忙しくなると思うが協力を頼む。恐らく何度も押しかけることになるだろう」
「それはもちろん。いくらでも」とカールに医者が答える。
「貴様にも協力して貰うぞ。だからさっさと身体を治せ」とグラ。
「やだよめんどくさい」
「貴様が言い出したことであろうが!!」とドモンの返事に、流石にカールも怒る。
「まあ俺からも色々手を打っておくからさ、そっちはそっちで勝手に頑張れ。二ヶ月もすれば問い合わせが殺到すると思うけど」
ドモンがボソッとそう言って貴族達を送り出す。
なんのことやらといった顔をしながら貴族達が去っていった。
「貴族様達帰ったの~?」とさっぱりとした顔をしたナナがやってきた。
子供に案内してもらって水浴びをしてきたナナが、いきなりドモンに抱きつく。
「なんでお前は他人の家で水浴びしてんだよ」
「何よ!ドモンが悪いんじゃない・・・きゅ、急にプロポーズなんてしてくるから・・・」
「プロポーズ?あ、あぁあれか」
「い、今更冗談なんてなしよ?!」
ドモンの口調に焦るナナ。
「冗談なんかじゃねぇよ?お前がいいなら結婚するぞ」
「そ、そ、それなら・・『お前は俺のものだ』ってちょっと言ってみてよ・・・」と真っ赤な顔をしたナナを、ジトッとした目で見るドモン。
「お前は俺のもんだ。誰にも渡さねぇ。俺と今すぐ結婚しろ」
「!!!!!」
想像以上の破壊力にヘナヘナとその場に座り込み、ナナがドモンの脚にしがみつく。
「バ、バカ!そこをクンクンするのはやめろ!」とドモンがナナを引っ剥がした。
「お前達・・・人の家の玄関で何をしているんだ・・・」と医者が呆れていた。
「ナ、ナスカはこういう娘なんだよ。決して悪気はないんだ」とファル。
「ねぇ早く帰ろ~ねぇドモ~ン」と、まるで周りが見えていないナナ。
「だ、駄目だぞお前達。しばらくは安静にしていろと言っただろ!」
「ドモンは動かさないので大丈夫です。一部分だけ元気なら私が・・・」
「そういう問題じゃない!!」
医者の忠告も聞かず、せっせせっせとドモンを馬車に乗せるナナ。
また丸出しになっていることを気にする余裕もない。
それどころかドモンが貸してくれた上着も脱ぎ捨て「暑いわ~」とドモンに流し目でアピールし、ドモンに向かって足を高々と上げ何度も組み替えた。
「やめろ!お前一人の存在でもう18禁になっちまうよ!この歩くサービス回が」
「なぁに?18禁って」
「お前は知らなくていいからとにかく全部隠せ!」
「ドモンが責任取ってくれるからいいも~ん」
焦るドモンを抱き寄せ、自分の膝枕に寝かせながらご機嫌な顔を見せるナナ。
「おじさん、おうちまでお願い」とナナがファルに声をかけた。
「おう!そろそろ行こうか」
見送る医者と子供にナナが手を振り、馬車が走り出す。
周囲は貴族達が来たこととナナの格好によって、より一層人が集まっている。
それを見てドモンがムクリと起き上がり、集まる人々に向かって叫んだ。
「これが怪我をしてても乗れる揺れない馬車だ!見ての通りこいつのおっぱいも揺れないぞ?」
周囲の男性陣がドッと沸き、ママ達が子供の目を隠す。
流石にナナも「ちょ、ちょ、ちょっと!」と慌てて胸を隠した。
「みんな、これから新しく出来る健康保険ってのに入ったら、怪我や病気になった時にこの馬車で運んでもらえるようになる!治療費も7割引から最高9割引になるから、みんな入っておいた方がいいぞ!」
「おぉ?!」
「詳しい話はこのおっぱいがヨハンの店で説明するからみんな来いよ!」
「勝手なこと言わないでよ!てか街中の人に私の事おっぱいって!!」
ナナに文句を言われながらも、ドモンが皆に健康保険のことを伝えた。
ナナの格好のインパクトも手伝って、一気に噂は広まるだろうとドモンは考えていた。
ドモンはファルに頼み、街をぐるりと遠回りをして帰ってもらい、あちこちで宣伝をして回った。
「それにしても・・・健康保険に入らないと馬車には乗れないの?」
「いや、あれはその場の思いつきだ。でもそうした方がお得感あるだろ」
「お得感というか、いざという時のためにドモンには絶対に健康保険に入っておいてもらおうって思った」
ドモンの言葉にナナがそう答えながら、ドモンの左目の抜糸したばかりの傷跡をそっと撫でた。
「傷跡・・・残っちゃうね」と、ナナが切なそうに笑う。
「ああ、まあな。でもこの眉間の傷もあるし今更だよ」とドモン。
「ええ?!これシワじゃなかったの??」
「シワじゃないよ。こっちは椅子でパカーンって割られた。ハハハ」
ドモンの話を聞いてハァ~とナナが深いため息をつく。
ドモンの顔の古い傷と新しく出来た傷を交互に撫でて「仕方ない子ね」とそのままドモンの頭を抱きしめた。
「異世界でついに俺も若返ったのか?」と、ナナの胸に顔を突っ込んだままドモンが笑う。
そうしているうちに馬車が自宅に着いた。
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