第41話

「ドモンさん!ナナ!一体どうしたっていうのよぉ!」


馬車が店の前に着くなりエリーが店から飛び出してきた。

すでに店内は満員の客が入り、テラス席もほぼ埋まっている。


「あ、おっぱいが帰ってきた」

「本当におっぱいじゃねーか。いやあっちもおっぱいだな」

「これが噂の新しい馬車なのね」

「ナスカ・・じゃなかったおっぱいお帰り!」

「健康保険っていうの?ちょっと教えてもらえるかい?」


半分はナナのおっぱいについてだが大騒ぎであった。


「店開けるなりお客さんがいっぱい来て・・・ってあんた?!なんて格好してんのよ?!」とナナの格好を見たエリーが叫んだ。

「ド、ドモンが悪いのよ!急に飛び出して行っちゃったから、慌てて追いかけたらこんなことに・・・」

「とりあえず着替えてらっしゃい!ドモンさんも隠すの手伝って!」


好奇の視線が集中する中、赤い顔で客をかき分けながら三人が進む。


「どこまで行ってきたのよぉ下着も付けないで」

「お、お母さんってば!すみません通して下さい!通して下さい!」


ますます視線が集まったもののようやく階段へと辿り着き、ナナが飛び跳ねるように駆け上がっていく。

それを見届けたエリーがやれやれとカウンターへと戻っていった。



「ドモンよ!何があったのかはまた後でいいから、とりあえずなんとかしてくれ!」とヨハン。

「はいはいちょっと待ってよ。すぐに戻る」とドモンがまた外へ。


「ファル、馬車を入口のそばにつないでおいてくれるか?あと大工に今日一日馬車貸してくれと伝えてほしいんだ」

「ああ、みんな馬車を見に来てるみたいだしな。大工に伝えたらまた戻ってくるよ」

「悪いね。そのかわり今日は全部奢るからさ」

「良いってことよ」


ドモンと会話を終えたファルが、馬車をつないで去っていく。

店内へとドモンが戻ると、着替えを終えたナナが下に降りてきていた。


「ドモン~!どうしたら良いの~?」

「とりあえず外に健康保険の窓口を作ろう。俺の世界じゃ保険といえば窓口なんだよ。近所で工事しててコンビニでも出来るのかなぁと思ってたら、窓口出来てなんかちょっぴりがっかりするやつ」

「なんのこと?」

「なんでもない」


ナナと話を終えたドモンが店内で叫ぶ。


「健康保険や新しい馬車について話を聞きたい人は、その馬車の所まで来てくれ!そこで説明するから!何度も説明するから慌てないで順番に来てくれよな!」


ドモンがひょこひょこと歩き、馬車の荷台の後ろ側にちょこんと座った。

それを見たナナも真似をして客達に案内を施す。

30人ほど出てきたところでドモンが「悪いな。最初はこのくらいで勘弁してくれ」と残った客に謝った。



そこからはドモンの独擅場。

横に座ったナナに体を支えてもらいながら、口八丁手八丁でどれだけ健康保険が大切なのか、新しい馬車がどれだけ重要で優秀なのかを伝えてゆく。もちろんあちこちに救急用の馬車が設置されるということも。


「じゃ、じゃあ医者が来るまで家で我慢しなくても済むのか?この馬車で運んでもらえるようになるんだな?!」

「もちろんだ。実際に運ばれた俺を見ろよ!この怪我でもあっという間に医者の所へと着いたんだ」


「お医者様に支払うお金が減るってのも本当なのかい?」

「健康保険に入っていれば、下手すりゃ治療費に金貨一枚かかっていたのが銀貨2~30枚、老人、子供、母子家庭なら銀貨10枚、いや、わざわざ医者が家まで行かなくて済む分もっと安くなるんじゃないかな?」


ドモンが答える度に歓声が上がる。

想像していたよりもかなり食いつきがよく、ドモンも少し驚いていた。


実は元の世界よりもこの異世界の方が、医療費の事や、怪我人や病人の搬送の事などはずっとシビアな問題であった。

ジャックの母親もそれで死にかけていたくらいだ。

人々がそれに希望を見出すのは必然であった。


「毎月の負担は少し増えるかもしれない。毎月ひとり銀貨5枚は安くはないからな。でもいざという時のため、そしてみんなが健康保険に加入してくれることによって、この街に医者をもっと増やすことが出来るはずだ。もっと良い薬も手に入ると思う」


話を聞く人達の目に、希望の光が灯る。


「未来の自分への投資だと思ってほしい。そして街のみんなのため、愛する誰かのためへの投資でもある」

「・・・・」

「現に今まで払ってきたみんなの税金で、貴族様達がみんなのためのこの馬車を20台用意するってよ。無駄じゃなかったんだよ、今までのその投資は」


一瞬の静けさの後、パチパチと拍手が沸き起こった。

ドモンがふと横を見るとナナが涙ぐんでいる。


「どこで申し込んだら良いの?」と、聴衆の中から質問が飛ぶ。

「まさに今、この件について貴族様達が会議を開いていると思う。きっとそのうちに貴族様の方で受付が始まると思う」


ドモンが皆にそう伝えて一度目の説明が終わり、話を聞いた客達はバラバラと去っていった。

にこやかに見送る二人。


「ドモンすごいね。街のみんなのために、貴族様達とそこまで決めてたなんて知らなかった」


自分が水浴びしてる間にそんな事になっていたなんてと、ナナは素直に感動していた。

そしてなんと思慮深いのかと感心もしていた。

タバコに火をつけたドモンが、イテテと腰をさすりながらナナに答える。



「でまかせに決まってるだろ」



「そうなりゃ良いなって思ってさ」と言いつつ、気持ちよさげに空へ煙を吐く。

ポカンと口を開き、ドモンの方を見て言葉を失うナナ。


「・・そ、それで『街のみんなのため、愛する誰かのためへの投資だ』なんてよくスラスラと・・・」

「おう格好良いだろ!あれは決まったな。次もそれ使おう」

「あんた本当は詐欺師だったんじゃないの?」とナナがジトッとした目でそんなドモンを睨む。

「ギャンブルで飯食うような輩はみんな詐欺師みたいなもんだって言ってなかったか?」とドモンが笑った。


「悪魔よ悪魔。なんでこんな悪魔を好きになったのかしら?」

「そりゃその悪魔が良い悪魔だったからだろ」


エリーのようなやれやれのポーズをするナナに「ほら次の奴ら呼んでこい」とドモンが急かす。

そうして何度も熱い演説を繰り返し、夕方になる頃、ようやく店はいつもの落ち着きを取り戻した。



「はいお疲れ様ドモンさん」とエリーがカウンターに座ったドモンにエールを渡す。

「えらい客だったなぁ今日は」とヨハンが、ドモンとナナに焼いた鶏肉をつまみに出しながら、腰をとんとんと叩く。店も随分と儲かった。


「ねえお父さんお母さん聞いてよ!ドモンったら酷いのよ!あ、マヨネーズある?」とナナ。

「あるわよぉ」とエリーが出したマヨネーズは、先程ファルに作ってもらったものだった。

「奢りだっていうから来たのにそんなの聞いてねぇよ」とファルが右腕を揉んでいる。


「疲れついでに馬車を大工に返しといてな」とエールを飲み干したドモンが、ファルの肩を叩き「もう寝る」と階段を上がっていった。

「ひでぇ!」と言いかけたファルだったが、よく考えてみればドモンはまだ安静にしなければならない身だということを思い出し「ああ」とだけ返した。



ナナが鶏肉マヨサンドを食べ終えて二階に行くと、ドモンはすでにナナの部屋のベッドで寝ていたが、その顔はとても苦しそうな顔をしていた。

ハァハァと息を荒くしながら、額に汗を浮かべている。


ドモンはやはりまだ辛かったのだ。

本来動けるはずもないのに、街のみんなのために、早くなんとかしようと無茶をしていただけだった。


「本当に・・・詐欺師で嘘つきで悪魔なんだから・・・」


笑顔で涙を拭ったナナは、ドモンを起こさないようにそっとベッドに入り、静かに抱きしめた。



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